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こぼらさんの和歌山県の旅行記

田辺湾めぐり 白浜・田辺・みなべ

  • 夫婦
  • 2人
  • 史跡・歴史
  • 自然

南紀白浜や田辺湾の風情が気に入って、1月に来たのに、2月にも訪問することになりました。初日はもっぱら宿で温泉と食事を楽しみ、翌日は紀伊田辺の扇ヶ浜を散策し、みなべ町に移動して「車でまわる南部梅林」をめぐりました。田辺湾沿岸を周遊していると、美しい海の景色や熊野古道にちなむ史跡、そして梅林などが楽しめます。

グルメツウ こぼらさん 男性 / 50代

1日目2020年2月11日(火)

湯快リゾート 南紀白浜温泉 白浜彩朝楽<プレミアム>

「湯快リゾート 南紀白浜温泉 白浜彩朝楽<プレミアム>」を   >

宿泊した「湯快リゾート 南紀白浜温泉 白浜彩朝楽」の外観です。大きな椰子の木が、南国情緒を醸し出しています。 設備や食事が、一般的な湯快リゾートの宿泊プランよりも少し贅沢になっている<プレミアム>のホテルです。白浜には、湯快リゾートの<プレミアム>ホテルが3軒ありますが、今回は2軒目の利用でした。 実は、1月に「湯快リゾート 白浜温泉 白浜御苑<プレミアム>」に宿泊し、とても良かったので、白浜の湯快<プレミアム>に全て泊まってみることにしたのです。白浜という土地の雰囲気が気に入ったという事情もあります。

「湯快リゾート 南紀白浜温泉 白浜彩朝楽」のロビーから外を見ています。中庭と駐車場の向こうは、実は港なのです。ヨットの帆柱が見えていました。外に出て、付近を散策しました。

ロビーから外に出てみると、大きなプールがありました。もちろん冬なので、プールは運営されていません。 私たちは、なぜか白浜には冬場にしか来ていません。泳げる時期にも来ないといけませんね。

「湯快リゾート 南紀白浜温泉 白浜彩朝楽」の傍にある港の様子。プレジャーボートや小さな漁船が係留されていました。 左手に見えるのは、間に田辺湾をはさんで対岸となる田辺市の山々です。中辺路あたりだと思います。 明日は、国道42号線をドライブして、田辺とみなべの海岸を走るつもりです。

散策を終えてホテルに戻ってきました。玄関先や館内には照明が灯りました。

1階ロビーの様子です。コスパが良く大衆向けのイメージがある湯快リゾートですが、プレミアムになると高級感が、そこかしこに出てきます。

夕食バイキングの様子。マグロの解体ショーをやっていました。湯快リゾートの一般的宿泊プランの食事会場では見かけない催しです。

夕食バイキングで、最初に盛り付けてきた品々。ローストビーフやカットステーキ、刺身の質と品数など、一般的な宿泊プランの食事よりも少し贅沢な内容となっています。

2日目2020年2月12日(水)

湯快リゾート 南紀白浜温泉 白浜彩朝楽<プレミアム>

「湯快リゾート 南紀白浜温泉 白浜彩朝楽<プレミアム>」を   >

湯快のプレミアムホテルだけあって、朝食バイキングの料理バリエーションがとても豊富でした。地元名産の釜揚げしらすもあって大満足。 後で写真を見て驚きましたが、朝食なのに、皿にてんこ盛りしてしまいました。文字通り満腹になり、食後しばらく部屋で寝転がっていました。 さすがに、この日は午後3時頃までお腹が空きませんでした。

南紀名産・南高梅の果肉を好きなだけ乗せられる、セルフの梅うどんも良かった。ただ梅干しが載っているうどんではなくて、梅の香りと風味が楽しめる本物の梅うどんでした。満足です!

田辺扇ヶ浜海水浴場

田辺市

「田辺扇ヶ浜海水浴場」を   >

白浜のホテルから見えていた田辺の美しい浜を見たくて、国道42号線で扇ヶ浜にやってきました。 扇ヶ浜は、その名の通り扇を広げたような形をしています。砂浜は奥行きがありますし、ゴミも落ちておらず、海水浴場として言うことない環境です。冬場だったので散歩する人が散見されただけでしたが、夏場は海水浴客でごったがえすことでしょう。

扇ヶ浜公園

田辺市

「扇ヶ浜公園」を   >

扇ヶ浜には、夏場に海水浴場として使われる時に活躍する、大きなビーチハウスが立っています。シャワーやトイレ、無料ロッカーを備えています。トイレは年中いつでも利用できます。 その奥に見える松林が扇ヶ浜公園です。色々な記念碑が立っていて、歩きながら見る事ができます。 車で公園に行く場合は、近くに市営扇ヶ浜海岸駐車場があるので、そこに駐めます。400台分のスペースがあり、最初の1時間は無料です。

潮風を感じながら、海岸線を散策できるようになっています。写真は「南方熊楠顕彰碑」です。

松林の中を散策する事もできます。

松林の中を歩いていると、句碑や歌碑など様々な碑を見かけます。 写真は鳥山啓が作詞した「軍艦」の記念碑です。有名な軍艦マーチの歌詞が刻まれています。 鳥山啓は、田辺市出身の作詞家であり博物学者です。世界的な博物学者・南方熊楠の恩師でもあったそうで、その優秀さがうかがわれます。

田辺扇ヶ浜海水浴場

田辺市

「田辺扇ヶ浜海水浴場」を   >

ビーチハウス付近から扇ヶ浜を見ています。この辺りが海水浴場の中心地で、潮垢離場や時計台もあります。海の向こうに見える陸地は白浜です。 曇っていましたが、砂浜は白く海も青いのがわかりました。快晴ならば、とても素敵だろうと思います。

扇ヶ浜潮垢離場

田辺市

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扇ヶ浜海水浴場ビーチハウスの近くに潮垢離(しおごり)場が設けられています。最近まで、潮垢離場跡を示す石碑が近場にあっただけでした。2018年に、本物の海水が注がれ、実際に体を清められる場所として、この場所に設けられたのです。 かつて熊野詣での旅では、禊(みそぎ)をしながら巡礼するのが習わしだったので、浜辺での禊の場=潮垢離場が再現されたのです。 紀伊田辺は、熊野古道である紀伊路を南下してきた旅人にとって、中辺路ルートと大辺路ルートの分岐地点でした。中辺路ルートで熊野本宮に向かう者は、ここ田辺より海から離れ山岳路を進んだため、田辺の浜で潮垢離をしていたのです。

潮垢離場は、田辺湾を一望できる場所に設けられています。右手に田辺湾の北端に突き出た岬と天神崎(岩礁)が、左手に白浜の北端(江津良浜から番所山)が見えます。

潮垢離場よりも少し高い場所は「田辺市民憩いの広場」となっていて、「和歌山県朝日夕陽百選」と書かれたサーフボードのようなモニュメントが立っていました。扇ヶ浜から望む、田辺湾に沈む夕陽が「和歌山県・朝日夕陽百選」の一つに選ばれたのです。

「田辺市民憩いの広場」の様子です。「和歌山県・朝日夕陽百選」モニュメントの隣に、いわれのありそうな松の木が立っています。根元に石碑があるので近寄ってみると・・。

近寄ってみると松の木は大小2本あり、その間に石碑がありました。「熊野水軍出陣の地」と刻まれています。この碑がある場所は、昔は海辺だったと思われますが、すぐ隣に建物ができてしまい、海はその向こうにしか見えません。

熊野水軍出陣の地碑

田辺市

「熊野水軍出陣の地碑」を   >

「熊野水軍出陣の地」とは、源平合戦の最終決戦の場となった壇ノ浦へ向け、熊野水軍がここより出陣した事を示しています。1185年の事でした。 このとき熊野別当・湛増は、源氏に味方すべく、200余艘の軍船に2,000人余りの兵を乗船させて遠征軍を編成しました。扇ヶ浜は、それほどの大部隊を集結できるほどに大きな浜だったのです。 ちなみに熊野別当とは、熊野三山を統括していた長官のような職です。熊野水軍という軍事組織の最高司令官でもありました。熊野水軍とは、熊野三山に所属する水軍だったのです。

田辺市役所前の通りを歩いていると、「弁慶産湯の井戸・第六代弁慶松」という看板が植栽の上に出ていたので、行ってみました。

弁慶松

田辺市

「弁慶松」を   >

弁慶松は、田辺市役所駐車場の隅に立っています。「弁慶産湯の井戸・第六代弁慶松」看板がないと、まず気付きませんね。市役所の植栽の一部かと思ってしまいます。 この場所が、どうして弁慶ゆかりかというと、名高い武蔵坊弁慶は熊野別当の息子であり、この地に熊野別当の屋敷があったからです。弁慶が生まれ育った所だという事となり、松が植えられ弁慶松と名付けられたのです。現在の松は6代目とのこと。

弁慶松

田辺市

「弁慶松」を   >

弁慶松の由来を少し詳しく説明します。熊野別当の息子とされる弁慶が衣川で戦死した時、熊野別当の屋敷跡には弁慶の産湯を汲んだとされる井戸が残されていました。地元の人たちは弁慶の死を悼んで、井戸の傍に松を植えて弁慶松と名付けたのです。 今の弁慶松は6代目で、初代の松とは場所も違っているようです。傍の井戸も、もちろん当時の物ではありません。井戸は、熊野別当屋敷にあった頃の姿を復元しているそうです。 弁慶という強烈なキャラクターには似つかわしくないですが、赤ん坊の頃を思わせる静かなモニュメントです。

弁慶松

田辺市

「弁慶松」を   >

弁慶の産湯井戸と弁慶松とは、隣り合わせになっています。写真右が弁慶松の幹で、写真左が産湯井戸です。 弁慶松は多難な経緯をたどって、現在の6代目に至っています。初代は、16世紀の終わり頃、築城材料にするために伐採されてしまいました。17世紀後半になって、産湯井戸の近くに生えていた松の木が、田辺城主によって2代目弁慶松に指定され保護が始まりました。その後、植え継がれて現代に至りましたが、先代は昭和50年に枯死してしまいました。幸い先代の種子から育った幼木があったので、現在の場所に移植され6代目としたのです。

南部梅林

みなべ町(日高郡)

「南部梅林」を   >

田辺から国道42号線で、みなべ町に移動し、有名な南部梅林を回ってみようと考えました。でも歩いて回る梅林なので、ゆっくりしていると3時間程度はかかりそうです。 時刻は午後2時少し前で、雨も降り出しそうな天気だったので、回りきれるかどうか自信がありません。どうしようか迷っていたら「南部梅林パートU 車でまわるコース」という看板を見つけました。T字路になっていて、直進すれば南部梅林、左折すると南部梅林パートUという具合。 車で回るコースなら、急に雨が降ってきても安心ですし短時間で回れそうです。どのような梅林なのかわかりませんが、そちらへハンドルを切りました。

南部梅林

みなべ町(日高郡)

「南部梅林」を   >

歩く時よりも視点が低い、車の中から見た梅林です。 「車でまわる南部梅林パートU」では、梅農家が業務で使っている道をマイカーで進みます。途中で、農家の軽トラと対向する時がありますが、お互いに路肩に寄って交差します。大きな車では来ない方がいいでしょう。

2月中旬で、咲き始めの頃だったので花は少なめでした。

梅栽培

みなべ町(日高郡)

「梅栽培」を   >

「車でまわる南部梅林パートU」で丘陵地を上り、高い場所から見渡すと、遠くまで梅畑が続いています。丘陵地を梅畑が覆い尽くしていると表現した方が良いでしょうか。 咲き始めの梅の花が続く様は、まるで野山を覆う春霞のようです。

それでも咲き揃い始めている梅の木もあり、思わず車を駐めて梅に近寄って見入ります。 みなべの梅林では、梅の実を収穫するための品種が栽培されているので、紅梅や枝垂れ梅など観賞用の花はありません。でも、素朴な梅の花も素敵です。

ところどころに菜の花畑もあり、ピンク・黄色・緑の美しい景観を作っていました。

梅栽培

みなべ町(日高郡)

「梅栽培」を   >

丘陵地一帯すべてが梅畑になっています。 丘陵地の頂上付近からは、みなべ町の市街地が見下ろせます。曇っていて気付きませんでしたが、海も見えていました。写真左奥に、コブが3つ連なっているように見えているのは鹿島という小島です。

澤田製菓店

田辺市

「澤田製菓店」を   >

途中に茶店が1軒あります。道沿いに駐車場も用意されているので、立ち寄りやすいです。茶店の幟には澤田製菓店という表示がありました。 田辺の名菓「いも餅」を作っているお菓子屋さんですが、梅林の中に茶店を出してみえるのです。 茶店に寄って、田辺の名菓「いも餅」と梅こぶ茶のセットをいただきました。「いも餅」の大人しい甘さが気に入って、茶店で1パック買って帰りました。

梅の花が咲き始めているとはいえ、2月中旬なので体が冷えてきます。梅こぶ茶で体を温めます。梅こぶ茶には、おもしろいことに金箔が乗っていました。

みなべ町市街地から、北の方へ少し離れた場所にあります。ほぼ南北に流れる南部川沿いの場所です。 日本一の梅産地である、みなべ町の資料館であり道の駅でもあります。梅栽培の仕組みが世界農業遺産に認定され、それの解説もしています。

みなべ町うめ振興館

みなべ町(日高郡)

「みなべ町うめ振興館」を   >

個性的なデザインの「みなべ町うめ振興館」。3階建ての、みなべ町特産の梅に特化した資料館であり道の駅です。 どういう事情があるのか、2階と3階それぞれに入口があり、外階段で直接入ることができるようになっています。建物の中にも、1階から3階まで上がり下りできる階段があります。

元首相・小泉純一郎氏が来られた事を記念するモニュメントがありました。小泉純一郎氏は平成16年に、ここに来られています。今思えば、全盛期の頃ですね。

みなべ町うめ振興館は、正味3階建てになっています。1階は歴史民俗資料館で、2階がうめ資料館、3階に物産販売所があります。4階は展望所になっていますが、3階の屋上です。

みなべ町うめ振興館

みなべ町(日高郡)

「みなべ町うめ振興館」を   >

駐車場からは1階のように見えるフロアは、実際は2階で、うめ資料館となっています。資料館に入ると、大きなメカ・ウグイス君と梅の花が出迎えてくれます。10倍くらいの拡大模型ですが、ウグイス君は中型犬ほどの大きさもあり音をたてて動くので、来場者はびっくりします。来場者が入ってくると、くちばしが動きスピーカーからホーホケキョが流れます。

2015年、「みなべ・田辺の梅システム」が世界農業遺産に認定されました。400年にわたり受け継がれてきた、みなべ・田辺地域における梅栽培の仕組みが、持続可能な農業システムとして評価されたのです。 世界農業遺産とは、国連食糧農業機関(FAO)の認定制度です。世界的規模で失われつつある、伝統的農業・農村の文化や景観・多様性に富む生態系について、保全や継承する事を目的としています。

道の駅 みなべうめ振興館

みなべ町(日高郡)

「道の駅 みなべうめ振興館」を   >

「みなべ町うめ振興館」は、道の駅に加えて、歴史民俗資料館、梅資料館などいろいろな施設を兼ねています。3階は物産販売所になっていて、みなべ特産の梅干しや梅加工食品がいっぱい並んでいます。この物産販売所が道の駅らしさを感じさせますが、「みなべ町うめ振興館」全体が道の駅だと言うこともできます。

白いご飯に大粒の梅干しが乗っているポスターが貼ってありました。シンプルですが、とても食欲をそそられます。梅干しは日本の食卓を代表する食べ物ですね。

うめ振興館の1階は、歴史民俗資料館になっています。1階は、駐車場からは地下1階に見えます。私たちは、2階フロアから階段を下りて行きました。 歴史民俗資料館に入ると、タイムマシーンで過去にタイムスリップしていくような視覚効果を味わえます。

1階の歴史民俗資料館では、須賀神社の秋祭りで行われる御渡り行列のジオラマがひときわ目立ちます。

みなべ町立うめ振興館

みなべ町(日高郡)

「みなべ町立うめ振興館」を   >

絢爛豪華な御渡り行列の様子が、和紙人形で見事に再現されています。御渡り神事は、平安時代の須賀神社創建時に京都の祇園八坂神社から祭神を移した時の様子を、今に伝えています。 須賀神社では、昭和43年に創建1000周年を迎え、記念祭が催されました。この時、特別豪華な御渡り行列が催されたので、このジオラマで記録したのです。時代絵巻を見るような、華やいだ行列だった事がわかります。 須賀神社は、うめ振興館から2kmほど離れた場所にあります。社殿3棟が横一文字に並んでいるのが特徴で、それぞれが朱塗り美しい春日造・檜皮葺きの1間社で揃えられています。創建1000周年の年に県の重要文化財に指定されました。

御渡り神事は、毎年10月に開催される秋祭で続いているようですが、このジオラマのように特別に凝ったものではないようです。 これほどに豪華な神事が今でも続いていれば、全国から観光客が大勢集まり、誰もが知っている大祭だったことでしょう。惜しいと思います。 また、みなべに行く機会があれば、秋祭り見物をあわせて須賀神社に寄ってみたいと思います。

田辺湾めぐり 白浜・田辺・みなべ

1日目の旅ルート

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