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  • 3月15日、今日は【曹操、忌日(220)】

    更新 : 2011/3/16 1:27

    今日は【曹操、忌日(220年(建安25)年)】です。

    曹操(そうそう)とは、中国後漢末の武将であり政治家、詩人である。字は孟徳、沛(はい)国(しょう)県(現・安徽省亳州市)の人。幼名は、阿瞞また吉利。廟号は太祖。謚号は武皇帝。後世では魏武帝、魏武とも呼ばれる。父は曹嵩。曹嵩は夏侯氏であったが中常侍・大長秋曹騰の養子となり曹氏を継いだ。曹氏の先祖は前漢の平陽侯曹参とされる。

    後漢・三国時代の人物批評家許子将は、曹操のことを「治世の能臣、乱世の姦雄」と評した。演義では、「爪黄飛電」・「絶影」を愛馬とし、対となす宝剣「倚天の剣」・「青紅の剣」を作らせる。

    『三国志演義』の影響によって悪役としての評価がほとんど定着してしまった曹操であるが、1950(昭和25)年代以降に入ってからは逆転し、急速に再評価が進んでいる。

    近代の中国においては、西欧の進出に対してその劣位が明白になり、幾度となく近代化を目指しては失敗した背景に、思想的な儒教・華夷思想への偏重などがあったと反省され、思想的な枠組みを超えて合理性を追求した曹操の施策が、魯迅など多くの知識人によって再評価された。

    特に曹操再評価を盛り上げたのは毛沢東で、彼の主導の下、曹操再評価運動が大々的に行われた。郭沫若が戯曲において曹操を肯定的に評価したのもこの頃である。また、文化大革命の時の批林批孔運動でも、曹操は反儒教の人物として肯定された。

    現代中国では、思想の変遷が、儒教・道教の系譜(孔子、孟子などが中心)と、法家・兵家(韓非子、孫子等)の系譜との対立軸を通じてとらえられることが多い。共産主義の観点からすれば、これら二つの思想は「革命」の段階的進行であった、と説明されている。身分制度を重視し、男女差別を人倫の基とした儒教の系譜に対しては批判的な評価がなされ、合理性を追求した法家の思想には甘い評価が為される傾向がある。そのため、曹操も単なる「悪役」から多少味のある「悪役」程度には評価を変えてきているようである。 もっとも、圧倒的大多数が劉備を心情的に支持していることに変わりはない。

    日本では吉川英治が小説『三国志』において曹操を悪役ではなく作品前半の主人公の一人として描き、新たな曹操像を提示した。1962(昭和37)年に吉川幸次郎が『三国志実録』において曹操の再評価を行い、特に文学の面での功績を高く評価した。

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