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Shotaさんの茨城県〜神奈川県の旅行記

楢葉町・浪江町・龍子山城址

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都心での治療・診察の後、銀座伊東屋でお気に入りのカレンダーを購入。東日本大震災から14年たった、楢葉町まで北上して宿泊。翌朝、浪江町から国道6号線を南下。両側には、まだ、「帰還困難地域」が続いている。高萩まで南下して龍子山城・松岡城址と穂積家住宅を訪ね、続いて御岩神社に寄ってから横浜でセミナーを実施。

歴史ツウ Shotaさん 男性 / 70代

1日目2025年11月7日(金)
07:00-07:00

富士

富士市南松野付近からの富士 雪帽子をかぶった富士が姿を見せてくれた。

10:00-12:00

さかもと治療院・しのみやクリニック

オステオパシー(骨治療)の治療院。指先で軽く触れるだけの治療だが、心臓のねじれ、それも筋肉層のねじれまで分かると仰る。そしてそれが頭痛・前立腺・下肢などの不調の原因だという診立て…。

13:00-13:00

銀座伊東屋

お気に入りの伊東屋オリジナルのカレンダーを数点購入。

15:00-16:00

友部 SA(下り)

フードコートでかき揚げ蕎麦をいただく。かき揚げがほっこり揚がっていて結構。出汁は関東風の辛め・・・。

17:00-17:00

塩屋崎灯台(いわき市)

白亜の塩屋崎灯台は1899年(明治32年)に初点灯。第二次大戦末期(1945年)には米軍の標的となって破壊されたが、1947年(昭和22年)復旧。2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災により消灯したが、11月30日に再点灯。 岬の突先で周りを照らす光は希望を感じさせてくれる。

17:00-17:00

いわき震災伝承みらい館(いわき市)

いわき震災伝承みらい館  語り部の体験談などを紹介するガイダンス映像、地震・津波・原発事故からの復旧の様子を示すパネルや衝撃的な津波の映像などを展示し、大震災の記憶と教訓を発信している。

19:00-23:00

バリュー・ザ・ホテル楢葉木戸駅前(楢葉町)

バリュー・ザ・ホテル楢葉木戸駅前は木戸駅近くの小ぎれいなビジネスホテル。部屋や全体はきれいなのだが、ユニットバスが古くて狭いのがいただけない。おまけに、寒い地方なのに、便座が冷たい!

2日目2025年11月8日(土)
00:00-06:00

バリュー・ザ・ホテル楢葉木戸駅前(楢葉町)

11時には眠りに落ちたので、4時半に目が覚めた。5時からだという朝食をいただいて、6時すぎに出発。

06:00-06:00

浪江町役場

大震災で甚大な被害を被り、未だに「帰還困難地域」が町の大半を占める浪江町の役場。あの時、苦渋の表情を浮かべながら会見をしておられた町長さんの姿が思い出された。三期目の任期半ばで亡くなられた。どんな思いで逝かれただろうか。

07:00-07:00

国道6号線(長者原付近)

国道6号線の側道はすべてこのように封鎖されている。6号線は走れるが、両側には、まだ、「帰還困難地域」が続いている。

07:00-07:00

楢葉町地域活動拠点施設まざらっせ(楢葉町)

「まざらっせ」は2023年(令和5年)に開設された、楢葉町地域活動拠点施設。「スタジオ」「アトリエ」「キッチン」「ライブラリー」などを備えているが、あまり利用されているようには見えない。

07:00-08:00

楢葉城址(楢葉町)

楢葉城は元々は楢葉氏の居城とされる丘城。戦国期、飯野平城(大館城)を本拠とする岩城氏の重臣・猪狩隆清が楢葉氏を滅ぼし、自らの居城としたとされる。土塁が残る。

08:00-08:00

道の駅ならは(楢葉町)

国道6号線の「道の駅ならは」は東日本大震災に伴い、休館状態であった。警戒区域設定時には、住民の一時帰宅の中継拠点となった。展示ホールに掲示されている周辺の地図。

08:00-09:00

東日本大震災追悼伝承之碑(久之浜町)

久之浜に建つ「東日本大震災追悼伝承之碑」 「大地震が起きたら大津波が来る。直ぐ逃げろ、高台へ。一度逃げたら絶対戻るな」と赤字で刻まれている。

09:00-10:00

松岡城址

高萩市

「松岡城址」を   >

常磐自動車道・高萩 IC を出て111号線(たつこ通り)を進むと、よく整備された松岡城下一角が見えて来る。

09:00-10:00

松岡城址

高萩市

「松岡城址」を   >

龍子山城(松岡城)は1420年(応永27年)大塚郷の地頭・大塚氏によって築かれたとされている山城。1605年(慶長10年)小川城主・戸沢政盛が修築を行って移封、松岡城とした。『日本城郭大系 4』

09:00-10:00

松岡城址

大塚氏が城主であった山城時代が龍子山城で、これに平城を加えた平山城を松岡城と呼んでいる。「山城の郭の総数は十八を越え、本丸は尾根の北西部が最高所で標高4・5m、本丸は南北約58m、東西でその中央が41mであった。」『日本城郭大系 4』

09:00-10:00

松岡城址

城址公園の一隅に、旧石器時代から高萩市誕生(1954年)までの歴史、江戸中期に活躍した、松岡七賢人と呼ばれる人々の名が掲示されている。

09:00-10:00

松岡城下

城下の「お屋敷通り」に残る武家屋敷 中には傷みのはげしい屋敷もある。維持するのもラクではないだろうと思う。

10:00-10:00

高橋家の門・塀(高萩市)

高橋家は水戸藩政時代に松岡の郡奉行を務めた。当時の面影を偲ばせる建物である。

10:00-10:00

高橋家の門・塀

松岡中山家の武家屋敷はこの高橋家から始まる。最東の位置にあたり、道路には大きな長屋門があった。両側に屋敷が並び、それぞれ家格に応じた門・塀を備えていた。

10:00-10:00

穂積家住宅

高萩市

「穂積家住宅」を   >

穂積家は江戸期の豪農で、酒造業・林業・金融業・製糸業などでも成功をおさめた。敷地は無料で開放されている。

10:00-10:00

保積家住宅

長屋門  現在の門は昭和初期の改修で二階部分が増築されている。

10:00-10:00

穂積家住宅

主屋は1773年(安永2年)建築。桁行12間半、梁間6間の寄棟造りに一部入母屋造り入り。茅葺屋根は数段に重ねて葺いてある。

10:00-10:00

穂積家住宅

高萩市

「穂積家住宅」を   >

主屋の内部、高い天井には太い梁が何本も渡してある。

10:00-10:00

穂積家住宅

前蔵は1849年(嘉永2年)建築。桁行4間、梁間3間の切妻造り。屋根は漆喰を塗り固めた上に桟瓦葺の屋根を乗せる置屋根形式。 なまこ壁が時代を感じさせる。

10:00-10:00

穂積家住宅

約100坪という回遊式庭園の池には石造りの太鼓橋が掛かっている。凝った造りの庭は見事。

10:00-10:00

穂積家住宅

なまこ壁の蔵と巨木が時代の経過を感じさせる。

10:00-11:00

御岩神社

日立市

「御岩神社」を   >

御岩神社拝殿  御岩山の麓に建つ御岩神社の創建は不詳。国常立尊、大国主命、伊邪那岐尊、伊邪那美尊他二十二柱が祀られている。

10:00-11:00

御岩神社

参道の両脇には苔と杉の大木が・・・。ゆっくり歩を進めると気持ちが落ち着いてくる。

13:00-15:00

SDA横浜教会(横浜市)

ゆとりをもって到着。第七回目を無事終了。年末年始の月は、併設している幼稚園の行事などでお休み。

15:00-17:00

横浜中華街

横浜市中区

「横浜中華街」を   >

今回は中華街に連れて行ってくれた。「重慶茶楼」でコース料理。それほどコッテリしてはいなくて、美味しくいただいた。少々食べ過ぎ・・・。

21:00-21:00

豊橋 PA (下り)

豊橋 PA の今日の花。タチアオイかな・・・。

1日目の旅ルート

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