熊谷直実鎧掛けの松
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現在の松は三代目 - 熊谷直実鎧掛けの松のクチコミ
歴史ツウ トシローさん 男性/60代
- 一人
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熊谷直実鎧掛けの松
by トシローさん(2017年7月30日撮影)
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京都金戒光明寺(黒谷さん)の境内に生える立派な松の木が「熊谷直実鎧掛けの松」。熊谷直実と言えば源頼朝の家臣で、後に出家して法然に弟子入りしたのが金戒光明寺だそうです。
- 行った時期:2017年7月30日
- 混雑具合:やや空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2017年11月2日
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源平合戦時代の逸話のあるお寺
金戒光明寺には、「平家物語」源平合戦で名高い平敦盛と熊谷直実のお墓がありました。戦場で、自分の子と同年代の敦盛を討ち取ったことで罪悪感に苛まれた熊谷直実が、このお寺で出家したのだそうです。出家の時にそれまで身に付けていた鎧を掛けたのが、この画像手前の松だということです。ただ、もう900年も前の出来事ですから当時の松はすでに枯れ、今あるのは4代目だか5代目の木だそうです。こういう歴史上の逸話を知って京都のお寺を巡ると、楽しいです。
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- 行った時期:2023年2月19日
- 投稿日:2023年7月14日
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ご本堂に向かい右前にあります
思うことがあり上人を訪ねたのでしょう。生きているうちに、人の命を救う(奪った命を弔う)方へ向かえた事は本当に良いこと。上人のさとしもあったのでしょう。戦人は救われました。
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- 行った時期:2021年7月
- 混雑具合:普通
- 滞在時間:1〜2時間
- 投稿日:2021年7月22日
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鎧掛けの松
源頼朝に仕えた熊谷直実は、1184年、一ノ谷の合戦で敵将平敦盛を討ち取るが、我が子ほどの年齢の若武者の命を奪ったことに無常観を感じ、のちに法然に弟子入りして出家した。その場所が金戒光明寺です。直実が御影堂横の松に着けていた鎧を掛けたと伝えられている松。今ある松は三代目だそうです。
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- 行った時期:2018年5月
- 投稿日:2018年5月22日
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金戒光明寺の境内にある松
墓参りの帰りに立ち寄りました。金戒光明寺の境内にあります。源頼朝に仕えた熊谷直実がこの松に着けていた鎧を掛けたと言い伝えがあるようですが、木は枯れてしまい 2014年に新しく植えたようで真新しい佇まいです。
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- 行った時期:2018年2月
- 投稿日:2018年4月16日
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三代目の松
金戒光明寺の境内、御影堂の斜め前にある松です。
熊谷直実は1184年の一の谷の合戦で平家の若武者・平敦盛を討ち取った後の1193年に黒谷の法然を訪ね出家したとのこと、
その時に鎧をかけた松がここにあり、今の松は三代目ということでした。
二代目は2013年に枯れ、現在は植えられてまだ4年ほどの可愛らしい松が植わっています。詳細情報をみる
- 行った時期:2017年12月21日
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2018年1月9日