きっと人違いかもしれない、などという疑念は一切もなかった。
彼女と気付くまでの数秒間で、空白の3年はすぐに忘却された。
声をかけたい自身の欲望は、受験生としての自覚で打ち消した。

さて、勉強した後はカレーでも食べよう。数日間に渡る入試期間、密かな楽しみがアパ社長カレーだ。大神宮に寄った際に毎回親と食べていた。金沢カレーがモデルらしいのでキャベツが付いてくる。キャベツのおかわりができるのでよくする。今回もたくさん食べよう。そしてご親切なことに受験票を提示することで通常980円のロースカツ社長カレーが850円で食べられるという。
私の夜ご飯はカレーで決まりみたいだ。
とりあえず、ここに滞在する期間中は毎日、大神宮に参拝することを決めている。大好きな場所でパワーをもらうことが私なりのルーティンである。縁結びはなんせ恋愛に限らず、進学先の縁などもあるわけで総じて合格祈願なわけだ。

初日の参拝を終えると、なんと彼女が大神宮の入り口で待っていた。
「はじめまして。同じアパホテルに泊まってますよね、受験生みたいだったので一緒かなと思って。」
彼女の口から発せられた「はじめまして」に幾分かショックを受ける。しかし、そんな感情すら置き去りにしていたのだ。
「会いたかったんです。」
怪訝そうな表情を浮かべる彼女に向ける顔は無く、私は一人早足でホテルへ戻ってしまう。初対面と思われてる人に発する一言目としては正解から180度逆のセリフじゃないか。これまでに経験の無い恥辱から握りしめた拳は、掌に深い爪の跡を刻んだ。

翌日は一日ホテルで勉強。入試初日を明日に控えるも、昨日の出来事が却って冷静さを加速させた。なんなら今まで苦戦していた出題分野すら嘘のように解ける。ありがとう彼女、なんて虫の良い話はない。失言の釈明こそ、私が入試期間でやり遂げるべき使命だ。最も、大学合格を勝ち取ったうえで、ね。

そして夜、胃に溜まった850円のロースカツカレーを消化すべく大神宮へ。明日のために早く寝たいし。それにしても近くて助かる。
するとそこには彼女がいた。今日は参拝をしに来たようだ。お祈り姿、耳にかかる黒い長髪は、3年前を思い出させる。今日は私から声をかける。
「昨日はごめんなさい」
すると彼女は一歩一歩、私に近づく。
「嘘だよ。知ってた。3年前から。」
…神様、どうか許して欲しい。受験生が、恋をしていることを。