八幡平市の東方にあり、1日に7回も時雨れるからついたという説や、ほかにも山腹を通る陸羽横断路は古くは流霞道と呼ばれたが「霞」を「※(しゆう)」と誤り、さらに七時雨道と当て字をしたとの説もあるようです。
向かい合う田代山に囲まれた広大な地域が田代平高原。牛の放牧や牧草つくりのほか高原野菜の栽培などもしており、牧歌的な雰囲気が漂います。
この山の北峰に一等三角点があり、隣の展望のよい南峰の方が3m高くなっています。
高原の一角には七時雨山荘がひっそりと建っていて、その裏手が登山口であり。このほか、八幡平市の平館から寺田の大葉立沢に入って車之走峠の近くにも登山口がある。そこは古い街道のなごりも多く、一里塚も残っている。盛岡に尾去沢の銅を運んだので「御銅山道」とも呼ばれていた。両方とも1時間の登り。