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Shotaさんの三重県〜和歌山県の旅行記

三重の神社、和歌山城、道成寺、城址などを巡る

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  • 格安旅行

当日の朝まで雪の予報!新名神は一部封鎖の中、動けなくなったらクルマは預ける覚悟で出発。愛知から三重に入ると雪がひどくなったり、雨になったり…。路肩や周囲の山々には雪がかなり残っている。天理市に下りると雪はなく、無事セミナー会場に到着。終了後、和歌山市内に宿泊。翌朝、和歌山城、道成寺、城址などを回って、最後に白浜海岸で夕陽を。

歴史ツウ Shotaさん 男性 / 70代

1日目2023年1月28日(土)
08:00-08:00

猪名部神社(三重県東員町)

猪名部神社の創建は不詳。貞観元年(859年)神階従五位下を、同8年(867年)従四位を下賜されている。社伝では、猪名部氏は摂津国(兵庫県)猪名川周辺から移住してきたとする。

08:00-08:00

猪名部神社 本殿

猪名部氏祖、伊香我色男命(猪名部氏の祖神)などを祭神とする。 猪名部は木工建築の技術を持ち、東大寺、法隆寺、石山寺、興福寺などの建立に携わった記録があるという。

09:00-10:00

伊名冨神社(鈴鹿市)

伊名冨神社は社伝によれば崇神天皇5年に大宮・西宮・三大神の三社が鎮祭されたとする。当社の獅子舞は、凡そ1,300年前、壬申の乱の戦勝祝いに起源をもつという。

09:00-10:00

伊名冨神社 本殿

一切の食物をつかさどる、保食神(うけもちのかみ)大国道命を主祭神とする。境内に群生する数千本のむらさきつつじや七島池などでも知られる。

10:00-10:00

鈴鹿サーキット

鈴鹿市

「鈴鹿サーキット」を   >

鈴鹿サーキットは1962年、本田技研工業によって建設された、モータースポーツファンの聖地。現在は遊園地やホテルなどを備えたレジャー施設となっている。

10:00-10:00

稲生城址(鈴鹿市)

稲生城は大永期(1521-28年)に神戸氏と近かったと思われる、稲生蔵人が築いたとされている平城。開墾により旧態をとどめてはいない。『日本城郭大系 10』

10:00-11:00

三宅神社(鈴鹿市)

三宅神社の創建は不詳。延長5年(927年)の『延喜式』神名帳に伊勢国鈴鹿郡に「三宅神社」の記載があるが、当社と市内国府町にある三宅神社のいずれかが論社と見られている。

10:00-11:00

三宅神社 本殿

「三宅」とは古代朝廷の直轄地である「屯倉(みやけ)」に由来すると見られることから、当社が式内社「三宅神社」の所在としては妥当ではないかとされる。

11:00-11:00

王塚古墳

鈴鹿市

「王塚古墳」を   >

「王塚古墳」は鈴鹿川の東岸段丘上にあり「西の野古墳群」に属する。古墳時代後期(6世紀初頭)に造営された、豪族の首長墓と考えられている。

11:00-11:00

伊賀ドライブイン(伊賀市)

名阪国道の伊賀インターチェンジ近くにある「伊賀ドライブイン」。周囲の山々、駐車場にもシッカリ雪が…。

12:00-13:00

高峰レストラン(奈良市米谷町)

高峰レストランは名阪国道が「針」を過ぎて、天理市に向かってつづら折りを下る手前にある。この付近まではこのような雪景色。

12:00-13:00

高峰レストラン 月見うどん

雪景色を眺めながら、きつねうどんがなかったので「月見うどん」で身体を暖める。

13:00-13:00

天理パーキングエリア(天理市)

おとなしく「ひとり」でお留守番のワンちゃん? 思わずパチリ!

14:00-16:00

セミナー会場(大阪市)

雪を考慮して予定より早く到着したので、受付の女の子が「先生、今日はどうしたんですか!」 いつもヤキモキさせているものだから…。セミナー終了後、和歌山に宿泊。

19:00-23:00

ビジネスホテルかつや(和歌山市)

ビジネスホテルかつやは和歌山市中心部にある、かなり旧式のビジネスホテル。何しろ風呂、洗面所、冷蔵庫が共同ときている。あちこち泊まったが、これは初めて!

2日目2023年1月29日(日)
00:00-08:00

ビジネスホテルかつや(和歌山市)

疲れていたので、7時に起床。風呂・シャワーがないので、寝ぼけまなこで簡単な朝食を済ませて8時に出発。

08:00-08:00

城山遺跡(和歌山市)

「城山遺跡」は紀ノ川北岸の木ノ本地区ある。発掘調査の結果、天正5年(1577年)織田軍が南東約1.6kmに位置した中野城を攻めた陣地の跡であろうとされている。

08:00-08:00

木ノ本城址(和歌山市)

木本城は、平安期に有田湯浅を中心に勢力を広げた湯浅宗重の孫、木本源太郎宗保が鎌倉期に築いた丘城。土塁・堀切が残る。『日本城郭大系 10』

08:00-09:00

中野城址(和歌山市)

中野城はもと貴志教信の持城であったが、天正5年(1577年)雑賀党が信長を迎え撃つための前線基地とした。『日本城郭大系 10』

08:00-09:00

中野城址(和歌山市)

中野城址一帯は新興住宅が立ち並んでいるが、一部、家の土壁下に見える石垣は、城の石垣であると伝わる。『日本城郭大系 10』

09:00-09:00

中津城址(和歌山市)

中津城は現在の西覚寺西北付近からJR紀和駅構内にあった城。雑賀党の支城で雑賀權太夫が守ったが、天正5年(1577年)、信長軍に攻められて落城。『日本城郭大系 10』

09:00-10:00

和歌山城

和歌山市

「和歌山城」を   >

和歌山城は天正13年(1585年)秀吉が弟秀長のために築かせた平山城。城は「若山城」と呼ばれたが、和歌の浦の景勝に匹敵するとして「和歌山」と名付けられた。『日本城郭大系 10』

09:00-10:00

和歌山城 大手門

元和5年(1619年)徳川頼信入城後、城の表門となった大手門。一の橋南詰に建つ。明治42年(1909年)自然倒壊、昭和58年(1983年)復元。

09:00-10:00

和歌山城

和歌山市

「和歌山城」を   >

地元産の緑泥片岩を使用した穴太衆石垣(野面)積みの石垣。この城の変遷は石塁によっても知ることができる。関ケ原後城主となった浅野幸長の頃は砂岩を用いている。『日本城郭大系 10』

09:00-10:00

和歌山城

和歌山市

「和歌山城」を   >

和歌山城は、天守・小天守をはじめ隅櫓や多聞櫓などを残していたが、戦災によって焼失。羽柴秀長や浅野幸長、徳川頼宣など歴代の記録は残っていない。しかし、戦前の写真や研究論文を基に昭和33年(1958年)鉄筋コンクリートで再建された。『日本城郭大系 10』

10:00-10:00

和歌山県立博物館

和歌山市

「和歌山県立博物館」を   >

岡山城は、和歌山大学教育学部と県立博物館の建つ辺りにあった。奥山城ともいい、和歌山城築城以前の城。畠山高政の城と伝わる。『日本城郭大系 10』

10:00-11:00

日前神宮・國懸神宮

和歌山市

「日前神宮・國懸神宮」を   >

日前神宮・國懸神宮の両神社を総称して日前宮あるいは名草宮と呼ぶ。社伝によれば、神武東征後の神武天皇2年創建とされる。両神社の神体の鏡は伊勢内宮の神宝、八咫鏡と同等のものとされ、準皇祖神の扱いを受けていた。

10:00-11:00

日前神宮・國懸神宮

和歌山市

「日前神宮・國懸神宮」を   >

日前宮の入口付近の水辺に鷺が一羽! 街の中だというのに…

10:00-11:00

日前神宮

向かって左にある日前(ひのくま)神宮の主祭神は日前大神、日像鏡(ひがたのかがみ)を神体とする。

10:00-11:00

國懸神宮

向かって右にある國懸(くにかかす)神宮の主祭神は國懸大神、日矛鏡(ひぼこのかがみ)を神体とする。

11:00-12:00

吉備湯浅パーキングエリア下り線

有田川町(有田郡)

「吉備湯浅パーキングエリア下り線」を   >

湯浅御坊道路にある吉備湯浅パーキングエリアで「きつねうどん」をいただく。油揚げが少し甘くて、出汁がうまい!

12:00-12:00

亀山城址(御坊市)

室町初期、亀山城を築いたのは、牟婁地方を統治するため日高へ進出した、武田(湯川)三郎忠長の長子光春であった。日高郡内には湯川一族の支城址が多く残っている。『日本城郭大系 10』 この辺りの城址にはミカンを運ぶカートのレールが張り巡らされている。

13:00-13:00

道成寺仁王門

日高川町(日高郡)

「道成寺仁王門」を   >

天音山道成寺は、寺伝では大宝元年(701年)義淵開山による天台宗の寺院。能、歌舞伎、浄瑠璃の演目「安珍・清姫」で知られる。仁王門は元禄13年(1700年)再建。

13:00-13:00

道成寺 三重塔

三重塔と安珍塚。三重塔は宝暦14年(1764年)再建。

13:00-13:00

道成寺 ムロの大樹

安珍塚を守るように立つ榁(ムロ)の大樹。ムロはネズミサシともいわれるヒノキ科の針葉樹。とても緻密で重厚かつ不思議な雰囲気の幹だ。

13:00-13:00

道成寺本堂

日高川町(日高郡)

「道成寺本堂」を   >

本堂は入母屋造、本瓦葺。桁行七間、梁間五間。壁板に南北朝期、正平12年(1357年)の墨書がある。千手観音を本尊とする。

13:00-13:00

道成寺本堂

日高川町(日高郡)

「道成寺本堂」を   >

本堂全体の年月を経た味わいに心ひかれる。特に裏口の扉、柱の朽ち方に目を奪われた。

13:00-13:00

入山城址(美浜町)

入山(にゅうやま)には二か所の城址がある。天正期(1573-92年)青木勘兵衛由定によって築かれたと考えられているが、詳細については諸説あるようだ。『日本城郭大系 10』

14:00-14:00

手取城址

日高川町(日高郡)

「手取城址」を   >

手取城は南北朝期、北朝に属していた玉置一族の玉置大宣が日高川上流から上和佐に進出して築いた山城である。「県下約600城のうちで、城跡の規模、原型保存など、これに勝るものはない」。『日本城郭大系 10』

14:00-14:00

手取城址

手取城址からの「眺望はすばらしく、紀中を支配していた湯川氏の本城亀山をはじめ、日高平野のほとんどを一望することができる」。『日本城郭大系 10』

15:00-15:00

平須賀城址(みなべ町)

平(へい)須賀城は、源経基の子、満快の後裔、野辺忠房が室町期に築いた山城。この地南部川村は、梅の里として全国的に有名な所である。空堀・土塁が残る。『日本城郭大系 10』

15:00-15:00

衣笠城址(田辺市)

標高234mの衣笠山は「城山」とよばれている。衣笠城は、鎌倉時代の文永期(1264-75年)鎌倉幕府の記録所役を辞して、三栖荘を治めていた愛洲八郎経信がこの山に築いた城である。『日本城郭大系 10』

16:00-16:00

八上王子跡

上富田町(西牟婁郡)

「八上王子跡」を   >

八上王子は熊野九十九王子社の一つ。現在は八上神社が建つ。「まちきっる やかみのさくら さきにけり あらくおろすな 三栖の山かげ」と詠んだ西行の歌碑が立つ。

16:00-16:00

龍松山城跡

上富田町(西牟婁郡)

「龍松山城跡」を   >

龍松山(りゅうしょうざん)城は天文期(1532-55年)市ノ瀬の地頭として入った、山本判官忠行が築いた山城。本丸とそれを囲む土塁、曲輪が残る。『日本城郭大系 10』

16:00-17:00

千畳敷

白浜町(西牟婁郡)

「千畳敷」を   >

名勝南紀白浜海岸の夕陽!曇ってはいたが、なかなかいい!しばらく眺めて、さあ、帰路は5時間のドライヴ!

三重の神社、和歌山城、道成寺、城址などを巡る

1日目の旅ルート

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