宿番号:318967
花のおもてなし 南楽のお知らせ・ブログ
天人(てんにん)の湯 其の弐
更新 : 2016/7/3 21:44
お待たせいたしました。前回の続きをどうぞ。
香のかおりが辺りに流れて、あや絹の薄物がちらっとのぞくと、
女房は飛びつくように羽衣を取り出して、素早く身にまとい、
静かに立ち上がりました。
目も眩むような艶やかさに長者は声をのみました。
「長者殿、ぜひこの姿で一さし舞わせてくださいませ。
子供たちにも見せてやりとうございます。」
長者は何とかして止めようとしましたが、あまりの驚きに声も出ません。
その時、どこからともなく清らかな風と、
美しい雅楽の音色が聞こえてきました。
女房はやがて静かに舞い始めると、ふわりふわりと空に浮き、
その姿はまことの天女かと思われました。
女房は一さし舞うと手を止めて、
「長者殿、私は天人でございます。この羽衣を求めてそなたに近づき、
妻となりました。今はもう天に帰らなければなりません。
どうか子供たちを立派に育ててくださいませ。」
と言うなり、星のようにきらきらと光る羽衣を翻すと、
空のかなたへ消えていきました。
後にはなんとも言えぬ良い香りが漂っておりました。
長者は、残された子供たちを抱いて毎日嘆き悲しみました。
それから、長者の家には笑い声一つ聞かれなくなり、
大勢の召使いたちも、一人去り、二人去り、
長年栄えた長者の家も、跡形もなく崩れ落ちて、
今はただ”長者が原”と言う名前が残るだけの
野原になってしまったということです。
現在”長者が原”は、5月初旬になると野生の山つつじが咲く
観光スポットになっております。
花のおもてなし南楽 渡辺