メタボ大王さんの長野県〜新潟県の旅行記

新潟県妻有(つまり)地方の火焔型土器をめぐる旅
- 1日目2019年8月21日(水)
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10:00-11:00
長野県栄(さかい)村の道の駅。新潟県との境(さかい)にある。飢饉・飢餓で村が全滅した秘境秋山郷の一部もこの村だ。平成23年3月の長野県北部地震で村が壊滅的被害を受けた。農産物直売コーナーには深山の幸がいっぱい。
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10:00-11:00
道の駅に火焔型土器のモニュメント。4年前に来た時にはなかったような気がする。新しく設置されたものか。
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10:00-11:00
長野県唯一の火焔型土器。火焔型土器は富山、石川でも発掘されているようだが、ほとんどが新潟県内である。古代では信濃と越後の境もなかった。
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10:00-11:00
延命寺
長野県栄村から新潟県津南町に入り、国道117号線から沖ノ原遺跡に行こうと脇道に入ったところユニークな屋根の本堂を持つ寺があった。真宗高田派の「護念山延命寺」で、豪雪地帯の寺らしい急斜面の現代アートのような屋根にびっくり。遺跡には途中の道路が工事中で行き止まり。迂回路に迷い遺跡は翌日となった。
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10:00-11:00
信濃川を渡り左岸を20分位上り津南町マウンテンパークから見る日本一の河岸段丘の眺望。最大で9段ある。樹木が残るのは断崖でその他は長く続くゆるやかな棚田である。右端の中津川のかつての河床が河岸段丘となっている。中津川はここで信濃川と合流している。日本一の豪雪地帯の雪解け水が渓谷を削り信濃川に注ぎ、大河信濃川が山国信濃から運ぶ土砂と合わさり日本一の河岸段丘を作ったよう。
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11:00-12:00
石器・縄文時代からの雪国の暮らしがわかる博物館。津南町の沖ノ原遺跡、道尻手遺跡、堂平遺跡から発掘された縄文土器などが展示されている。
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11:00-12:00
ガラスケースに入った最大の火焔型土器。道尻手(みちじって)遺跡からの出土で十日町市の笹山遺跡から出土した国宝の火焔型土器を大きさでは上回るよう。
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11:00-12:00
河岸段丘に多くの縄文遺跡が分布。現在は水田となっているが、かつては豊かな森林におおわれていただろう。狩猟・漁労、木の実、山野草などが1万年の生活を支えたよう。
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11:00-12:00
縄文遺跡から出土した種子。多くの木の実を食べていたことがわかる。
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11:00-12:00
縄文時代の埋葬と仏教が広まり墓石を立てるようになってからの土葬のよう。
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11:00-12:00
男根様の石棒と食べ物をすり潰した石。男根様の石棒は各地の縄文遺跡から出土しているおり、祭祀に使用したようであるが、初期の小さいものから2m超すものもある。物を生産する自然を女性とみて豊穣を願ったとの説がある。
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12:00-13:00
十日町市にある笹山遺跡。国宝火焔型土器の出土状況を示すモニュメント。道路造成や野球場建設に伴い1980年から始まった発掘作業は土石流堆積物に埋まっていた縄文遺跡をバックホーなどで丁寧に掘り進めた結果、火焔型土器など大量の発見となった。国宝となった火焔型土器は野球場の駐車場の拡張のための調査地点で発見となった。1999年6月、笹山遺跡出土品928点が国宝に指定されている。代表するナンバー1の火焔型土器は国内での評価の高まりからアメリカ、フランスなどでも展示され、世界的な縄文文化の評価となっている。通常はこれほどの深さまでは発掘しないようだ。運命、奇跡のような発見が縄文土器唯一の国宝となった。
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12:00-13:00
遺跡では現在も発掘調査が行われている。こちらは笹山縄文館で、発掘作業の拠点として発掘物の調査や従事される方の休憩場所のよう。野球場と陸上競技場に挟まれた場所。
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12:00-13:00
前回は本店だったが今回は下島バイパス沿いの「和(なごみ)亭」で。ミニ天丼の付いたそばランチ。布海苔の入った蕎麦は喉ごし最高。へぎそばだけを注文する予定が、本店で食べた天丼の美味しさが忘れられず、量をへらして両方を、
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13:00-14:00
地場産業振興センターで地元の土産、野菜などを販売している。壁面に火焔型土器がある。
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13:00-14:00
越後妻有里山現代美術館。休館日であったが2階がガラス貼りであり、現代アートの作品を見ることができる。3年に一度開催される現代アートの祭典「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ」の作品が展示してあるよう。着物歴史館もあったようであるが同じく休館だったか。
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14:00-15:00
十日町市で出土した火焔型・王冠型土器などを展示している博物館。
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14:00-15:00
十日町市笹山遺跡から発掘された火焔型土器。新潟県内のナンバー1の火焔型土器。地元から国内、さらに世界の宝となっている。
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14:00-15:00
縄文人の狩猟の道具。石器の槍やヤジリ。
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14:00-15:00
縄文人の漁労の道具。釣り針、浮き、ヤスデなど。投網や囲い込み漁も行われた。動物の骨などで作られた釣り針の精巧さ。
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14:00-15:00
豪雪に耐える竪穴式住居。
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14:00-15:00
冬は地中に木の実などを貯蔵。
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14:00-15:00
古墳は新潟平野の信濃川沿いに造られており、水田開発に寄与した豪族のものであることがわかる。縄文文化の花開いた妻有地方には一つもない。やはり縄文遺跡が多い長野県の八ヶ岳周辺にも古墳がない。山の民は水田開発・放牧を進めたヤマト王権やそれに従う豪族と最後まで戦っていたからだろうか。
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14:00-15:00
縄文後期から弥生、更に古墳時代になり土師器など洗練された焼き物となり、火焔型土器のような躍動感はなくなり実用第一となる。
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14:00-15:00
織物の繊維と道具。苧(カラムシ)の繊維など、雪国ならではの織物の伝承。
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14:00-15:00
日本人の人口と身長の変化。身長は縄文、弥生、古墳時代と伸びるがその後明治時代まで縮み、現代になりまた伸びる。人口は数十万から江戸時代までゆるやかに伸び、明治から現代まで急激に増加した。
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14:00-15:00
縄文と現代アートをコラボした十日町は、来年6月オープン予定の新十日町市博物館とともに更に世界中から注目されるだろう。縄文時代の情熱が現代の新潟県人にも受け継がれているようだ。
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18:00-19:00
十軒ばかりの温泉旅館が谷底に寄り添うように並ぶ松之山温泉。野本旅館は4階建ての家庭的な旅館。10品位が順番に運ばれる。魚沼産棚田コシヒカリの二度突き精米のご飯が美味しい。三杯飯。地元のグループとの楽しい会話で明日の情報を仕入れる。
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18:00-19:00
三種飲み比べセットを注文。新潟のお酒は米がよく、水がいいのでいずれもうまい。各階にアイスボックスがあり、夜中に冷たい水が飲める。
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20:00-21:00
江戸時代の温泉番付。東の大関:上州草津の湯。関脇:野州那須の湯。小結:信州諏訪の湯。前頭筆頭:越後松の山の湯。で越後を代表する温泉。舐めるとしょっぱい塩分を含んだ温泉は肌がつるつるになる。人間も塩でもまれ水分が出るのか。日本三大薬湯としているが、非常に鄙びた湯治場的な温泉だ。団体客、当然インバウンドのお客さんなど一人もいない。雨と川の音を聞きながら闇に包まれた静かな夜が過ぎて行く。
- 2日目2019年8月22日(木)
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08:00-09:00
朝食は8時から。温泉にゆっくり入っても余裕。1階ロビーにセルフのコーヒーがあるので新聞や観光パンフを見て本日の行動を考える。朝食の焼き味噌とご飯が美味しくまた三杯飯。地元のお客さんに喜ばれる。
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09:00-10:00
昨日は土砂降りの中で美人林の中まで入らなかったので、本日は小降りなので中まで。ブナ林としては大きなものはない。
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09:00-10:00
松之山温泉から津南町に下る国道353号線沿いの砂防施設。長野県北部地震による土石流で国道が100m埋没。その後の雨等で16万立方メートルの土砂が15mの厚さに堆積。これらの土も使い大型の砂防施設を作った。
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09:00-10:00
地震と雨により山が崩壊、トヤ沢を下った土石流などが手前の国道等を埋没させた。円柱型の外枠に堆積した土砂を中に入れ砂防施設を作った。東頸城丘陵もなだらかであるが、雨が地面に溜まるため、一気に土石流となる。信濃川の右岸の魚沼丘陵も同様である。土石流が谷を埋め段丘を作り、川が更にこれを浸食し断崖を作る。何十万年の繰り返しが妻有地方の日本一の段丘となったよう。世界一の豪雪と無関係ではないだろう。
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旅館にいた地元のお客さんに聞いて日本三大峡谷の「清津峡」(国・名勝)へ。宿のおかみさんは豪雨なので次回にしたらと言ってくれたが思い切って行ってみた。駐車場から長靴を履き傘をさしてトンネルに向かう。崩落事故があったため現在は全長750mのトンネル内に見学場所が。大人600円。昨夜から相当な雨が降っていたが、川はそれほど濁っていなかった。
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10:00-11:00
トンネルに3カ所の横穴の見晴所と一番奥に最終の見晴所がある。施設そのものが何人かの現代アートの作品となっている。柱状節理の峡谷美もすばらしいが、現代アートの施設も面白い。
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10:00-11:00
ホッサマグナで海底となった長野県と新潟県。清津峡はこの東端付近。柱状節理とV字型の峡谷がすばらしい。海底火山が急速に固まったよう。
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10:00-11:00
清津峡トンネル内。
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10:00-11:00
清津峡トンネル内。人の顔がよくわからない程暗い照明。空調、排水はしっかりしているので短靴で大丈夫。
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10:00-11:00
清津峡トンネル最深部。渓谷を見るには裸足になって浅い水のプールを歩かなければならない。水は冷たい。
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10:00-11:00
清津峡トンネルの最深部の見晴所。簡単に見させない工夫か。冷たい水のプールは猛暑の夏ならば気持ちがいいが。足を拭くタオルが必要。
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10:00-11:00
清津峡の最終見晴所からみる峡谷。回り込んだため方向感覚がわからなくなるが、左側の山の中にトンネルがある。黒部峡谷、大杉谷を上回る峡谷の筆頭が簡単に見ることができる。兎に角柱状節理のV字谷に圧倒される。空が見えないほど狭い。
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12:00-13:00
津南観光物産館と津南食彩館がある。津南高原朝取り野菜や魚沼産コシヒカリ、越後の地酒など、地元の農産物、特産物を販売。
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12:00-13:00
津南観光物産館内にある食道「とんかつ つまり」。人気なのか30分くらい順番待ち。テーブル席、小上がりなど広いが接客の方が一人で忙しそう。
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12:00-13:00
とんかつと醤油ラーメンのランチセットと豚の生姜焼き定食を注文。とんかつも魚介系出しのラーメンも美味しいが、魚沼産コシヒカリのご飯が最高。朝の三杯飯もなんのその。妻の分のご飯まで。
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13:00-14:00
昨日、道路が工事中で諦めた沖ノ原遺跡へ。本日は中津川沿いの広い道を迂回。ナビの設定がなくアスパラ畑に注目して遺跡を通過。新潟県津南町の河岸段丘にある縄文遺跡。中央に広場を持つ直径約120メートルの環状集落であることが判明。竪穴式住居49基、長方形大型家屋3基、敷石住居1基の跡が確認され、その分布状況から少なくとも200基以上の家屋が存在していたと推定されている。
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13:00-14:00
現在も発掘を継続している様子。国史跡のため手が入らないためか全面芝ワラビが群生。周辺はアスパラなどの畑。
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13:00-14:00
西大滝ダム
東京電力西大滝ダム。千曲川を堰き止めるダム。豪雨で水量を増しているダムを見て思わずハンドルを切って降りる。
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13:00-14:00
老朽化したダムの堤頂道路は狭く、真ん中で停まっていると、轟音と振動でダムが崩壊してしまうのではないかとの恐怖とスリルで妻が今回の旅で一番興奮して大騒ぎ。
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13:00-14:00
戦前に建設されたこのダムは、首都圏の電力供給に重要な役割を果たしたが、信濃に遡上していた何万匹ものサケは全く来なくなった。ダムにより水量が落ちた下流域の漁業にも大きな影響を及ぼしたのだ。魚道を作り一匹、二匹の遡上がマスコミに取り上げられるが空しい。1万年以上続いた縄文の宝がこの下流の妻有の谷にまだたくさん埋まっている。
新潟県妻有(つまり)地方の火焔型土器をめぐる旅
1日目の旅ルート
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