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11月17日、今日は【島原防災の日】
更新 : 2011/11/22 11:36
今日は【島原防災の日】です。
由来は、1990(平成2)年の今日、雲仙普賢岳が約200年ぶりに噴火したことから、長崎県島原市が制定。
雲仙岳(うんぜんだけ)とは、長崎県の島原半島中央部にある火山で千々石カルデラの外輪に位置する。広義では普賢岳、国見岳、妙見岳の三峰、野岳、九千部岳、矢岳、高岩山、絹笠山の五岳からなる山体の総称。「三峰五岳の雲仙岳」と呼ばれる。行政区分では島原市、南島原市、雲仙市にまたがる。狭義ではいわゆる「三峰五岳」のうちの「三峰」を指すこともある。1792年5月21日(寛政4年旧暦4月1日)に雲仙岳眉山で発生した山体崩壊とこれによる50m高の津波災害は、島原大変肥後迷惑と呼ばれる、肥前国と肥後国合わせて死者、行方不明者1万5000人という、有史以来日本最大の火山災害となった。
最高峰の平成新山(1483m)を中心に、周囲に、普賢岳(1359m)、国見岳(1347m)、妙見岳(1333m)、野岳(1142m)、九千部岳(1062m)が存在する。
普賢岳や平成新山の溶岩は島原温泉沖合いの橘湾(長崎県)地下のマグマだまりから供給されている。
主峰は普賢岳(ふげんだけ)だが、現在では1990(平成2)年から1995(平成7)年にかけての火山活動で形成された平成新山(へいせいしんざん)の方が高い。また平成新山は長崎県最高峰でもある。
古くは『肥前国風土記』で「高来峰」と呼ばれているのがこの山であり、温泉についての記述がある。雲仙はもとは「温泉」の表記で「うんぜん」と読んでいたが、国立公園指定の際に現在の表記に改められた。大乗院満明寺は行基が大宝元年(701年)に開いたと伝えられている。この満明寺の号が「温泉(うんぜん)山」である。以後、雲仙では霊山として山岳信仰(修験道)が栄えた。
また、行基は同時に四面宮(温泉神社)を開いたといわれている。祭神は、『古事記』にて筑紫島をあらわす一身四面の神である。この神社は上古には温泉神社、中古には四面宮と称されていたが、1869(明治2)年の神社改正[要検証]により筑紫国魂神社と改称され、1915(大正4)年の県社昇格に際して温泉神社に戻した。島原半島中に10数の分社がある。
雲仙温泉としては、1653(承応2)年に加藤善右衛門が開湯した延暦湯が始まりといわれている。水蒸気が噴出して硫黄の臭いがたちこめる光景が「地獄」と形容される。キリシタン弾圧の舞台にもなった。