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Sakamoto119さんの旅行記

【楠木正行公の首塚】東大阪市山手

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東大阪市の近鉄額田駅から「長尾の瀧」に向かって歩いていると「重願寺」の手前に【楠木正行公の首塚】の小さな案内板があり、それに従って歩いて行くと住宅地の一角に小さな石龕が祀られてあります。  楠木正成の長男である正行は父子2代にわたる南朝方の忠臣として後世に名をとどめており、1348年(正平3年)高師直軍との四条畷の戦いで破れ、弟正時と差し違えて自害したといわれるが、その墓は四条畷神社が管理している「小楠公墓所」以外にも、正行が本陣を置いた「往生院」にある。また、首塚についても京都嵯峨の「宝筺院」や宇治の「正行寺」が有名であるが、東大阪市においてはこの山手町の首塚です。正行の最後の場所が讃良郡四条縄手(現四条畷市)ではなく、河内郡四条縄手(東大阪市四条町付近)という説もあります。この首塚は、地元では昔から手厚く保護されていたと思われ現在でも手入れが行き届いています。 所在地:大阪府東大阪市山手町。アクセス:近鉄奈良線「額田」駅下車、東へ約300M。 #japan #travel #jaran #journal #spot #じゃらん #旅行 #旅行記 #スポット

大阪ツウ Sakamoto119さん 男性 / 50代

1日目2016年9月25日(日)

「首塚」のある場所の横の通りに石の鳥居が有ったが、額の部分が外されており、この近くに神社があるのか、あるいは、この塚がかっては神社として祀られていたのかは不明。

【楠木正行公の首塚】 所在地:大阪府東大阪市山手町。 アクセス:近鉄奈良線「額田」駅下車、東へ約300M。

首塚のそばに建つ「顕彰碑」。碑文は漢文で書かれています。1924年(大正13年)1月に村人が寄付を持ち寄り、石垣など整え、これを記念し、碑を建てた旨が書かれています。

「正行の首塚」 石龕(せきがん:石の厨子)が安置されている。扉のところには、菊水の模様がうっすらと見えます。

「正行の首塚」 石龕(せきがん:石の厨子)が安置されている。扉のところには、菊水の模様がうっすらと見えます。

「山之神」

「山之神」

「首塚」のある場所の横の通りに石の鳥居が有ったが、額の部分が外されており、この近くに神社があるのか、あるいは、この塚がかっては神社として祀られていたのかは不明。

【楠木正行公の首塚】東大阪市山手

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