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こぼらさんの鳥取県の旅行記

コロナ時代の旅 白兎海岸〜倉吉

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2泊3日の鳥取旅行の2日目です。まずは白兎海岸(鳥取市)に寄って神話「因幡の白うさぎ」の舞台である美しい海と海岸を楽しみ、白兎神社では神話の世界にひたりました。次に東郷湖(湯梨浜町)の畔にある、足湯を備えたパン屋さんで昼食をとりました。その後、倉吉の「なしっこ館」と白壁土蔵群を見て回り、山陰道を使って宿泊地の皆生温泉(米子市)に向かいました。 コロナの第1波が収束したように見えた時期でしたが、多くの訪問先では対策がされていました。窮屈に感じないでもありませんでしたが、ウィズコロナの時代に慣れていくしかありません。

グルメツウ こぼらさん 男性 / 50代

1日目2020年6月21日(日)

道の駅神話の里白うさぎ

鳥取市

「道の駅神話の里白うさぎ」を   >

「道の駅 神話の里白うさぎ」の駐車場に車を駐め、付近の白兎海岸や白兎神社に行きました。道の駅は、国道9号線をまたいで立つ大きな立体歩道橋兼展望所を備えていて、国道を通る車を気にせずに白兎海岸に行けるようになっています。 白兎海岸や白兎神社を訪ねる際は、この道の駅を起点にするのをお勧めします。

白兎海岸

鳥取市

「白兎海岸」を   >

白兎神社の参道から、「道の駅 神話の里白うさぎ」と白兎海岸を連絡している立体歩道橋兼展望所を見ています。国道9号線をまたいでいます。 立体歩道橋は展望所を兼ねていて、歩道橋を歩きながら白兎海岸の素晴らしい眺望が得られるようになっています。

白兎海岸

鳥取市

「白兎海岸」を   >

紺碧の海に浮かぶ淤岐島(おきのしま)。白兎海岸の近くにある小さな島です。写真の風景が、神話「因幡の白うさぎ」の舞台でありモチーフになっています。 次々と打ち寄せる白波は、白兎にだまされて淤岐島から白兎海岸まで、ずらりと並んだサメたちの背中のように見えます。神話の作者は、この風景を見て、サメと白兎の姿を連想したのではないでしょうか。 神話では、白兎がサメたちの背中を飛び移って淤岐島から白兎海岸に渡ろうとする様子が躍動的に描かれます。この躍動感は、繰り返し打ち寄せる白波の動きと重なります。

白兎海岸

鳥取市

「白兎海岸」を   >

立体歩道橋兼展望所から東の方を見ています。海がとても青くて美しく、ハワイっぽさも感じます。日本の渚百選のひとつになっているそうで、水がクリアな浜でもあり、夏場には多くの海水浴客で賑わうそうです。

白兎海水浴場

鳥取市

「白兎海水浴場」を   >

白兎海水浴場は、紺碧の日本海に面した砂浜が美しいうえに水も澄んでいるので、とても人気のある海水浴場です。適度に高く幅もある波が繰り返し打ち寄せるので、サーファーにとっては絶好のサーフポイントになっているようです。 例年、7月上旬から8月中旬頃まで海水浴場になっていますが、今年はコロナ感染拡大防止のために海開きが中止となる予告が出ていました。

田村虎蔵大黒さま歌碑

鳥取市

「田村虎蔵大黒さま歌碑」を   >

「大きな袋を肩にかけ」が歌い出しの童謡「大黒様」(だいこくさま)は、20世紀初めより歌い継がれてきた文部省唱歌です。作曲した田村虎蔵は鳥取出身であり、歌のテーマも白兎海岸を訪ねた大黒様(大国主命)なので、この場所に歌碑が建てられました。 波の音と紺碧の海を背景にした歌碑は、おのずと歌が頭の中に浮かんできて、なんとも風情を感じるものです。

田村虎蔵大黒さま歌碑

鳥取市

「田村虎蔵大黒さま歌碑」を   >

立体歩道橋の白兎海岸側の袂に歌碑は立っています。歌碑の奥には、淤岐島が見えています。 歌碑には「大黒様」の歌詞と楽譜が刻まれています。「大黒様」は、幼い頃に保育園で「因幡の白うさぎ」の紙芝居を見ながら歌を覚えたという記憶があります。 「大黒様」は、当時黄金コンビといわれた、石原和三郎(作詞)・田村虎蔵(作曲)による作品です。他にも「金太郎」や「花咲爺(はなさかじいさん)」など、誰でも知っている童謡を多数生み出しています。

立体歩道橋兼展望所を通って、白兎海岸から「道の駅 神話の里白うさぎ」の方へ移動しているところです。この立体歩道橋は、展望所と連絡橋だけではなく、来訪者を道の駅の2階出入り口に誘導する役割も負っています。道の駅の中に入ってみましょう。

2階の出入り口のロビーには、イスがずらっと並んでいました。2階にはレストランがあるので、待合客のためにあるようです。コロナ時代ですから、ソーシャルディスタンスを保って1つ飛ばしで腰掛けます。 蝶ネクタイの白うさぎ君が申し訳なさそうにしているのが可愛くて、撮影しました。

道の駅神話の里白うさぎ

鳥取市

「道の駅神話の里白うさぎ」を   >

「道の駅 神話の里白うさぎ」は、コロナの影響で4月15日から5月15日までの1ヶ月間、臨時休館になっていたそうです。休館中はトイレや休憩所が使えないので、白兎海岸や白兎神社を訪れた人たちは困っていたと思います。 私たちが訪問したのは営業再開から1ヶ月余りが経過した頃でした。 写真は、隣りに話題の「すなば珈琲・道の駅神話の里白兎店」やソフトクリーム売店がある休憩所の様子です。通路も兼ねたコンコースなのですが、妙にだだっ広く感じました。コロナの事情が生じる前にはテーブル席が並んでいて、憩う観光客で賑わっていたことでしょう。

土産物売り場の様子。日曜日の昼前だというのに、立ち寄る観光客がまばらでした。 客足が元に戻るまで、まだ少々時間がかかりそうでした。

道の駅の2階出入り口の前から白兎神社の参道を見ています。白兎神社は山の中腹にあり、坂道の参道を上って参拝します。

立体歩道橋兼展望所を下り、白兎神社の一之鳥居前に来ました。この鳥居をくぐり、坂道の参道を上って白兎神社に向かいます。

鳥居のすぐ横に、こんなかわいい郵便ポストがありました。因幡の白うさぎのはずなのに、ピンクうさぎなのは何故でしょう?

白兎神社

鳥取市

「白兎神社」を   >

白兎神社の一之鳥居の斜め前には「大国主命と因幡の白うさぎ」の像が立っています。この像のモチーフは、もちろん古事記にみられる因幡の白兎の神話です。大国主命が、大勢の兄弟たちをさしおいて八上姫(やかみひめ)を娶り、さらには国持ちになれたのは、ただ強いだけではなく優しさ(仁政の素質)も兼ね備えていたからだと伝えているのです。 像は、大国主命に助けてもらって白い毛を取り戻した白兎が感謝して、八上姫に大国主命のすばらしさを伝えに出発する瞬間を描いているようです。大国主命像の、白兎を慈愛に満ちた表情で見つめる姿が印象的です。

「大国主命と八上姫の恋物語」の1シーンを描いた砂像。大国主命に助けられた白兎の報告を聴いた八上姫が、意地悪な兄弟たちの求婚を退け、心やさしい大国主命を選ぶシーンです。 感動的なシーンなのですが、八上姫のいでたちが平安時代の十二単と長い髪になっているのはご愛嬌でしょう。

白兎神社

鳥取市

「白兎神社」を   >

長い坂道が参道です。参道両脇に兎の石像が多数ならんでいます。一体一体が、パラパラマンガの一コマのようになっていて、石畳の上を歩いて進むと、脇の兎像がぴょんぴょん跳躍しながら付き添ってくれるように見えます。 こういう趣向の参道は珍しく、ユニークです。

ぴょんぴょん飛び跳ねる姿の兎像が可愛らしい。

白兎神社境内への参道の脇には、神話「因幡の白うさぎ」で、赤裸のうさぎが傷口を洗ったといわれる「御身洗(みたらし)池」があります。晴れてはいましたが、梅雨の最中だからか御身洗池の水は茶色く濁っていて、神話のイメージとはほど遠いものでした。 御身洗池の水位は季節を問わず一定であることから、不減不増の池といわれています。

白兎神社

鳥取市

「白兎神社」を   >

白兎神社の拝殿。主祭神は白兎神です。神話「因幡の白うさぎ」に登場し、大国主命と八上姫との結婚を取り持った白うさぎが神様になっているのです。このため、兎の宮や白兎大明神ともいわれてきたようです。 サメに毛皮をはがされて泣いていたところを、大国主命の教えに従って元の姿に戻ることが出来た白うさぎにあやかり、皮膚病や火傷に効く神社として信仰されてきました。最近は、神話に登場する大国主命と八上姫との結婚を取り持った事から、縁結びの神様として人気が高まっているといいます。

古事記や日本書記に登場する神話「因幡の白うさぎ」の舞台となった地の神社なだけに、拝殿正面の大しめ縄飾りは出雲大社を連想するほどに立派です。 拝殿は昭和39年に改築されているので、新しく感じます。

白兎神社

鳥取市

「白兎神社」を   >

白兎神社の本殿です。本殿は、正面からだと拝殿に遮られて見えませんが、後ろ側に回り込むとよく見えます。 主祭神が白兎なので敢えて小さくしている訳ではないでしょうが、コンパクトな本殿です。でも屋根の千木は天空に突き上げるように高く張り出し、厳かで神威を感じさせます。明治に再建され、昭和に移築された経過があるようです。

白兎神社の参拝を終えて参道を下りていきます。二之鳥居の向こうに、先ほど見てきた青い海と立体歩道橋兼展望所が見えました。どことなく南国情緒を感じました。 参道の両脇で茂っている樹木は、「白兎神社の樹叢(じゅそう)」として昭和12年に国の天然記念物に指定されています。日本海の海岸にみられた原始林の姿が、今でもよく残っているのです。

ハマナス自生南限地帯

鳥取市

「ハマナス自生南限地帯」を   >

ハマナスと言えば、加藤登紀子さんの名曲「知床旅情」を思い出します。でも、お恥ずかしながら、どういう姿の植物で、どんな花を咲かせるのかを考えたこともありませんでした。 白兎海岸付近には我が国におけるハマナスの自生南限地帯があると聞き、見に行きました。国道9号線沿いにある「道の駅 神話の里白うさぎ」から東に300mほど離れた場所にハマナス自生南限地帯がありました。民家の隣りに、難しい漢字の正式名を刻んだ黒っぽい石碑が立っていて、その背後にハマナス畑が広がっているという感じです。解説パネルがなければ、漢字の正式名をハマナスとは読めません。 写真のように草むらしか見えなかったので、開花時期が終わった直後に来てしまったのかと、がっかりしましたが、草むらの中にピンク色の花がいくつか見えました。

ハマナス自生南限地帯

鳥取市

「ハマナス自生南限地帯」を   >

あと1〜2日もたてば、花が全て枯れてしまうようなタイミングでした。10にも満たない数の花が、なんとか持ちこたえていました。自生地は柵で囲まれていますが、ある程度は近寄ることができます。ピンク色の美しい花をズームアップして撮影する事ができました。 5月下旬から6月上旬が、花が咲き揃う時期かなと思いました。ハマナスは草花だと思っていたのですが、解説パネルを見たらバラ科に属する落葉低木とのことです。同じくバラ科のイバラに近い姿をしていて、木の高さは1mにも届かないし刺も持っています。 日本では北海道や千島列島の海岸砂地に多く見られるそうですが、こうして山陰の浜辺付近で飛び地のように自生しているというのは不思議ですね。

ぱにーに 湯梨浜店

湯梨浜町(東伯郡)

「ぱにーに 湯梨浜店」を   >

東郷湖の畔に、足湯付きのイートインコーナーを備えたパン屋さんがあると聞いて、やってきました。 「ぱにーに 湯梨浜店」は東郷湖に面しているので、店内のイートインスペースでパンやドリンクを楽しみ、東郷湖の景色を眺めながら、のんびりと過ごせるのが強みです。 東郷湖の畔は東郷温泉郷ということもあり、店内には足湯が設けられています。足湯を備えたパン屋さんは珍しいのではないでしょうか。

ぱにーに 湯梨浜店

湯梨浜町(東伯郡)

「ぱにーに 湯梨浜店」を   >

東郷湖を眺めながらパンやドリンクバー、カフェめしを楽しむ事が出来る展望型イートインの様子。窓のすぐ近くに湖面が迫ってきています。 こんな素敵なイートインコーナーが利用できるのにパンは普通の値段で、ソフトドリンク飲み放題のドリンクバーは200円と、とてもお値打ち感があります。11:00〜14:00の間はランチメニューも用意されます。 近場に住んでいたら、しょっちゅう利用するでしょうね。

展望イートインの窓際テーブル席から望む東郷湖。

東郷温泉

湯梨浜町(東伯郡)

「東郷温泉」を   >

東郷湖の畔一帯は東郷温泉になっていて、大きな旅館やホテルが立ち並んでいます。 湖畔に立地するパン屋さん「ぱにーに湯梨浜店」の展望イートインコーナーには、なんと足湯もあります。東郷温泉七福神の足湯のひとつ「大黒天の湯」です。 足を温泉の湯で温めながら、東郷湖を眺めつつ、焼きたてパンを味わうという贅沢三昧ができるようになっているのです。 ただ残念なことに、コロナの三密を回避するためなのか足湯は中止されていました。

ぱにーに 湯梨浜店

湯梨浜町(東伯郡)

「ぱにーに 湯梨浜店」を   >

パン売り場の様子。ここで好きなパンを選んでトレーに乗せ、レジでドリンクバーも追加してお勘定を済ませ、展望イートインコーナーを利用する仕組みです。スパゲティなどの軽食やランチメニューも用意されていました。

展望イートインで頂いたデニッシュとホットコーヒー。眺めが良いこともあり、素晴らしい味でした。 コロナが去った時期に、腰痛に効くと定評のある東郷温泉ともども、是非ともまた来たいです!

倉吉パークスクエア

倉吉市

「倉吉パークスクエア」を   >

倉吉パークスクエアは、倉吉市内の中心部にある複合文化施設です。鳥取二十世紀梨記念館(なしっこ館)が見たくて立ち寄りました。 広い敷地内には、現代的で奇抜なデザインの倉吉未来中心(文化ホール)、鳥取二十世紀梨記念館(なしっこ館;梨をテーマにした博物館)、倉吉交流プラザ(図書館など)が並び立っています。広い無料駐車場を備えているので、立ち寄りやすいです。

倉吉未来中心

倉吉市

「倉吉未来中心」を   >

倉吉パークスクエア内のアトリウムの様子。正面右に見えている、アトリウムに接している建物が「倉吉未来中心」と呼ばれる市民ホールです。 鳥取二十世紀梨記念館(なしっこ館)や倉吉未来中心に行くには、アトリウムを経由して進みます。このアトリウムは、壁面や天井にガラスを使用した巨大な吹き抜けとエントランスホールで構成されています。見上げるばかりの鉄骨の曲線美と開放感には圧倒されるものがあります。

鳥取二十世紀梨記念館 なしっこ館

倉吉市

「鳥取二十世紀梨記念館 なしっこ館」を   >

鳥取の名産品である二十世紀梨をテーマにした博物館です。倉吉パークスクエアの中にあります。入館料は大人300円・小中学生150円ですが、鳥取県が誇る「氷温技術」で貯蔵されていた美味しい梨がふるまってもらえますので、値打ちは充分にあります。 鳥取で二十世紀梨が栽培されるようになって100年余りが経過しましたが、黒斑病(こくはんびょう)という二十世紀梨固有の病気との戦いの歴史でもあったそうです。 昔は他県にも二十世紀梨の産地が多数あったようですが、黒斑病によって廃業に追い込まれた農園が相次ぎました。鳥取は、黒斑病の防除方法の研究を重ねてきた結果、日本一の産地となりました。 こうした100年余りにわたる黒斑病との戦いを展示・解説するための博物館です。

鳥取二十世紀梨記念館 なしっこ館

倉吉市

「鳥取二十世紀梨記念館 なしっこ館」を   >

なしっこ館の1階には【梨と生きる「二十世紀梨」ものがたり劇場】というシアターが設けられています。梨園を営む農家夫婦(人形)が囲炉裏端で、鳥取での二十世紀梨栽培の歴史や苦労話を語り合うという設定になっています。時間は10分間で、1時間おきに上映されています。 なしっこ館に入ったら、まっ先にこれを観ておくことをお勧めします。なしっこ館の展示内容に触れるセリフが多いので、後で館内を見て回る時に助かります。

ご主人の傍らには三毛猫(作りもの)が寝転がっていて、ご主人がときおり左手で猫を撫でる動きを見せてくれる場面もあり、面白かった。

コロナの第1波が収束したように思えた時期でしたが、充分なソーシャルディスタンスがとれるように、観客席には赤い養生テープで表示がされていました。

1階には「梨のキッチンギャラリー」というコーナーがあります。【梨と生きる「二十世紀梨」ものがたり劇場】の向かいになります。 どの季節に訪問しても、3種類の梨を試食・食べ比べできることから、二十世紀梨記念館で最も人気の高いコーナーになっているようです。 コロナ時代ですから、コーナーの入口で手を消毒しマスクを着用したうえで受付カウンターの前へ進み、カット梨を受け取ります。随分がらんとした空間でしたが、コロナ以前はどんな雰囲気だったのでしょう?

鳥取二十世紀梨記念館 なしっこ館

倉吉市

「鳥取二十世紀梨記念館 なしっこ館」を   >

受付カウンターで頂いたカット梨。ふるまってもらえたのは、鳥取県が誇る「氷温技術」で貯蔵されていた3種類の梨です。 今年の梨の収穫は少し先ですから、去年収穫されたものなのですが、そうとは思えない程に新鮮で、とても美味しかった! それぞれ2切れが紙コップに入っていて、楊枝を挿して口に運びます。 コロナ時代になる前は、3つの大皿にカットされた梨が盛られていて、バイキング料理のように好きなだけ食べる事ができたといいます。ほんの数ヶ月前の事ですが、様子や流儀が変わっていくものだと思います。

ふるまってもらえた3種類の梨のサンプルが展示されていました。どれも晩秋(10月下旬〜11月中旬)に収穫されるタイプです。 左が、平成15年に開発されたばかりの新種梨「王秋」。中国生まれの「慈梨(フーリー)」と国産梨「新雪」をかけ合わせた品種です。とてもジューシーで、一番おいしかった。 真ん中が「愛宕」。昭和2年に開発された品種で、実の重さが1kgにも達する大玉種です。右が昭和24年に開発された「新雪」で、国内の梨では一番大きな実を付ける品種とのこと。

フルーツパーラーで食べた梨ソフトクリーム。クリームの色を、梨の果肉の色に合わせれば白色になってしまい平凡なので、果皮の色に合わせて薄緑色にしたのでしょう。ただ、マスカットソフトやメロンソフトのようにも見えてしまう色になっているのがご愛嬌でした。味は梨そのもので、美味しかったです。

なしっこ館の出入り口には土産物売り場があって、二十世紀梨にちなんだクッキーやチョコ、キャラメルやプリン・ゼリーなど、あらゆる菓子がずらりと並んでいました。みやげ物を調達して、倉吉の次なる観光地・白壁土蔵群と打吹公園に向かいました。

赤瓦十号館 倉吉白壁土蔵群観光案内所

倉吉市

「赤瓦十号館 倉吉白壁土蔵群観光案内所」を   >

山陰の小京都として知られる白壁土蔵群の中にある観光案内所です。赤瓦十号館とも呼ばれています。外壁にサイダー・ラムネと表示されているのは、倉吉市出身の元横綱・琴櫻関が学生時代にアルバイトをしていたサイダー工場だったからです。 倉吉市役所に観光駐車場があるので、そこに駐めて白壁土蔵群に歩いて行くと、まっ先に見えてきます。散策マップをもらいに寄りました。

倉吉白壁土蔵群観光案内所

倉吉市

「倉吉白壁土蔵群観光案内所」を   >

これが白壁土蔵群観光案内所の中の様子です。倉吉はじめ鳥取県内の観光スポットの資料が豊富に揃っています。 コインロッカーがあり、レンタサイクルや音声ガイド端末の有料貸出をしていました。観光ガイドさんの手配も、ここでできるようです。

元帥酒造

倉吉市

「元帥酒造」を   >

白壁土蔵群観光案内所で散策マップをもらい、道なりに土蔵群に向かうと、まっ先に見えてくるのが元帥酒造さんです。土蔵群を代表する建物の一つで、赤瓦七号館とも呼ばれています。 今年・令和2年は全国新酒鑑評会で入賞し、鳥取県新酒鑑評会では最優秀賞を獲得したと店先に表示されていました。

白壁土蔵群

倉吉市

「白壁土蔵群」を   >

玉川沿いに立ち並ぶ白壁土蔵群が見どころの一つです。これらの土蔵は、本町通りの北側に立ち並ぶ商家群の裏にあたります。先ほど見た元帥醸造も本町通りの商家群の一つです。 土蔵の上半分は白い漆喰で仕上げられ、下半分は黒い焼き杉板の腰壁を付けています。 漆喰は防水のために、焼き杉板は火の粉や風雨から土蔵を守るために用いられたといいます。

白壁土蔵群

倉吉市

「白壁土蔵群」を   >

土蔵群と玉川北岸の通りとを連絡して架かっている石橋の様子。川幅は2m余りあります。石橋は緩やかな反りを持つ一枚石だといいます。 冷静に考えると凄い橋です。石橋はそれだけの大きさの岩から切り出され、ここまで運ばれてきた訳です。かなりの重さで長い石を、どうやって割れないように運んだのでしょうか? 通用門として使われていた小さな石橋ですが、往時の商家の財力を覗わせます。 それにしても、玉川を流れる水が澄んできれいなのが印象的でした。

赤瓦一号館〜十六号館

倉吉市

「赤瓦一号館〜十六号館」を   >

玉川沿いにある赤瓦一号館。現在は手作りアクセサリー・ちりめん細工などを扱う土産物屋さんになっています。もともとは古い大きな醤油屋のもろみ工場でした。 ネット通販なのか、それともコロナ時代のリモート対面なのかわかりませんが、オンラインショップもやっているとは意欲満々ですね。

白壁土蔵群

倉吉市

「白壁土蔵群」を   >

倉吉の白壁土蔵群の代表的なフォトスポットの一つである、桑田醤油醸造場の北側にある大きな白壁土蔵。形と大きさから、明治時代以降に建てられた建築物だと思います。 倉吉の白壁土蔵群とは、正式には「倉吉市打吹玉川伝統的建造物群保存地区」と呼ばれる古い町並みです。この町並みは、室町時代に作られた打吹城城下町が原型となり、江戸時代から大正時代にかけて商業都市として発展してきたものです。

白壁土蔵群

倉吉市

「白壁土蔵群」を   >

落ち着いた佇まいを見せる玉川の北岸の様子。土蔵にしては背が低いですが、手入れの良い白漆喰と焼き杉板の腰壁のコントラストが鮮かで、屋根が赤瓦の瀟洒な建物が目を惹きました。かつての商家でしょうか、今は民家として活躍しているようです。道沿いにさりげなく花壇が設けられ、花が美しく咲いているのを見ると、現代でも達者に息づいている倉吉の贅沢な古民家を見たような気がして嬉しくなりました。

玉川に沿って、さらに西へ歩くと、川の上まで伸びている松の木がありました。何かいわれがありそうです。 松の木に近付いてみると、右手に寺院の山門がありました。松の奥に見えている橋は、大蓮寺という寺院の参道の一部なのです。

大蓮寺

倉吉市

「大蓮寺」を   >

玉川北岸の通り沿いに風情のある山門が立っています。浄土宗の法界山大蓮寺です。 天正年間(1573年〜1592年)に、善蓮社然誉上人文翁が近郊の3寺を統合して創建したといいます。天正年間は、信長や秀吉が全国各地の神社仏閣を焼き討ちしたり弾圧した時期ですが、その頃に創建されたとは興味深いです。 新田義貞の弟で、南北朝の争乱で活躍した武将・脇屋義助の墓があります。上野国に生まれ、伊予国で病死した脇屋義助の墓が、なぜ倉吉にあるのかは知りません。 本堂は現代の建物で、山門の重厚で伝統的な雰囲気からは想像もつかないくらい、とてもユニークなデザインです。

大蓮寺の山門に向かう参道の様子。倉吉の白壁土蔵群のお勧め撮影スポットの一つです。

デザインを見ると、大正から昭和初期(ひょっとしたら戦後)に建てられたと思われる白壁土蔵もありました。小京都と表現される倉吉ですが、この景色からは南欧的な雰囲気も感じます。

打吹公園

倉吉市

「打吹公園」を   >

倉吉市役所のとなりに打吹公園があります。打吹公園は、かつて打吹城や鳥取藩家老の陣屋があった打吹山一帯に設けられています。城下町として発展してきた白壁土蔵群(打吹玉川)を見に来たら、ここにも寄ってみるのをお勧めします。 公園の表示石には、打吹公園と打吹山が「日本の都市公園100選」「さくら名所100選の地」「森林浴の森日本100選」に選ばれているというプレートが付いていました。

打吹公園

倉吉市

「打吹公園」を   >

公園に入ると、羽衣池を中心とする池泉式庭園が出迎えてくれます。 打吹公園は打吹山の麓にあり、広大な敷地には、この庭園をはじめ小動物園や博物館もあります。 皇太子時代の大正天皇が山陰に行啓されたのを記念して、明治37年に造園されました。 桜とツツジの名所でもあり、開花時期には多くの観光客が訪れます。

打吹公園小動物園

倉吉市

「打吹公園小動物園」を   >

公園内にはニホンザルやヤギ、ウサギが展示されている小動物園がありました。大きな動物はいないようですが、無料で入場できます。 午後4時半を過ぎていたので、動物たちは来園者を気にせず、休息・おやすみモードになっていました。

ニホンザルを見下ろせるサル舎の様子。閉園時刻を過ぎていたので、飼育員さんがホースと水で床を掃除し始めていました。どこにサルたちがいるのだろうと目をこらすと・・。

鉄柵の向こうに2匹のサルの姿が見えました。掃除の間は屋内獣舎に移されるのですね。 近くでサルを見られない私たちも残念でしたが、心なしかサルたちの表情も無念そうに見えました。

打吹公園

倉吉市

「打吹公園」を   >

1907年(明治40年)に、東宮の嘉仁親王(後の大正天皇)が山陰地方を行啓された折、倉吉での御宿所となった建物が公園内にあります。飛龍閣という名前です。 公園内に飛龍閣を建てたのではなく、皇太子のために、打吹山の麓を景勝地として整備し、同時に御宿所の飛龍閣を建てたのです。景勝地は、行啓が終わってから打吹公園として開園されました。

倉吉の白壁土蔵群を見たあとは、今日の宿泊地である皆生温泉(米子市)へ向け、山陰道(国道9号線)を走りました。 北栄町あたりを走っていると、海岸と国道に沿って風力発電機が並んでいる場所があります。プロペラの直径が60mくらいありますので、かなり迫力があります。

コロナ時代の旅 白兎海岸〜倉吉

1日目の旅ルート

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