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城崎温泉 幸楽園(こうらくえん)のお知らせ・ブログ
【城崎裏歴史】小五郎に泣いた女たち
更新 : 2012/8/1 22:06
こんにちわ。
最近若女将は城崎の歴史をかるーく勉強しています。
歴史に彩られた城崎、とよく言いますが、
与謝野晶子、志賀直哉など文人達が城崎を訪れています。
そして文人だけでなく、武士も訪れています。
後の木戸孝允である桂小五郎です。
桂小五郎は幕末の長州藩出身。
長州藩は尊皇攘夷を掲げ、京都で会津藩と戦い、敗れてしまいます。
朝敵となった桂小五郎は京都を脱出、知り合いを伝って、
城崎の隣町、出石に身を潜めます(写真が出石潜伏跡)
しかし、すぐに会津藩の追っ手がやってきます。
そこで、さらに京から離れた城崎に潜伏するのです。
その際、潜伏していたのは、今は「旅館つたや」さんとなっている旅館です。
潜伏時は女戸主が経営する旅館であり、一人娘のタキがいたそうです。
小五郎の、身の回りの世話をするうち、タキは懐妊、しかし流産しています。
ここで「ん?」と思うのは私だけでしょうか??
桂小五郎といえば、芸妓幾松ですよね??
幾松は、京都で桂小五郎が命を狙われる際に体を張って守った女性として有名です。
後に本妻となります。
潜伏先の出石にも、危険が多い中小五郎の元に駆けつけた、一途な女性です。
さらに、潜伏先の出石では地元の娘ミネと結婚しているそうです。
ミネは小五郎が出石を去った後に小五郎の子どもを出産しています。
命がけで駆けつけた幾松は、絶句したのではないでしょうか?
しかし、世を欺くための偽装結婚ということで、幾松は小五郎を許したそうです。
・・・うーん。女性の立場が弱い時代だったからいたし方なかったのでしょうか?
幾松が来たことで、出石の娘ミネは泣く泣く身を引いたのでは?
城崎のタキは体まで傷つけている。
更に調べると、幾松は結婚後、家庭を顧みない小五郎に寂しさを募らせ、
何度か他の男性と過ちを繰り返しているようです。
もうここまでくると、桂小五郎、女性の敵としか思えません。
でも逆にここまでモテるとなると、何か心引き付けるものを持った武士だったのでしょうか?
城崎にはこんな裏歴史があったのでした。
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