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ビラーゴ750さんの栃木県〜群馬県の旅行記

栃木・群馬古代史跡・遺跡めぐりの旅

  • 家族(子連れ)
  • 3人〜5人

シルバーウィークを利用した、栃木・群馬の史跡めぐりの旅です。次にいつ行けるのかわからないので、一つの地区を丁寧にめぐるのではなく、まず行きたい場所を回りました。そのため、移動時間が長くなり見た史跡・遺跡の数が少なくなっています。

神社ツウ ビラーゴ750さん 男性 / 60代

1日目2010年9月23日(木)

那須ステンドグラス美術館

那須町(那須郡)

家内の趣味です。19世紀のイギリスの教会のステンドグラスを金にものを言わせてかき集めて来たという感じですが、集めた人に感謝します。ステンドグラスは素晴らしい。建物もとても気に入りました。何度でも行きたいところです。

2日目2010年9月24日(金)

那須国造碑

大田原市

「那須国造碑」を   >

私たちが泊まった休暇村那須から古代遺跡の密集地の那須では、同じ那須でも相当な距離があります。今回は直接日光にいっていた方が良かったです。那須国造碑はしまっていて見られませんでした。

大田原市なす風土記の丘湯津上資料館・大田原市歴史民俗資料館

大田原市

「大田原市なす風土記の丘湯津上資料館・大田原市歴史民俗資料館」を   >

行った日は休日だったのですが、祭日の次の日は閉館という規則により、閉館日でした。事前の調査が不足してしていました。ここで那須地区の遺跡の情報を集めて、その上で、周辺を見学しようと思っていたのですが、失敗しました。しかし、那須郡衙跡。郡衙周辺寺院跡は何とか見学して来ました。

日光東照宮

日光市

「日光東照宮」を   >

もちろん行きました。やはり日本を代表する素晴らしい建築の一つだと感じました。

華厳滝

日光市

「華厳滝」を   >

ここももちろん行きました。あまり滝を見ることがないので、私が見たうちでは一番素晴らしい滝でした。

休暇村 日光湯元

休暇村日光湯元に泊まりました。湖畔にあり美しい林に囲まれ、何日も滞在したいと思わせる温泉でした。料理もとてもおいしかったです。

3日目2010年9月25日(土)

山王廃寺跡

前橋市

「山王廃寺跡」を   >

関東でも最も有名な白鳳寺院である山王廃寺跡。方光(寺)銘の古瓦が出土し、寺院の名称がわかりました。一度は来たかったです。境内には、塔心礎や鴟尾など有名な遺物も屋根の下に並べており、見応えがあります。寺域の北方ではその時も調査が行われていました。

総社古墳群

前橋市

「総社古墳群」を   >

宝塔山古墳や蛇穴山古墳など、立派で保存状態も良く、手入れが行き届いている古墳が多く、見学に適した素晴らしい古墳群である。また、石の加工技術が優れていて、山王廃寺の石造部分の技術に生かされているというのもよくわかる。

多胡碑記念館

高崎市

「多胡碑記念館」を   >

上野三碑を回る前に基礎知識を仕入れるためにまず見学した。施設は新しく、展示・解説は充実しており、資料も沢山置いてあった。

多胡碑

高崎市

「多胡碑」を   >

普段活字資料しか読めない古代史ファンにとって古代の生の字を見られるというのは感激である。このような形で展示してくれているのはとてもうれしい。

山上碑

高崎市

「山上碑」を   >

上野三碑の一つである。放光寺の僧が母の菩提のために建てた石碑である。となりに古墳があるのが、日本の初期仏教と古墳文化の関係を考えさせる。

金井沢碑

名にし負う上野三碑をこの目で見ることができてとても感激しました。内容も当時の家族構成を推測させるようなもので、とても興味深いものです。国指定特別史跡で駐車場も整備されているので、「王道」の価値ありです。

黒熊中西遺跡

9世紀の関東地方を代表する大寺院遺跡で、最澄を援助した道忠との関係も考えられている有名遺跡であるが。現在は高速道路となっていて往時を偲ぶのは難しい。

浄法寺相輪とう

藤岡市

「浄法寺相輪とう」を   >

最澄が訪れた寺院として有名。美しい白黒写真を多数掲載し、永井路子の記念講演も収められている『古代東国仏教の源流』という本を読んでから、すっとあこがれていた。寺院は、相輪のほか、最澄が説法した場所、最澄に協力した道忠を供養する場所など、見所が多い。そんなに大きくはないが、素晴らしい寺院である。写真は最澄像。

4日目2010年9月26日(日)

赤城神社(三夜沢)

前橋市

「赤城神社(三夜沢)」を   >

近くの宇通遺跡との関係をあとで考えようと参拝した。非常に立派な興味深い点を多々持った神社でした。

宇通遺跡

遺跡の表示は立っているのですが、遺跡の大部分はものすごい笹藪でした。甘く見て子供を連れて行ったのですが、子供の入れる場所ではなく、後悔しています。

石造三重塔

西暦801年にある僧侶が人々が地獄から抜け出して成仏できるようにとの願いをこめて建てた石塔。801年といえば日本国の蝦夷侵略が最高潮に達した時期であり、多くの関東の農民が動員されて命を失った。悲しい碑である。

栃木・群馬古代史跡・遺跡めぐりの旅

1日目の旅ルート

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