宿番号:348385
SHIRAHAMA KEY TERRACE HOTEL SEAMORE ホテルシーモアのお知らせ・ブログ
2月21日、今日は【黒人運動指導者マルコムX、暗殺】
更新 : 2011/2/22 1:17
今日は【アメリカの黒人運動指導者マルコムXが演説中に暗殺される(1965(昭和40)年)】です。
マルコムX(Malcolm X)とは、アメリカの黒人公民権運動活動家。「ネーション・オブ・イスラム教団」のスポークスマン、「ムスリム・モスク・インク」および「アフリカ系アメリカ人統一機構(Organization of Afro-American Unity)」の創立者でもある。旧名はマルコム・アール・リトル(Malcolm Earl Little)。非暴力的で融和的な指導者だったキング牧師らとは対照的に、アメリカで最も著名で攻撃的な黒人解放指導者として知られている。
画像は、1964(昭和39)年3月26日、マルコム(画像向かって右)はキング牧師(画像向かって左)と最初で最後の対面をした時のもの。これはあらかじめ予定されていたものではなく、その日二人がたまたま公民権法に関する論議を聞くためにキャピタルヒルを訪れていたために実現したものであり、会話も挨拶のみでわずか1分ほどで終わった。
マルコムXは一時期融和的なキング牧師を公然と「弱腰」と批判し双方共に敵対していたとされているが、側近や親族の証言によると、晩年の2人の主張や姿勢は逆転していた、とされている。マルコムXはいついかなる時でもイスラムへの信仰を捨てず、キング牧師への支援を申し出ている。更にキング牧師は亡くなる前の3年間、マルコムXが暗殺されたのちより急進的になり、スピーチでもマルコムXのようなレトリックを多用した、とされている。
またマルコムXは生前及び没後もなお、多くの人物に影響を与えた。なかでも著名なのがモハメド・アリのケースである。アリはマルコムXと出会いその思想に啓蒙されイスラム教に改宗する。その時既に自身の旧名「カシアス・クレイ」でボクサーとして活躍し、世界チャンピオンになっていたが、教団から授かった名前で現在の本名であるムスリム名「モハメド・アリ」に改名し、周囲を驚かせた。また、マルコムXの影響を受けて、アリはベトナム戦争の徴兵令を拒否する。これは世界タイトルの剥奪及び試合停止などの処分を伴う厳しい選択であったが、アリは自身の理念を貫いた。