さとけんさんの神奈川県の旅行記

【鎌倉を歩いて・その4】古都・早朝の散策。鎌倉からの脱出方法を思索するひと時【鎌倉の興亡を偲ぶ】
- 1日目2016年8月24日(水)
- 2日目2016年8月25日(木)
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朝の散策へやってきました。時刻は5時16分。鶴岡八幡宮の三の鳥居の下から海方向へ、段葛をみます。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
石造りの太鼓橋。鶴岡八幡宮。現在は立ち入り禁止となっております。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
早朝の鶴岡八幡宮の境内には、あまり人がいませんね。この参道の左手に、蓮の池がありますので、そちらへ行ってみましょう。
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鶴岡八幡宮のハスの花
鎌倉市
蓮が健気に咲いております。開花の様子を辛抱強く撮られているカメラマンがいらっしゃいました。
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鶴岡八幡宮のハスの花
鎌倉市
鶴岡八幡宮の蓮の花。今年の夏は、各地の蓮の群生地に異変が起きて蓮が咲かないなどという知らせもありますが、ここ、鶴岡八幡宮の蓮は元気なようで、なによりです。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
鶴岡八幡宮の参道に戻ります。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
人の少ない参道を歩くのは気分の良いものです。鶴岡八幡宮にて。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
鶴岡八幡宮の舞殿が近づいてきました。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
ふと、振り返ると、朝日が鳥居を照らし始めています。鶴岡八幡宮にて。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
鶴岡八幡宮の舞殿が近づいてきました。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
舞殿の向うに見える階段を、神社の方が降りてきます。鶴岡八幡宮にて。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
拝殿へ続く石段下・右脇に何かありますね。ちょっと行ってみましょう。鶴岡八幡宮にて。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
おぉ。鶴岡八幡宮の鳩みくじ。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
ほうほう、200円ですな。鶴岡八幡宮の鳩みくじ。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
なぬなぬ、小吉ですな。鳩のストラップを獲得です。鶴岡八幡宮にて。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
鶴岡八幡宮の大石段。61段あります。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
かつて大銀杏があった場所です。鶴岡八幡宮にて。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
右手が大銀杏の根から芽吹いた若木があります。左手には、かつての大銀杏の幹部分が残っています。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
時刻は5時37分、鶴岡八幡宮の石段を上った本宮前にて。二礼二拍手一礼でお参りをします。夏の朝ですがまだ暑くありません。清々しい気持ちです。ご近所のお散歩の常連さんでしょうか、何人かのラフな格好の男性たちが、社の警備員と挨拶を交わしておられました。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
鎌倉の街に朝日が射してきました。鶴岡八幡宮の本宮前から参道側・海の方向を眺めています。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
時刻は5時42分、鶴岡八幡宮の大石段の上にある丸山稲荷・社殿。鶴岡八幡宮内では一番古い室町期の建物です。
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鶴岡八幡宮
鎌倉市
鶴岡八幡宮にも朝日が射してきました。時刻は5時48分。次の宇都宮稲荷へ向かいます。
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鶴岡八幡宮の三の鳥居の下から段葛をみます。時刻は5時50分です。
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ちなみにこちらは二の鳥居の下からみた段葛。鶴岡八幡宮に向かって延びる段葛の幅に注目します。三の鳥居の下よりも二の鳥居の下の幅が随分と広いですね。二の鳥居下の段葛の幅が広くて、三の鳥居下の段葛の幅が狭いと、二の鳥居から鎌倉八幡宮へ向かう時に遠近法の錯覚から、参道の長さが実際の長さより更に長く見えるらしいのです。
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宇都宮辻子幕府があった場所の一画に、現在は宇都宮稲荷があります。宇都宮辻子幕府とは、宇都宮辻子(うつのみやずし)という小道に面した場所にあった、「鎌倉幕府の政庁」のことで、鎌倉時代を通して、最初は大蔵の地にあった大倉幕府(1180年〜1225年)、次に宇都宮辻子幕府(1225年-1236年)、その次に若宮大路幕府(1236年-1333年)と、鎌倉幕府の政庁は3度移動しているとのこと。それでは次の目的地、鎌倉幕府終焉の地・東勝寺跡へ移動します。途中、歩道のない道を歩きますので注意します。
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時刻は6時7分、東勝寺跡へやって参りました。東勝寺は1333年の鎌倉幕府滅亡時に焼失しましたが、すぐに再建され、戦国時代に廃寺になったということです。1333年の東勝寺合戦において、北条高時らは東勝寺に追い詰められ自害しました。歴史書には、自害した人々は283人の北条一族と家臣の870人とあるらしいのですが、この人数には文学的誇張もあると考える人もいるようです。鎌倉は一方を海、三方を山に囲まれ、攻められにくく守りやすいという地形ですが、それは同時に、攻められ陥落する場合には逃げ場がないということでもあります。とはいえ、いざという時の脱出ルートというのは事前に準備があったはずです。事実、北条泰家(北条高時の弟)は奥州へ、北条時行(北条高時の遺児)は信州へ、それぞれ逃げて、その後、粘り強い抵抗を示していくわけです。鎌倉を歩きながら、ここから脱出するならどういう手順で・どういうルートで・どこへ逃げたらいいか、そんなことを考えたのは初めてのことですが、なかなか興味深い思索の時でした。トンネルなども用意していたのでしょうか。
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東勝寺の次は、大倉幕府跡へ歩いてきました。時刻は6時20分、清泉小学校の角に「大蔵幕府跡」の碑が建ちます。大倉幕府についての小学校の有志による説明板がありまして、参考になります。大倉幕府跡は、1180年(治承4年)〜1225年(嘉禄元年) まで鎌倉幕府の政庁があった場所です。石碑のある角をまっすぐ山側へ歩くと、源頼朝のお墓があります。
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時刻は6時23分、源頼朝のお墓の入口です。
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階段をのぼって、山の中腹に源頼朝のお墓があります。
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源頼朝のお墓は、質素な印象を受けました。
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源頼朝の墓近くの空き地です。何か建物が建っていた跡が見受けられます。
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源頼朝のお墓からの眺め。木が茂って判りづらいですが、大倉幕府が一望できる場所に墓所はありました。
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源頼朝のお墓の階段を下りて、少し東へ移動すると、再び階段が現れます。
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階段を上るとこんな感じの空き地が現れます。北条義時(北条政子の弟・源頼朝の義弟)のお墓があった場所です。
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時刻は6時32分です。疲れましたので、宿に戻って朝ごはんを食べます。
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時刻は8時12分、朝ごはん、美味しかったです!ホテルあじさいの「近藤」での朝食つきプランです。早朝のわずか2時間弱程の散策コースでしたが、賑やかになる前の鎌倉の街をクルクルと巡って、興味深いお題を自分で見つけて、そのお題について、いろいろと考えられたのは楽しかったです。このあと宿をチェックアウトして杉本寺・報国寺などなど歩きます。『【鎌倉を歩いて・その5】夏の鎌倉を訪ねて。杉本寺・報国寺・旧華頂宮邸・浄妙寺【石窯ガーデンテラスでランチ】』へ続きます。
【鎌倉を歩いて・その4】古都・早朝の散策。鎌倉からの脱出方法を思索するひと時【鎌倉の興亡を偲ぶ】
1日目の旅ルート
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