宿番号:379554
琵琶湖ホテルのお知らせ・ブログ
菱屋町商店街〜お登勢を育んだ繁華街〜
更新 : 2010/9/10 15:45
高知フェアシリーズで「レストラン・ザ・ガーデン編」「売店編」を
ご紹介してまいりましたが、本日は番外編!
坂本龍馬と深い関わりがある“お登勢”ゆかりの地をご紹介します。
みなさま、ご存知ですか??
明治維新のメインステージとなった「寺田屋」の女将であった
お登勢の生まれ育った場所が琵琶湖ホテルの最寄り駅、
浜大津駅に程近い旧菱屋町(現在:大津市長等)なのです!
ホテルからは徒歩5分ほどの距離です。お登勢が育った時代は
大津一の繁華街として賑わい、現在も老舗が残っています。
お登勢は、この大津の地で旅館を営む大本重兵衛の二女として生まれ、
18歳で寺田屋6代目伊助に嫁ぎました。
世話好きで身分に関係なく頼まれたことは嫌だと言わず何でも引き受け、
お登勢目当ての客が集まり大繁盛だったそうです。
いつも食客や居候を抱え、とくに志士を献身的に援助し、お登勢に何度も
庇護された坂本龍馬は「おかあ」と慕い、多くの志士を助けたことで
「寺田屋といえばお登勢」といわれるほど後に名を残しています。
若くして嫁いで宿をきりもりし、お客様と親身になってお付き合いをし、そして
お客様に慕われたお登勢さん。同業者として、いち女性として憧れます。
こんな素敵な女性がこの大津で生まれ育ったということ、誇りに思います。
営業企画室 平山由貴
寺田屋:
慶長2年、伏見京橋に祖百姓伊助が開いた船宿。
薩摩藩御用達であった宿は、今も一部を残して
再建され建物内の見学ができる他、宿泊も可能。
◆10:00〜15:40
◆年始休、月曜不定休あり
◆大人400円、中高大生300円、小学生200円
◆075-622-0243
◆中書島駅下車 北へ徒歩約5分
寺田屋騒動:
1862年、討幕の急先鋒の薩摩藩士たちが関白九条尚忠と
所司代酒井忠義とを殺そうと企て、寺田屋に会合したのを
薩摩藩藩主の指導者・島津久光の命により奈良原繁、
道島正邦らが鎮圧しようと互いに殺傷した事件。