八鬼山“悲恋物語”
更新 : 2011/9/10 10:47
熊野市の北隣り、
尾鷲市で昔から歌い継がれている民謡に「尾鷲節」があります。
今日は、尾鷲節の一節(歌詞)が生まれた悲話に触れてみたいと思います。
“西国第一の難所”と呼ばれた険しい峠、
八鬼山の北側の麓にあるのが尾鷲市矢の浜。
そして、反対側南の麓にあるのが尾鷲市三木里です。
今から百数十年前、腕のいい宮大工として知られていた
高芝佐衛門之丞は、弟子を連れて矢の浜から三木里へと出かけました。
三木里にある神社の普請を行なうために。
毎朝、水で全身を清め、宮普請に務める。
神聖な神社の普請が終わるまでは。
もちろん、恋愛などご法度の時代だったのです。
ところが、弟子の一人喜久八(きくはち)が、
三木里村の庄屋の娘・お柳と恋仲になってしまったのです。
二人は、他人の目をかすめながら逢引を重ねていました。
しかし・・・
あと少しで宮普請が終わる頃、とうとう棟梁にそのことが
知られてしまったのです。
「大事な大事な宮普請の最中に・・・おまえは・・・
よりにも寄って、庄屋様の娘に手をだすとは・・・。」
棟梁は、喜久八の小指を切り落とし庄屋に詫び、
喜久八は大工小屋を追い出されてしまいました。
恋仲を引き裂かれてしまった喜久八とお柳。
二人の住む矢の浜と三木里の間には、八鬼山があります。
愛しい人に遭いたくても遭えない・・・
そんな二人の姿を見るうちに生まれたのが、
“ままになるならあの八鬼山を
鍬(くわ)でならして通わせる”
という2番の歌詞なのだそうです。
By まつ
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