宿番号:392226
メルキュール京都宮津リゾート&スパのお知らせ・ブログ
歩いて楽しむ宮津の街中探訪記(10)
更新 : 2008/12/24 8:01
皆様こんにちは、案内役の雅良生です♪
浮世小路を通り抜けて、かつての花街
「新浜通り」に行ってみましょう。
「縞の財布が空になる」と歌われた宮津の新浜は、
その名の通り埋立地で、天保年間に
花街に作り変えられたとされます。
それまでは、街中に分散してあった
お茶屋を一箇所にまとめるために
大工事が行われました。
因みに余談ですが、50年前の宮津には娼妓が
100人、芸妓が50人以上いたと伝えられています。
埋立のための土砂は大手川から運んだそうです。
明治時代の新聞に、京都や大阪で活躍していた
俳優たちが、羽を伸ばして新浜の女性たちとの
浮名を流しているとたびたび報道されていますから、
かなり昔から関西の奥座敷として
旦那衆の息抜きの場として利用されていたようですね。
古い建物のいくつかはそのままで、そこここに
花街として殷賑をきわめた名残が残っています。