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宵待ちの宿 萩一輪のお知らせ・ブログ
【花燃ゆ】ゆかりの地『野山獄跡』
更新 : 2014/11/11 19:26
吉田松陰が投じられた獄屋敷跡【野山獄跡】
正保2年(1645)9月夜、酒に酔った大組藩士禄高200石・
岩倉孫兵衛が道ひとつ隔てた西隣りの同じく大組藩士禄高200石・
野山六右衛門の屋敷に斬り込み、家族を殺傷するという事件が起こった。
藩は野山宅に岩倉を幽閉し、後に斬首の刑に処したが、
喧嘩両成敗ということで両家は取り潰し、屋敷は没収された。
後に藩は両家跡を牢獄とし、切り込んだ岩倉に非があるので、
士分の者を収容する上牢を野山獄、庶民を収容する下牢を岩倉獄とした。
野山獄には、安政元年(1854)、海外密航に失敗した吉田松陰が投じられた。
松陰は、囚人たちに孟子の講義をするとともに同囚からも自ら唄や書を学び
獄吏でさえも廊下で松陰の講義に耳を傾けたという話は有名。
また、野山獄は維新前夜の文久・元治年間(1861〜64)、
藩内の論争に際して高杉晋作をはじめ多くの志士が繋がれ、
さらに11烈士(正義派)のほか保守派の坪井九右衛門や椋梨藤太など
多くの人が処刑されたところでもあり、維新当時の萩藩の波乱に富んだ姿を
偲ぶことができる、維新史を語るうえでも重要な遺跡。
当時の敷地の一部を残し、現在は記念碑が建てられている。
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