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  • 虹色の国

    更新 : 2021/7/17 17:00

    明日、7月18日はネルソン・マンデラ・デーです。

    ネルソン・マンデラはアフリカ民族会議において反アパルトヘイト運動を展開し、投獄の末、南アフリカで初の全人種参加選挙において大統領に選出された人物です。世界で最も偉大な政治家の一人であることに異論はないでしょう。

    アパルトヘイトは、第二次世界大戦後に南アフリカで実施された人種差別政策です。全人口のわずか15%にしか過ぎない白人の特権的待遇を認めると同時に、人口の7割以上を占める黒人の職業、教育、居住地などは厳しく制限されていました。当然、黒人の選挙権は認められず、異なる人種間での結婚も禁止されていました。

    そのような中でマンデラは反アパルトヘイト闘争に身を捧げました。しかし、1964年に終身刑を告げられ、ケープタウン沖にあるロベン島の強制収容所に収監されてしまいます。最終的にマンデラが釈放されたのは1990年でした。

    ちなみに、ロベン島は現在は世界遺産に登録されており、実際にマンデラが収容されていた部屋などを見学することが出来ます。
    さらに、当時の収監者の方のお話を聞くことが出来ます。低く落ち着いた声で、柔和な表情の中にも鋭い目力で話されていたのが印象的でした。

    アパルトヘイトは当初は人種隔離政策でしたが、次第に変化していきました。黒人の中でも白人の立場に近い者が現れ、白人の中にも黒人に同情する者が現れました。
    後者は人間の良心によるものでしょうが、前者の背景にカネがあることは言うまでもありません。

    その結果、アパルトヘイトを支持するものが、反対するものを弾圧するようになりました。白人が白人の、黒人が黒人の、警察署長が部下の警察官の、それぞれ命を奪っていくような事件がおこるようになったのです。
    南アフリカは混迷を深めていきました。

    旧宗主国のイギリスをはじめとする国際社会は、南アフリカを非難し制裁を加えました。
    そして、国際社会からの圧力が増す中、ついに1991年にアパルトヘイトは撤廃されます。

    その後の選挙で大統領になったマンデラはアパルトヘイトの加害者であった白人の処罰よりも、民族宥和を推進したことは周知の事実です。
    白人を報復するのではなく、真実を明らかにし、すべての人種が共存できる「虹色の国」を目指したのです。

    果たして虹色の国は実現したのでしょうか。
    明日は南アフリカの現在を考察したいと思います。

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