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やんまあさんの京都府〜奈良県の旅行記

◆奈良Q京都南山城G◆国宝巡り!円成寺紅葉!春日大社の社に高揚!京都・精華と京田辺の国宝!

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運慶作美仏「金剛界式大日如来坐像@国宝」が多宝塔から宝物殿に移った!のと紅葉を楽しみに円成寺へ!帰りは京都・南山城地域にある精華町・京田辺市にある未参拝の神社仏像を参拝・拝観・見仏!!!

神社ツウ やんまあさん 男性 / 40代

1日目2021年11月19日(金)

前回は『◆奈良市内D◆皇族所縁の寺から運慶の美仏 -奈良市郊外- (https://www.jalan.net/travel-journal/000049262/)』です。

2日目2021年11月20日(土)

円成寺(奈良県奈良市)

奈良市

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奈良市東部山間部の「柳生街道」沿いにある真言宗御室派の寺。道も2車線あるので山間部だが安心して運転できる。円成寺の歴史は、756年に聖武上皇・孝謙天皇の勅願により鑑真和上弟子・虚滝和尚が開山した説と、平安時代の貞観期に創建された説がある。一般的には1026年に命禅上人が十一面観音を安置したことが創建の由来であると考えられている。

円成寺(奈良県奈良市)

奈良市

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楼門@重文は室町時代に建立された円成寺の山門は出入りは出来ないが、庭園から境内からの写真を撮るのに大事な要素といえようか。

円成寺庭園

奈良市

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平安時代末期に造成された浄土式と舟遊式を兼備した「寝殿造系庭園」は全国でも貴重な遺構なようで、新緑や紅葉の眺めが素晴らしい。京都・浄瑠璃寺、京都・平等院の池とお堂のコントラストが好きという方は必須である!

円成寺(奈良県奈良市)

奈良市

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10年前に拝観したとき、運慶作「金剛界式大日如来坐像@国宝」は多宝塔に安置されていたが、現在は「相應殿(そうおうでん)」という収蔵庫・宝物館に移り、四天王を従えて180度あらゆる角度からも見仏できるようになっている。像高98.8cmで、大正時代の修理の際に台座蓮肉部天板裏面から「運慶」という墨書が確認され、1175年11月に注文を受け、1176年10月に納品したとわかり、平成初期に国宝になった。設計は父・康慶で制作が運慶。やはり全体のバランスがよく、1mmも無駄がない気がする。私自身は運慶よりも快慶推しだが、金剛界式大日如来については運慶が一枚上である。最後に、もともと大日如来がいた多宝塔には金の残った作った当初の色合いの摸刻がある。

円成寺(奈良県奈良市)

奈良市

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護摩堂には不動明王立像、食堂の本尊であり、開山した命禅上人の姿を表したとされる「僧形文殊菩薩坐像」を安置している。

円成寺(奈良県奈良市)

奈良市

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本堂@重文には、像高1.5mで、平安後期の定朝様式で金箔もよく残っている本尊「阿弥陀如来坐像@重文」が安置されている。外陣と内陣の4柱に極楽浄土の絵が微かに残っている。雪が積もるであろうこの地域でこの保存状態は素晴らしい! この寺の本堂は法華寺と同じで、お堂端に仏像小部屋があり、各仏像を大事に安置されている。本尊4方には鎌倉時代前半「四天王立像@重文」が守護し、初代本尊の「十一面観音立像」と旧観音堂本尊の「十一面観音立像」の2体がおり、聖徳太子2才像などおなじみの仏像たちである。ちなみに延命地蔵菩薩だが、京都・松尾寺の快慶作「地蔵菩薩蔵坐像」に似ていると思ったのは私だけ??最後に四天王は運慶4男説・康勝作とされている 。東寺などでも運慶とともに仕事をしているので信ぴょう性が高いかも。

円成寺春日堂及び白山堂

奈良市

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鎌倉時代の春日大社のお宮を移築した国宝がある。場所は本堂東側で「春日堂」と「白山堂」が、春日大社本殿でで現在残されるものとしては最古の「春日造」の建築である。リサイクル・リユースと謳われますが、日本では昔からリユースしているんですよね。

夜支布山口神社

奈良県奈良市大柳生町3089。「やぎゅうやまぐち」と読み、奈良市街地から東の山間部へと伸びる「柳生街道沿い」の山里「大柳生」地区に位置する大きな神社。延喜式に記されている古社で、「山口」という呼び名は、朝廷が宮殿などの建物を建立する際に供出する木材を切り出すにあたり、「山の入り口(山の口)」にお祀りする神様として設けられた神社ということらしい。古社できれいな社殿を持つが、駐車場はないので空きスペースに車を置かせていただく。

夜支布山口神社

大柳生町の氏神。祭神はスサノオで、本来は山の神を祀っていたようです。大木があり雰囲気がよく、所狭しと摂社があります。立磐神社、春日神社、戸隠神社、八幡神社など記紀の神様が勢ぞろいです。

夜支布山口神社

夜支布山口神社の設置以前からあったとも言われる摂社・立磐神社は、春日大社本殿の建物を移築した「春日移し」の建築である。江戸時代の中期である1747年に移築したもので現在も比較的当時の部材が残されているそうな。

夜支布山口神社

立磐神社は、そのご神体が地上に突き出した立派な「磐座(巨石)」となっているユニークな神社でもあり、巨石は少し見えにくい位置にあります。 数々の神々が祀られている中でタジカラオが祀られていることに疑問があったので社の裏を覗くと納得の磐座がありました。確かにアマテラスの岩戸隠れで出てくる戸を想像させる形です。

南明寺

奈良市

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奈良県奈良市阪原町1005。令和3年8月31日まで、文化財保護設備設置工事延長のため拝観停止。その後も令和4年3月31日まで、新型コロナウイルス感染拡大防止のため拝観停止が延長されます。境内への立ち入りはいかなる理由においても禁止されています。

長尾神社

奈良県奈良市阪原町1625。祭神は「饒速日命(にぎはやひ)」。本殿は「春日移し」という春日大社本殿の移築で重要文化財である。鳥居前に車を置き境内に入った瞬間、サイレンが鳴り響く。

長尾神社

境内には御霊神社・戸隠神社・厳島神社・五穀神社・白山神社・金刀比羅神社・稲荷神社・八王子神社・恵比須神社・八幡神社・愛宕神社・天照皇大神宮と多数の境内社がある。

長尾神社

藁葺屋根の能舞台があり、奥に能舞台裏の庭がある。

旧燈明寺、御霊神社

〒619-1112 京都府木津川市加茂町兎並寺山41。かつてこの地に燈明寺の本堂や三重塔があり、鎮守社として「御霊神社」があったのだが、本寺がなくなった!?というところ。現在、本堂と三重塔は横浜の三溪園に移築されているが、5体の菩薩が残っている。 階段ををのぼると御霊神社があり、左側が旧燈明寺で収蔵庫のみが残っている。中央に金色に輝く千手観音で、両端に十一面観音様、不空羂索観音様、その脇に聖観音、馬頭観音となっている。如意輪観音がいれば変化六観音コンプリートですね。 最後に御霊神社の本殿は重文である。祭神は崇道天皇(早良親王)、井上内親王、他戸親王、藤原吉子、文屋宮田麻呂、橘逸勢、吉備真備、火雷神(菅原道真)と無実の罪で非業の死を遂げた人々の怨霊を鎮めている。 また、例年は11/3だけ無料で公開されているそうです。2013年は木津市の寺宝・秘仏公開の一環として10/26〜11/4まで無料で公開され、2021年も同様ですね。

岩船寺

木津川市

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今回はスキップ

春日・白山神社

木津川市

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岩船寺の階段右に行くと春日・白山社がある。そう、木津川市は興福寺配下の歴史の寺が多い。

浄瑠璃寺(京都府木津川市)

木津川市

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本尊の九体阿弥陀が順次修復中のためカット。

笠庄

木津川市

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木津川市役所近くにある明治30年創業の老舗。「和牛」にこだわり、日本が生んだ最高級の黒毛和牛を提供している。昔、仕事の関係で来たときに、勢いでランチで入って、価格以上の満足だったので、妻を連れて行こうとしたが、まだ10:30で11:30まで待てないので、次回にした。

新殿神社

精華町(相楽郡)

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京都府相楽郡精華町大字山田小字医王子3。古くは植樹神社という神社で、朱智神社から勧請されたらしい。

新殿神社

精華町(相楽郡)

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元々神社本殿左に「医王寺」という寺もあり薬師堂が残っている。江戸時代から薬師如来坐像が安置され、弘法大師坐像、観音像(厨子入り)も安置されている。明治の廃仏稀釈で寺を捨て神社を取ったのかな。

新殿神社

精華町(相楽郡)

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西国三十三の札所と書かれたものがあり「清水寺」と期されていた。

極楽寺(京都府精華町)

精華町(相楽郡)

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京都府相楽郡精華町大字柘榴小字垣内71。本尊は「阿弥陀如来坐像」で薬師堂には「薬師如来坐像」と「地蔵菩薩立像」を安置している。仏像は室町時代から江戸時代で新しめのものであるが、梵鐘は鎌倉時代にさかのぼるもの。

お千代・半兵衛の墓

精華町(相楽郡)

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極楽寺にある。

来迎寺(京都府精華町)

精華町(相楽郡)

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京都府相楽郡精華町大字植田小字南六ノ坪59。新殿神社から常念寺の道中にあり、近松門左衛門の人形浄瑠璃『心中宵庚申(しんじゅうよいこうしん)』の主人公である「お千代」と「半兵衛」のモデルになった男女の墓があるので行くことにしたが、左折すると思ったら、車道に面しており行きすぎた。。常念寺を先に行った。

常念寺(京都府精華町)

精華町(相楽郡)

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京都非公開文化財特別公開で見仏した。薬師堂本尊「菩薩形立像@重文」は平安時代前期に作られたもので、精華町で最も古い仏像。高さは約169センチメートルの一木造!!一木でこの大きさは珍しい。この仏像はこの後に参拝する「祝園神社」に安置していた仏像で、一時期は左手に薬壺を持たせたり、明治の廃仏毀釈でこの寺に移されたりと時代の流れに逆らわずに、人々の思いで生き残った仏像と言えるかもしれない。さて、この菩薩を見仏した最終結論はは聖観音に見えた。右手が長く、腰の位置などから湖北の流れを感じるが、妻は若狭で似た仏像があると言っていた。あったっけ??

祝園神社

精華町(相楽郡)

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常念寺「菩薩形立像@重文」の故郷。祭神は「天児屋根命」、「タケミカヅチ」と「経津主命」と春日明神となっている。ここも割拝殿となっており、この地域の神社も京都だが奈良色が強い。

武内神社

精華町(相楽郡)

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京都府相楽郡精華町大字北稲八間小字中垣外45。祭神「武内宿禰」で葛城氏・平群氏・蘇我氏・紀氏・巨勢氏など大和朝廷で大臣を務めた氏族の共通の先祖とされる。いたるところに石仏があり、石仏って観音様や地蔵と菩薩が多いが、ここは天の石仏がある。理由は祭神の本地仏が毘沙門天ということらしい。

武内神社

精華町(相楽郡)

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この神社の特色は室町時代には北稲八間荘の、さらに江戸時代には北稲八間村の鎮守であったため、多くの棟札が伝えられています。若干のばらつきがあるものの、だいたい各棟札の年代間隔もそろっており、途中の欠落も少ないです。これを変遷的に見ていくと、北稲八間における村落の変遷を知るうえで貴重な資料であることが明らかになっています。

安楽寺

京都府相楽郡精華町大字下狛小字鈴ノ庄8。本尊は平安時代後期の「阿弥陀如来坐像」はふっくらとされた頬と伏し目で、定朝様式。右に快慶の安阿弥様を受け継ぐ「阿弥陀如来立像」が安置されている。

鞍岡神社

精華町(相楽郡)

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京都府相楽郡精華町大字下狛小字長芝24。「くらおかじんじゃ」と呼び、祭神は「菅原道真」で、水乞いなど古式を行っていた雰囲気がある。

鞍岡神社

精華町(相楽郡)

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鞍岡神社階段左手に神社用の駐車場が1台だけある。ここに車を止めて170段の階段を上ると、良い感じの紅葉が現れる。

鞍岡神社

精華町(相楽郡)

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170段の階段を上り、紅葉スポットを過ぎると、左手に面白い根を持つ木が現れる。

鞍岡神社

精華町(相楽郡)

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岡田鴨神社の宮司曰く、この地域は菅原道真を祀る神社が多いが、本当は太陽神を祀っていた可能性が高いらしい。時代の流行で祭神を変更したようだが、ここは1065年にここは北野天満宮から分霊したので、古くから天満宮である。

鞍岡神社

精華町(相楽郡)

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末社は「道祖神社」に猿田彦命、「風神社」に龍田大社&伊勢神宮内宮外宮の風宮・志那都彦命、「大国主神社」にオオクニヌシ、「稲荷神社」に倉稲魂命、「山神社」に大山祇命、「祈雨神社」に水の神様・美都波之売命となる。途中、おがたまの木や、歯痛の神様がお祀りされていたり、「地主神社」にイザナギが祭られている。

鞍岡神社

精華町(相楽郡)

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鞍岡神社の社殿は、鞍岡山4号墳の上に建っており、この神社の神宮寺として、神宮寺と宝光寺と明王院の3つの寺院があったと「文政4年明王院」の箱書がある「鞍阜山」の一行書(掛幅)からわかるそうな。

若王寺

精華町(相楽郡)

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京都府相楽郡精華町大字下狛小字林前町9。本尊は「阿弥陀如来坐像」で平安時代後期の作。見どころは天台宗の高僧「智証大師坐像@重文」で、滋賀の園城寺にある「山王院大師」または「御廟大師」と呼ばれる智証大師坐像があり、この像は御骨大師像の模像です。最後に梵鐘は永観堂こと禅林寺より譲り受けたものである。

西方寺

京都府相楽郡精華町大字菱田西ノ口21。本尊は室町時代の阿弥陀如来坐像で十一面観音も安置されている。近隣にあった廃寺(薬師寺・長楽寺・長福寺)の版木が保存されている。

佐牙神社

京田辺市

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京都府京田辺市宮津佐牙垣内164 。祭神は右殿に「佐牙弥豆男(さがみづお)」、左殿に「佐牙弥豆女(さがみづめ)」という酒造りの神様。延喜式内佐牙神社の「百味と湯立て」で有名。2社からなる左右両殿同形式の本殿は重文である。共に一間社春日造り桧皮葺で、彫刻も左右対称的なデザイン。2002年に屋根の葺き替えとあわせて鮮やかな丹塗りが蘇った。

佐牙神社

京田辺市

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この地域の神社の多くは上り階段になっており、なかなかの運動不足解消になる。なお参道に車を置けるが、鳥居の左の狭い道を上がると本殿横まで車でも行ける。

佐牙神社

京田辺市

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この神社の本殿途中に神宮寺「恵日寺」跡がある。この寺の仏像は、現在、「寿宝寺」の収蔵庫に安置されている、本当に1000本ある「千手観音立像@重文」である。

佐牙神社

京田辺市

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本殿は重要文化財である。本殿左右にはきれいな絵が描かれている。

佐牙神社

京田辺市

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佐牙神社拝殿右側から写真を撮ると紅葉と本殿が撮れる。

佐牙神社

京田辺市

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延喜式に記されている式内社で、当時この辺りでは酒造りの専門職としての人々が住み着き、勅命を受けて酒造りを行っていたようだ。佐牙という言葉には酒に関わる意味もあるとのこと。ここから西の方に「酒屋神社」があることからも信憑性が高い。

寿宝寺

京田辺市

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全国で3体しかない、実際に手が1000本ある「千手観音立像@重文」が安置されている。降三世明王と金剛夜叉明王も見逃せない、大きくと古寺であっただろうと像像させる素晴らしい仏像である。ただ、この3体の仏像は式内社「佐牙神社」の神宮寺に安置されたもので、合祀や廃仏毀釈で移り渡った歴史がある。

観音寺(普賢寺大御堂)

京田辺市

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京都府京田辺市普賢寺下大門13。1437年の火事で13の諸堂、20余りの僧坊を数えた建物のほとんどが失われ大御堂だけが再建された。 南山城を代表する美仏・十一面観音像@国宝で、十一面の国宝は全国で7体程度しかなく、その1体がここの「十一面観音立像@国宝」である。 奈良・聖林寺、奈良・金剛山寺(矢田寺)、滋賀・百済寺系統の男性感のある十一面観音で、特徴は頭の上の小さなお顔の細かな細工で、表情がよく残っていること。ここに来たら近くの寿宝寺にも行くべし。

大御堂観音寺

京田辺市

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良い感じの池。

朱智神社

京田辺市

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京都府京田辺市天王高ヶ峰25。地元の古代豪族息長氏の祖神を祀る。さて、息長氏と言えば、応神天皇の母であり、仲哀天皇の皇后「神功皇后」が有名。滋賀の湖東が息長氏所縁の場所だと思っていたが、ここの繋がりは何なのだろうか。そして、昔はここから八坂神社に榊を送っていたらしい。

3日目2021年11月21日(日)
4日目2021年11月22日(月)

◆奈良Q京都南山城G◆国宝巡り!円成寺紅葉!春日大社の社に高揚!京都・精華と京田辺の国宝!

1日目の旅ルート

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