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Shotaさんの東京都の旅行記

竹久夢二、熊谷守一、岸田劉生らの作品を見、日本民藝館、刀剣博物館などを訪ねる

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  • 芸術・文化
  • 史跡・歴史

上京の際、弥生美術館、竹久夢二美術館、熊谷守一美術館、ついで日本民藝館、旧安田庭園、刀剣博物館、岸田劉生展と、空いた時間を使って観て回った。それぞれの魅力を少しずつ味わい、楽しんだ。特に、熊谷守一と岸田劉生の世界に浸った時間は濃厚であった。

歴史ツウ Shotaさん 男性 / 70代

1日目2019年9月20日(金)
15:00-15:00

弥生式土器の発見地

文京区

「弥生式土器の発見地」を   >

竹久夢二美術館に向かって千代田線の「根津」駅から坂道を登っている途中、偶然発見した。1884年、付近の貝塚から縄文式とは異なる、赤焼きの壺が発見されたことによる。

15:00-16:00

弥生美術館

文京区

「弥生美術館」を   >

1984年、鹿野琢見により建てられた私設美術館。挿絵画家高畠華宵及び竹久夢二の作品や『少女の友』、『主婦の友』、『少年倶楽部』などの雑誌も展示されている。折しも「アンティーク着物万華鏡」展の最中であった。

15:00-16:00

竹久夢二美術館

文京区

「竹久夢二美術館」を   >

竹久夢二(1884-1934)は明治の終わりから、昭和初期にかけての美人画家。「大正の浮世絵師」とも称される。また、日本近代グラフィック・デザイナーの草分けの一人。

15:00-16:00

竹久夢二「晩春」

「晩春」(『グラフィック』1926・大正15年4月号・絵葉書)「夢二式美人」画の典型といえる。夢二は浴衣のデザインも手掛けたようだ。

15:00-16:00

竹久夢二「小鳥を呼ぶ少女」

「小鳥を呼ぶ少女」(『少女の友』1926・大正15年10月号口絵・絵葉書)児童雑誌の挿絵、童話、書籍の装丁と夢二の創作活動は広範囲にわたった。

15:00-16:00

竹久夢二「宵待草」

「宵待草」(セノオ楽譜 1936・昭和9年・絵葉書)夢二の詞に多忠亮が曲をつけた。 「待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬそうな」という詞は一世を風靡した。

17:00-17:00

熊谷守一美術館

豊島区

「熊谷守一美術館」を   >

熊谷守一(1880-1977)は岐阜県中津川出身(生地に「熊谷守一つけち記念館」が建つ)。写実から出発し、抽象度の高い具象画スタイルである「熊谷様式」を確立した。

17:00-17:00

熊谷守一美術館 館内

熊谷守一美術館の館内(館・パンフレット)一階と二階が守一の作品展示室で、三階はギャラリーになっている。来館者は他におらず、静かにゆっくり守一の世界を味わった。

17:00-17:00

熊谷守一「冬の海」

1953年作「冬の海」(絵葉書)フォービズムの画家と位置付けられた守一だが、抽象化されたと見える海辺を見つめていると、実際の情景が浮かび上がってくるようだ。

17:00-17:00

熊谷守一「朝の富士」

1957年作「朝の富士」(絵葉書)これが熊谷守一の「富士」なのだなぁと思う。

17:00-17:00

熊谷守一「牝猫」

1959年作「牝猫」(絵葉書)守一のイメージを形作ったといってもいい作品。頭から尾てい骨まで骨の形が的確に捉えられており、高度なデッサンが土台となっているようだ。

17:00-17:00

熊谷守一「群鶏」

1961年作「群鶏」(絵葉書)一見、抽象化されているように見えるが、一羽ずつを見つめて、その姿をつきつめた結果なのだ。

17:00-17:00

熊谷守一「寂」

「寂」(制作年不明・絵葉書)五人の子供の内三人を亡くした深い悲しみを内に、身近な草や花、猫、動物、昆虫を描いた守一の心にいつもあったのは「寂」だろうか。

2日目2019年9月21日(土)
16:00-17:00

日本民藝館

目黒区

「日本民藝館」を   >

民芸運動の主唱者、柳宗悦により1936年、創設。生活の中の美、実用に即した器物の美という柳の美意識に沿って集められた、多岐にわたる民芸品の数々を見ることが出来る。蔵造りの建物自体も堅牢で風格と味わいがある。

16:00-17:00

日本民藝館 木喰

1801年「自刻像 木喰明満」(江戸時代・絵葉書)柳は各地に個性的な仏像を残した、江戸時代の遊行僧・木喰の再発見者としても知られ、佐渡をはじめ各地を調査している。

16:00-17:00

日本民藝館 衣裳裂

16世紀「衣裳裂」(型染・大麻・三河・絵葉書)美しく、鮮やかでかつ深い味わいを感じさせる。決して古くさくはない。

16:00-17:00

日本民藝館 赤絵角瓶

江戸時代「赤絵角瓶」(牡丹文・伊万里・絵葉書)柳は品物の伝来、由緒、銘の有無などにはこだわらず、美しいと信ずるものを収集していった。これもそのひとっであろう。

16:00-17:00

日本民藝館 青釉釉黒流描鉢

1956年、濱田庄司作「青釉黒流描鉢」(絵葉書)柳と共に民芸運動に熱心であった、陶芸家濱田庄司は日本民藝館の第二代館長を務めた。

16:00-17:00

日本民藝館 鉄釉角鉢

江戸時代後期「鉄釉角鉢」(『民藝』2014年12月号)ちょうど「柳宗悦と古丹波」がテーマの展示期間であった。

3日目2019年9月22日(日)
11:00-11:00

国技館付近

両国の国技館前。本場所期間中で力士たちがつぎつぎこの道を横切って、支度部屋に入っていく様子などを見ることが出来た。

11:00-12:00

旧安田庭園

墨田区

「旧安田庭園」を   >

元本庄松平氏の下屋敷。いわゆる大名庭園であった。1889年、安田財閥の安田善次郎の所有となり、後、東京市に寄贈された。現在、無料で開放されている。

旧安田庭園 心字池

庭園の中心、小島の浮かぶ「心字池」。かつては隅田川の水を引き込み、干満を利用して、眺めの変化を楽しむ庭園であった。今は文字通り都会のオアシスとなっている。

11:00-12:00

刀剣博物館屋上から見た旧安田庭園

庭園内にある、刀剣博物館の屋上から見た「心字池」。この日は欧米からの観光客の姿がかなり見受けられた。

12:00-13:00

刀剣博物館

墨田区

「刀剣博物館」を   >

国内でも数少ない日本刀専門の博物館。単なる武器ではない、芸術品である刀剣・刀装・刀装具類をじっくり味わうことができる。

12:00-13:00

太刀 延吉

国宝 太刀銘 「延吉」鎌倉時代後期の作(絵葉書)刀身の美しさ、切っ先の鋭さもさることながら、鞘、柄、鍔の見事さ。圧倒される。(金梨子地菊紋散鞘糸巻太刀拵)

12:00-13:00

刀剣博物館 輝平

刀剣の詳しいことは分からないが、展示されていた「平成の名刀・名工展」の32振りの内、この「輝平」(図録)に惹きつけられた。反りは浅く、身幅は少し広い。派手ではないが良い。

12:00-13:00

刀剣博物館廊下

刀剣博物館展示室外の廊下にある、金澤翔子書「宝刀」。実に力強い。そしてこの博物館に相応しい。

16:00-17:00

東京ステーションギャラリー

千代田区

「東京ステーションギャラリー」を   >

岸田劉生(1891-1929)は、印象派、デューラー、古典的表現などの影響を受けつつ、独特の写実によって対象が持つ精神性を描き出すという独自の様式を確立したとされる。「写実的神秘派」を自認した。

16:00-17:00

岸田劉生 最初の自画像

1908年作、「自画像」(図録)おそらく現存する最初の自画像。補助線が引かれている。22-23歳頃に集中して30点以上「自画像」を描いたようだ。自身の内なる世界に奥深く分け入って己と対峙し、創作に向かったのであろう。

16:00-17:00

岸田劉生展

1912年頃作、「日比谷の木立」(図録)絞り出した絵具をそのまま筆で塗りつけている。印象派の点描技法を用いて、逆光の日比谷公園の並木道を描いた作品。

16:00-17:00

岸田劉生展

1913年作、「真田久吉氏像」(図録)フュウザン会や白樺派の友人たちは、次々劉生のモデルにされ、「首狩り劉生」と呼ばれたそうだ。真田久吉は最初の犠牲者となった。

16:00-17:00

岸田劉生展

1913年作「裸婦」(図録)結婚したばかりの新妻・蓁(しげる)をモデルに描いたもの。まるで母なる大地を思わせる。

16:00-17:00

岸田劉生展

1914年作「自画像」(図録)ほぼ同じ構図の作品もあるが、より細密な写実的描写が見られる。自信と確信に満ち、落ち着いた表情だ。

16:00-17:00

岸田劉生展

1914年作「アダムの孤独」(図録)14歳でキリスト教にふれ、洗礼を受けた劉生は、21歳のとき棄教を口にするが、信仰の核は生きていたと思われる。旧約聖書の『創世記』から着想を得た作品。エデンの園に住みながら「孤独」に悩む最初の人間アダム。

16:00-17:00

岸田劉生展

1914年作「画家の妻」(図録)麗子を生んだ母・蓁(しげる)を聖なる存在として描いた「画家の妻」の第1作。神に祈りを捧げるような「手」の表現であるといわれる。

16:00-17:00

岸田劉生展

1915年作「道路と土手と塀(切通之写生)」(図録)「人間と自然の静かな葛藤の現場を細密に描きこんだ風景画の傑作」(図録)とされている。盛り上がるような坂道と轍、確かに写実を越えた迫力を感じさせる。「近代化へ続く坂道」とも称される。

16:00-17:00

岸田劉生展

1916年作「壺の上に林檎が載って在る」(絵葉書)林檎が載って「いる」ではなく、載って「在る」とする。「在るといふ事の美」を描こうとしたのであろう。「実在の神秘」を。

16:00-17:00

岸田劉生展

1917年作「林檎三個」(図録)画家たちはこういう構図では描かない、あるいは描けないと言う。劉生の林檎である。個々の林檎が「在ること」を見つめ、描こうとしたのか。

16:00-17:00

岸田劉生展

1918年作、静物「白き花瓶と台皿と林檎四個」(絵葉書)光沢を放つ白い花瓶と台皿は友人バーナード・リーチの作品。卓上の黄色い林檎が不思議な存在感をみせている。

16:00-17:00

岸田劉生展

1918年作「麗子肖像(麗子五歳之像)」(図録)「劉生芸術を象徴する存在」とされる麗子の最初の肖像画。麗子はおそらく美術史上最も有名な少女であろう。実に緻密に描いてある。

16:00-17:00

岸田劉生展

1919年作「麗子坐像」(図録)「二ヶ月程」かけて、赤と黄の縮緬絞りの着物が執拗なほど丹念に描かれている。傍らの林檎は「実在の神秘」の象徴だろうか。

16:00-17:00

岸田劉生展

1921年作、「麗子微笑」(絵葉書)上下が圧縮されたようで手が小さい。モナリザやエジプトの彫刻を思わせるような微笑。写実を越えた「深い美」が備わっている麗子像である。

16:00-17:00

岸田劉生展

1927年作「田村直臣七十歳記念之像」(図録)数寄屋橋教会で劉生に洗礼を授け、キリスト教の手ほどきをし、画家になることを勧めた田村牧師の肖像。穏やかな人柄が伺える。

16:00-17:00

岸田劉生展

1929年作「満鉄総裁邸の庭」(図録)亡くなる一ヶ月前の作品。全体的に明るい色調で爽やかな風景画である。ここには死の影などなく、高揚感のようなものすら感じさせる。享年38歳。

竹久夢二、熊谷守一、岸田劉生らの作品を見、日本民藝館、刀剣博物館などを訪ねる

1日目の旅ルート

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