観光MAP

昭和59年に廃線となった日中線の跡地の一部を遊歩道として整備したもので、喜多方駅の西徒歩5分にある遊歩道入口から全長3kmにわたって約1,000本のしだれ桜が植栽されており、日本最大級のしだれ桜並木が楽しめます。また、道のり中間点…

会津若松市内の主要観光施設を周る周遊バス。 まちなか周遊バスあかべぇと逆回り。 1日フリー乗車券、又は1dayパスをご提示いただくと指定の観光施設が割引料金にてご利用いただけます。 ※新型コロナウイルスの影響で減便になってい…

戊辰戦争では籠城約1か月の激しい攻防に耐え、難攻不落の名城として知られています。明治政府の命令で一度取り壊されたが、昭和40年に再建、平成23年には、天守閣の屋根を幕末当時の赤瓦によみがえらせました。 平成27年再建50周年を迎…

城を中心に広がる3720平方mの公園に約1000本のサクラが植えられている。そのほとんどがソメイヨシノ。樹齢約80年の古木もあり、ごつごつした幹の表面や、盛り上がった根元が、その刻んできた年月を感じさせる。またここは、全…

会津若松市のシンボル「鶴ヶ城」。白虎隊士も見た国内唯一の赤瓦の天守閣が甦りました!

会津若松市の市街をのぞむ山。戊辰戦争で16〜17歳の少年たち白虎隊の自刃の地でその墓が並び、外国から贈られた顕彰記念碑などもある。

会津戦争に関する東西両軍の史料。

江戸時代に全国有数の藩校とうたわれた日新館は、儒教を中心に医学や天文学までも教えた総合的な学舎で、ここから数多くのすぐれた人物を世に送り出した。現代によみがえった「会津藩校日新館」は、孔子を祀った大成殿や素読所、武学寮な…

国史跡。東山温泉に近い広大な森の中にあり、規模の大きさ、墓碑の歴史的景観は、江戸時代大名家墓所の中でも他に類をみない荘厳な雰囲気をもっている。2代正経から9代容保までの墓。

室町時代の領主・葦名盛久が霊泉の湧き出たこの地に別荘を建てたのがはじまりといわれている。保科氏が会津藩主となった時に保養所となった当地では、庭の一部で朝鮮人参をはじめとする薬草を栽培したため「御薬園」という呼び名で親しま…

会津若松と日光今市を結ぶ下野街道の宿場町として整備され、今も約500メートルの往還に江戸の風情が残っています。寄棟造りの建物が道路と直角に整然と並べられていること特徴。昭和56年4月、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されま…

100万年もの間にまるで塔のように削られた奇岩の連なる“塔のへつり”は、紅葉の名所にもなっている。10月中旬には白い岩肌にはえる紅葉が大川の流れをも染め、深々とえぐられた岩のアーチを巡って紅葉狩りが楽しめる。

毎月7の日に市が立ったところから名づけられた町で、城下町の中心、大町四ツ角を起点とした会津五街道のうち、越後街道、米沢街道、日光街道が通る、西の玄関口でした。 七日町通りは観光客はもちろん、全国の商店街からも注目を集める…

ノーベル賞候補にもなった世界的な細菌学者、野口英世。朝日新聞のbeランキング「印象深い偉人の伝記」では堂々のトップになり、「明治の偉人」でも勝海舟、夏目漱石に次いで3位に入っています。そんな野口英世の多感な青春時代を歩ける…

福島県を代表する秀峰、おだやかな表磐梯、慌々しい裏磐梯の対比が絶妙で、年間多くの登山客やスキー客が訪れる。また会津富士とも呼ばれている。平成23年には日本ジオパークに登録された。日本百名山のひとつ。

磐梯山の四季折々の姿を映すことから「天鏡湖」の別名があり、湖畔には湖水浴場やキャンプ場がある。日本で4番目に大きい湖で、最大深度は93.5m。

約3.6キロに点在する湖沼群。水の色が湖沼によって変わることで知られる。探勝路あり。

市天然記念物指定エドヒガン。樹齢約600年といわれる会津五桜の一つ。 中世会津の領主葦名氏の重臣、石部治部大輔(いしべ じぶだゆう)の庭にあったと伝えられています。10本の幹からな り、枝張は最も広いところで約20mもあり、のびの…

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