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延命館のお知らせ・ブログ
川端茅舎と小野房子の句碑
更新 : 2019/7/15 14:44
志波宝満宮の案内板に「また、川端茅舎、小野房子師弟の句碑がある」と記されています。
川端茅舎は東京都の俳人で、当初は画家を志し岸田劉生に師事するも病のため断念、俳句へ転向して高浜虚子に師事、松本たかし、中村草田男など共にホトトギス派の代表的俳人と称され活躍しました。日本画家の川端龍子は異母兄です。
また、小野房子は東京都出身ですが、志波宝満宮が実家である小野直世に出会って結婚、その後、志波で暮らすようになって俳句を志し望んで茅舎の弟子となりました。
師弟の句碑は母屋の玄関左に並び、茅舎の句碑は少し傾いていますが地上高1.2m(幅24p、厚さ14p)の御影石で「筑紫野の菜殻の聖火見に来たり」とあり建碑者は房子と弟子の熊本晴穂で昭和20年8月前後に建てられています。茅舎は房子と句友の出迎えを受け昭和14年6月9日から19日まで志波宝満宮に滞在、その時に詠んだ秀句です。
さて、虚子は昭和21年11月17日に『ホトトギス』六百号記念福岡俳句会へ列席したのち朝倉市甘木へ宿泊、その時と思いますが、ここを訪れ句碑の前に立ち愛弟子である茅舎を偲んだそうです。
さらに、房子の句碑は地上高1.3m(幅34p、厚さ20p)の御影石で「環境花楓日の行く所はなやかに」、裏に昭和38年7月17日と刻まれていますが、詳細は読み取れません。房子の句誌「鬼打木」ゆかりの人々が句碑を建てました。
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