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こぼらさんの福井県の旅行記

越前海岸 紺碧の海と奇岩

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あわら温泉で宿泊した翌日、越前海岸沿いの国道305号線をドライブし、南越前町まで南下しました。このルートには「漁火街道」という名前も付いています。 晴天に恵まれたこともあり、街道から見える日本海や若狭湾は紺碧で、とても穏やかでした。海岸に連なる荒々しい形の岩や奇岩も見応えがありました。また街道一帯は越前水仙の群生地になっていて、12月後半から1月前半にかけて満開になる事も知りました。

グルメツウ こぼらさん 男性 / 50代

1日目2019年12月9日(月)

亀島園地

福井市

「亀島園地」を   >

あわら温泉から国道305号線で越前海岸を目指しました。三国で九頭竜川を渡り、しばらく南下すると突然視界が開け、海が間近に見えるようになります。そこが亀島園地です。亀島は「がめじま」と読みます。 濃緑色の甲羅を背負った亀が、頭を沖の方へ向けて泳ぎだそうとしている姿に見えます。手前の、どことなくストーンヘンジに似た岩も印象的です。

内陸部を通っていた国道305号線は、亀島園地にさしかかると、日本海が間近に見えるルートに一変します。

亀島園地

福井市

「亀島園地」を   >

亀島から少し南に行った所にある鉾島の頂上から、亀島園地を振り返っています。海が青くてきれいです。 写真中央奥に見える小島が亀島で、その右側に見える海岸が亀島園地です。園地にはキャンプ場や自然歩道が整備されています。

鉾島

福井市

「鉾島」を   >

鉾島は、日本海の荒波によって浸食された柱状節理の巨岩です。鉾島園地の海岸から、島のように海に突き出しているのが名前の所以です。高さは約50mほどです。 柱状節理の島といえば東尋坊の雄島が有名ですが、鉾島とは20km余りしか離れていませんので、同じ地質帯にあるのでしょう。鉾島のサイズは、雄島に比べれば豆粒のように小さいですが、柱状節理の断崖を間近に見られる面白さがあります。 鉾島園地には10台程度の駐車場と公衆トイレがあり、そこから通路伝いに島に上がることが出来ます。島の頂上には不動明王を祀る小さな祠があり、そこまで歩いて上ることができます。

鉾島の頂上付近から見渡す日本海がとても美しかった。波も風も穏やかで、水平線が鮮明に見えました。こんなに穏やかな冬の日本海を見るのは珍しいです。

柱状節理の切り立った断崖を上っていくので、かなり急な石段になっています。石段には、手すり代わりにロープが張ってある所もありますが、何もない所もあるので結構スリルを感じます。 多くの断崖観光スポットでは、直角に切り立つ断崖に近付く事はできず、離れた場所から眺めます。ここでは、手を伸ばせば届きそうな位に近付く事ができるので、迫力ある眺めが楽しめます。

鉾島

福井市

「鉾島」を   >

鉾島のすぐ近くに、大きさや高さが似た小島があります。こちらは、傾斜した柱状節理が見られるのは同じですが、海食による奇妙な穴があいているのが特徴です。 穴によって岩が脆くなっているのか、渡っていける通路はなく、島に立ち入ることができません。

鮎川園地キャンプ場

福井市

「鮎川園地キャンプ場」を   >

鉾島の頂上から見た鮎川園地。鉾島園地と鮎川園地とは、ほんの数百メートルしか離れていません。 鉾島園地には駐車場と公衆トイレしかありませんが、鮎川園地には防風林に囲まれた広場があり、そこでキャンプが出来るようになっています。天然の防波堤があるため、浜には目の細かい砂が堆積しており、海水浴ができます。でも、キャンプ場から砂浜に向かう途中は石がゴロゴロしています。

鮎川海岸

福井市

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福井市鮎川町にある大岬園地の海岸。越前海岸のイメージ通り、荒々しい岩が並んでいます。冬の荒波が押し寄せていれば波の花も見られるでしょうが、この日はとても穏やかでした。 越前海岸に荒々しい岩が並んでいる様子は、鉾島のような柱状節理の巨岩だったものが長年の荒波によって削り取られ、底部だけが残っている状態だったですね。

大岬園地の奇岩。チーターかネコの横顔のように見える岩があります。うまい具合に目・鼻も付いています。 東尋坊・雄島や鉾島と同様に傾斜した柱状節理の岩なのですが、こちらは高さが10mほどしかありません。かつては高さが数十メートルあった断崖が、浸食を受けて小さくなってしまった姿なのでしょう。

越前水仙の里公園

福井市

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越前水仙の大きな花壇を備える公園で、国道305号線沿いにあります。越前水仙の開花シーズンは冬場なのですが、ラッパスイセンのように春だと思い込んでいました。このため、冬に花は咲いていないものと割り切って立ち寄りました。嬉しい誤算で、これから開花し始めるタイミングでした。とはいえ開花まで半月ほどはありそうで、公園中央部の斜面花壇には水仙の花は1本もありませんでした。花壇に見える黄色・白色・紫色の花は、パンジーや葉牡丹です。水仙の苗は、パンジーや葉牡丹の周囲にある緑色の部分です。

「越前水仙の里公園」の水仙花壇は、国道305号線沿いに細長く展開しています。他の場所で栽培された水仙の苗を、これから花壇に植え替えようとしている時でした。

越前海岸の水仙

福井市

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「越前水仙の里公園」の花壇の隅で、ひっそりと咲いていた越前水仙を見つけました。おそらく今シーズン最初の花でしょう。 越前水仙は、「日本水仙」の仲間では代表的な種です。雪の中で小さく可憐な花を咲かせることから「雪中花」とも呼ばれています。 越前海岸は、日本水仙の三大群生地(産地)の一つです。残る2ヶ所は淡路島と房総半島とのことです。

越前海岸の水仙

福井市

「越前海岸の水仙」を   >

「越前水仙の里公園」には、「越前水仙発祥伝説之地」の標示碑とともに、若い女性の像が立っています。この地「越廼」(こしの)に伝わる物語に登場するヒロインの像です。伝説の概略は次の通りです。 源平合戦の時代、越廼には源氏に与する山本五郎左衛門という武士と、二人の息子が住んでいました。父と長男は合戦に出かけ、留守を預かっていた次男がある日、海岸の波間でおぼれかけていた美しい娘を助けました。次男と娘が親しくなってきた頃、長男が戦地から帰ってきました。長男も美しい娘に惚れ込んでしまい、兄弟での争いになりました。父親は戦死しており、兄弟の争いを止められる者はいません。ついに兄弟は、冬の越前海岸で決闘することになってしまいました。 娘は、自分が争いの原因になったと考え、断崖から荒れ狂う海に身を投じました。翌年の春、海岸に見た事がない白くて美しい花が流れつき、越廼の人々は娘を思い出しました。花を娘の化身と思い、丘の上に大切に植えました。これによって越前に水仙が広まったというものです。

越前海岸の奇岩

越前町(丹生郡)

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越前岬の北側にある銭ヶ浜園地で見られる奇岩。出っぱっている所もあれば風穴があったりして形が奇っ怪です。また、茶色っぽい岩の上に黒っぽい奇岩が乗っかっている様子も不思議です。越前海岸に多く見られる柱状節理の岩ではなさそうです。 名前は付いていないようですが、まさに奇岩です。

越前海岸の奇岩

越前町(丹生郡)

「越前海岸の奇岩」を   >

銭ヶ浜園地の奇岩を角度を違えて、園地駐車場側から見ています。写真だと大きさがわかりにくいですが、左側に見える水色の点は観光客の上半身ですので、推察して頂けると思います。 この岩場のどこかに、海が荒れていると勢いよく潮を噴き上げる裂け目「潮吹き岩」があるそうです。この日は海が穏やかで、どこが「潮吹き岩」なのか見当もつきませんでした。

越前有情の碑

越前町(丹生郡)

「越前有情の碑」を   >

越前岬北側の梨子ヶ平園地にある小さな公園に、五木ひろしの「越前有情」の歌詞が刻まれた碑が立っています。「越前有情」は越前の春夏秋冬を唄った名曲です。碑の傍らには、滝も設けられています。 園地駐車場から呼鳥門に行く道の途中にあります。公園の後ろの断崖の中を、国道305号の新呼鳥門トンネルが通っています。 歌詞を刻んだ碑の表面は鏡のように滑らかで、向かいにある国道のガードレールや崖、青空を写し出していました。

越前有情の碑

越前町(丹生郡)

「越前有情の碑」を   >

モニュメントの下の方から碑をズームアップしています。鏡のような碑面は、この角度だと空の雲を反射させていました。こんなに滑らかに磨かれ、景色をくっきりと反射させる碑面は見たことがありません。

「越前有情」歌碑のある公園より、向かいにある海岸を見ています。左端に見える、スフィンクスのような形の岩2つが、左右に並んで巨岩を仰ぎ見ているように見えます。

呼鳥門

越前町(丹生郡)

「呼鳥門」を   >

越前岬北側の梨子ヶ平園地にある、奇観・奇岩です。自然の産物とは思えない、奇跡的な形をしています。まさに岩の門です。 岩に亀裂が入っているので、岩のかけらが落下しないように金属製メッシュが巻いてあります。呼鳥門の下は危ないので、手前にフェンスが設けられ、歩いて近寄ることもできません。 40年近く前にも来たことがありますが、当時の国道305号は呼鳥門の下を通っていて、車で通りすぎたのを覚えています。今のように金属製メッシュは巻かれてませんでしたので、くぐる際に( いま崩れてきたらどうしよう!)なんて思ったものです。

梨子ヶ平園地駐車場の傍ら、岩山の足元に洞窟があります。洞窟の入口には、小さな祠が鎮座しています。「愛染明王洞・水仙廼社(あいぜんみょうおうどう すいせんのやしろ)」と呼ばれています。 真言密教の神「愛染明王」が祀られています。ここに参拝すると、恋愛成就・夫婦円満・家庭平穏・息災長寿などのご利益が期待できるそうです。

祠の左右に解説パネルがあります。向かって右のパネルには愛染明王の事が、左のパネルには「越前水仙の里公園」でも解説されていた越前水仙発祥伝説が書かれていました。この伝説は男女関係のトラブルをモチーフとしているので、水仙廼社には男女間の煩悩を救い和らげる御利益があると書いてありました。 越前水仙発祥の話が、水仙廼社の御利益の話に飛躍するのは不思議ですが、深く考えないことにしておきましょう。

越前岬

越前町(丹生郡)

「越前岬」を   >

越前岬灯台。思っていたよりも小さく、平坦な場所にあるのも意外です。 灯台といえば、海に突き出た半島や岬の先端で屹立している姿を想像してしまいます。越前岬は、日本海の方へ緩やかに膨らんでいる、標高の高い半島という感じです。越前岬灯台は、半島の平坦な頂上付近に設置されています。

越前岬遊歩道

越前町(丹生郡)

「越前岬遊歩道」を   >

灯台や展望台、水仙ランドを散策できる遊歩道が整備されていて、日本海を眺めながら散策できるようになっています。雪が積もった時に備えて、路面は凹凸のあるカラータイル舗装がされています。

越前岬水仙ランド

越前町(丹生郡)

「越前岬水仙ランド」を   >

越前町の多目的ホールという感じの建物です。中は、大広間と展示スペースで構成されており、越前水仙と越前岬灯台関連のものが展示されています。 越前水仙栽培のセンターでもあるようです。訪れた日は、この冬で最初の水仙の出荷があった日で、水仙ランド内で式典をしていました。普段は、越前水仙に関連する講演会やイベントが開催されているようです。 越前岬水仙ランドから、北にある梨子ヶ平にかけ数キロにわたって水仙畑が広がっているらしいのですが、開花前だったので見られませんでした。あと1〜2週間後であれば、水仙ランドの周囲の景観は全く違ったことでしょう。 ちなみに越前海岸一帯(越前町・南越前町・福井市)にわたる越前水仙の作付面積は60ha以上ありますが、そのうち約40haが越前町内にあるそうです。

館内には、初代・越前岬灯台で使われていたランプやレンズなど部品が陳列展示されていました。屋外に郵便局の配送車がずっと駐まっていたので、なんだろうと思っていたら、越前水仙の出荷シーズン初日ということで出荷式を待っていたのです。

越前水仙

越前町(丹生郡)

「越前水仙」を   >

越前岬水仙ランドの中には、外とはもちろん、水仙ランド屋内とも遮断された屋内花壇が設けられていて、越前水仙の花を間近に見る事ができるようになっています。 屋内花壇で、季節を問わず花を咲かせ続けるには、気温管理を厳密に行う必要があるそうです。屋内花壇に入ると、水仙ランド屋内よりも温度が低くなっていて、ひんやりしていました。

越前岬より国道305号線を走って南下し、南越前町に入ると「河野北前船主通り」と表示された石灯籠と北前船の模型がある広場に差しかかります。資料館「北前船主の館・右近家」の駐車場です。 写真の奥に見える黒い建物や、山の中腹に見える西洋館も含めた一帯が資料館「北前船主の館・右近家」になっています。 写真左手の、薄茶色の木製壁の建物が河野観光協会が設置している観光案内所「どっときたまえ」です。

「北前船主の館・右近家」前の駐車場に展示されている北前船の模型。約半分ほどのサイズかと思います。 模型といっても鉄筋コンクリート造りの頑丈なもので、中の甲板に上がり若狭湾を眺める事ができます。

河野観光協会

南越前町(南条郡)

「河野観光協会」を   >

「北前船主館・右近家」のすぐ前にある観光案内所。「北前船」と「.COM→どっとCOME」をモチーフに、そして「どっと来て」に引っかけて「どっときたまえ」という名前にしています。難解と言うべきか、センスが凄いのか・・。 「北前船主館・右近家」では「死ぬまでに一度は見ておきたい若狭湾の夕陽」が見られると教えてもらい、入館見学することにしました。

資料館「北前船主館・右近家」の入口。写真に写っているのは外蔵の一部と外門です。これをくぐると、「河野北前船主通り」という集落路をはさみ、資料館である母屋が見えてきます。母屋から先に進むには入場料500円が必要になります。

北前船主の館・右近家

南越前町(南条郡)

「北前船主の館・右近家」を   >

「北前船主の館 右近家」は、江戸後期〜明治中期にかけて、主に日本海を舞台に活躍した北前船をテーマとした資料館です。北前船の大船主だった右近家の旧宅でもあります。右近家は北陸五大船主の一つでした。 写真は、資料館としてのメイン施設である母屋前から、「河野北前船主通り」を見ています。往時は荷車が行き交っていた様子が見て取れます。 写真右の門は、資料館「北前船主の館 右近家」の出入り口。右近家邸宅の外門でもありました。左の方に見える建物は外蔵です。蔵は母屋側にもあります。

北前船主の館・右近家

南越前町(南条郡)

「北前船主の館・右近家」を   >

北前船の船主だった右近家の旧宅敷地はとても広く、母屋と蔵には北前船交易関連の品々が展示されています。入場見学料金は大人500円です。 母屋と蔵の展示品は全て撮影禁止となっているので、ここで紹介できないのが残念です。撮影ができて、見応えもあるのが西洋館です。母屋の背後にある山の中腹に立っています。右近家にとって、離れまたは別荘という位置づけだったようです。

母屋から西洋館に行くには、母屋の庭園を通って裏に移動し、石段を上ります。その途中で、見事な西洋式庭園を見下ろすことができます。12月なので花壇に花はありませんでしたが、黄色く色づいた銀杏が美しかった。

北前船主の館・右近家

南越前町(南条郡)

「北前船主の館・右近家」を   >

昭和10年、右近家の11代目当主が山の中腹に建てたのが西洋館です。この時代になると、右近家の本拠地は兵庫県芦屋に移っており、別荘として建てたようです。 母屋庭園から、結構な急坂を上っていくと玄関が見えてきます。 11代目がこの別荘を建築した主目的は「お助け普請」だったといわれています。昭和初期の不況にあえいでいた地元民を食べさせるために、あえて造成・築造が厄介な山の中腹を建設地に選び、より大勢を雇い、より多くの日当を払っていたのです。女性も含めた地元民を資材運搬役に雇い、瓦や煉瓦などを少しだけ持たせて何回も往復させ、往復した回数に応じて賃金を支払ったともいいます。まるで為政者による「お助け」事業です。 右近家には、それほどの財力と影響力があったのです。

西洋館の中に入ると、暖炉を備えたホールが出迎えてくれます。閉館間近だったので受付は終わっていましたが、ここでコーヒーや紅茶を頂くことができます。

ホールの脇から、階段で2階に上がります。手すりや床、ガラス窓の造作が素晴らしい。

階段を上がりきると、西側ベランダに出られる扉が正面に見えてきます。扉の向こうに見えるのは若狭湾の青い海原です。

西側ベランダに出て、南を見ています。敦賀湾が見えます。 校倉造りのような外壁と、角材が外に突き出している様子は、スイスのシャレー(山小屋)造り風と呼ばれると説明してもらいました。

北前船主の館・右近家

南越前町(南条郡)

「北前船主の館・右近家」を   >

南側ベランダより、西を見ています。若狭湾が見渡せます。写真左の水平線上に見える陸地は、丹後半島とのこと。この場所から眺める夕陽が、観光案内所「どっときたまえ」で教えてもらった「死ぬまでに一度は見ておきたい若狭湾の夕陽」のようです。ここの閉館時間は午後4時で、日没には早すぎるのが残念です。

西洋館の西側ベランダから北を見ています。写真左に見えるのが若狭湾で、中ほどに見えるのが「北前船主通り」と呼ばれる集落です。右近家旧宅の母屋も「北前船主通り」に立地しています。

西洋館よりも更に高い場所に展望所が設けられています。あと少しで山頂という場所に展望広場と東屋があります。 西洋館から、また石段を上って行きます。

石段を上りながら展望所に向かう途中、海をバックに西洋館の屋根が見えました。石段の脇には桜の木が植えてあるので、花の時期に来れば青い海を背景にした桜が見られそうです。

展望所からは、若狭湾と河野浦が一望できます。 水平線に沈みゆく夕陽を眺めるには最高の場所なのでしょうが、「北前船主の館・右近家」の開館時間は午後4時までなので、日没の時刻まで居られないのが残念です。

河野海水浴場

南越前町(南条郡)

「河野海水浴場」を   >

「北前船主の館・右近家」山頂展望所の南からは、河野浦と敦賀湾を見下ろせます。テトラポットの列の向こうに見える砂浜が河野海水浴場です。 河野浦は古くから海上交通の要衝として知られ、日本海を行き交う北前船の基地としての役割を果たしました。もちろん現在は北前船の姿はありませんが、漁港と海水浴場として使われています。

河野海水浴場

南越前町(南条郡)

「河野海水浴場」を   >

河野海水浴場の近くにある「河野ふれあいシーサイドパーク」の様子。「北前船主の館・右近家」もすぐ近くです。夏場の海水浴だけでなく、年中いろいろ見て楽しめるエリアになっています。 訪れた時は、天候に恵まれて海が穏やかで、とても絵になる風景でした。

「河野ふれあいシーサイドパーク」から敦賀方面を望んでいます。既に午後4時を過ぎていましたが、昆布館や日本海さかな街に寄りたくて、敦賀方面に向かいました。

越前海岸(敦賀湾東岸)

南越前町(南条郡)

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河野海岸から敦賀に移動するのに、時間がなかったので、北陸道を使いました。 杉津PAから敦賀湾東岸が見下ろせました。写真中央に見える、湾に突き出ている小さな半島を岡崎半島と言います。湾をはさんで奥に見えているのが敦賀半島です。岡崎半島の手前を横切る街道は「しおかぜライン」と呼ばれています。時間があれば、「しおかぜライン」で敦賀に行きたかった。 岡崎半島と敦賀半島を結ぶラインを境に、南側(写真左側)を敦賀湾と呼び、北側を若狭湾と呼びます。

敦賀昆布館

敦賀市

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おいしい土産物を調達するのにぴったり。夕方5時の閉店間際、4時半に入店しました。この時間の駐車場には、個人客の乗用車はほとんどおらず焦りました。でも折良く観光バスが1台入ってきて団体客が来てくれたので、営業時間が5時半まで延長されました。助かった!

店内の様子。本当に昆布商品が豊富に並んでいました。試食・試飲コーナーがたくさんあって、時間があればもっと楽しんでいたかった。

かに喰亭ますよね

敦賀市

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日本海さかな街の中にある海鮮料理店。海鮮丼が食べたくて、午後6時すこし前に日本海さかな街に入ったのですが、丼を提供する店は5時半くらいに営業終了していました。広い市場内を小走りに探し回り、唯一開いていたのが「かに喰亭ますよね」でした。 ここは店内が広く客席が多いので、団体客を想定した店なのだと思います。本来の営業時間は6時までですが、私たちが食べ終わるまで店を開けていてくれました。ありがとうございました。

かに喰亭ますよね

敦賀市

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「まぐろ三昧丼」。1,300円で味噌汁や香の物が付いてきます。 さすが海鮮料理屋さんです。とても美味しかった!お腹がペコペコだったので、あっという間に完食しました。

かに喰亭ますよね

敦賀市

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家内が選んだ「5種丼【A】」。乗っているネタは、甘エビ・いくら・まぐろ・鯛・イカの5種類。ご飯を小盛りにしたので50円安くなり、1,200円でした。 ネタがてんこ盛りの丼を期待していたようですが、少々もの足りなかったようです。ネタの特盛りオプションもあるようなので、お腹が空いている時は選ぶと良さそうです。 でも、とても美味しくて満足できたようです。

1日目の旅ルート

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