新しい年を迎える準備の一つに「しめかざり」があります。お正月になると家々の玄関先等に飾られますが、その形、じっくり見たことがありますか?
しめかざり研究家・森須磨子さんは、日本各地のしめかざりを求めて旅し、作り手の話を聞きながら、20年にわたって研究を続けています。これまでに森さんが全国で出会った「しめかざり」について、お聞きしました。
昔、しめかざりは家々で作っていたので、本当に多種多様。ぜひ、森さんに教えてもらった、しめかざりの特徴を参考に、ご自身の住む町や出身地のしめかざりを見てみてください。
※写真・図はすべて©SumakoMori
「しめかざり」とは
しめかざりとは、お正月に「トシガミ様」を迎える準備として、家の内外に飾りつける藁(わら)でできたお飾りのこと。玄関用はもとより、神棚や台所、床の間、車など飾る場所によっていろいろな種類があります。
しめかざりは、今でも神社の御神木などに見られる「しめ縄」から派生。古来、「しめ縄」は、神が占有する場所などを示し、のちに結界や魔除けの性質も帯びるように。
お正月には家の周りにしめ縄を張り巡らせ、邪気を払ってトシガミ様を迎えていたのですが、次第にそのような風習も少なくなり、近世になると、しめ縄を造形した「しめかざり」が生まれました。
しめかざりの主な形5種類
複雑な形に見えるしめかざりでも、その構造をみてみると、多くがこの5つのいずれかに分類されます。その5つの形をご紹介します。
「牛蒡(ごぼう)じめ」系
野菜のゴボウみたいに長くてまっすぐ。一定の太さに綯った形。
「大根じめ」系
牛蒡じめの中央を太くしたもの。この両端を細く長く綯ったものを「両じめ」「両端じめ」と呼ぶこともあります。
「玉飾り」系
藁(わら)の縄を輪の形にしたもの。その輪は一重、もしくは幾重にもなることも。多くは“サゲ”といわれる藁(わら)を垂らします。
「輪飾り」系
細く綯った縄を、小さく丸くしたもの。飾る場所が限定されず、汎用性が高い形です。
「前垂れ」系
藁(わら)をのれん状に垂らした形。
次に、森さんがこれまでに出会った「しめかざり」の中で、各地方で見聞きした形の特徴や印象を教えてもらいました。(※全国には森さんが未調査の土地も多く、その土地を代表するしめかざりというわけではありません)
北海道・関東地方
関東では、玄関飾りとしては玉飾り系が主流。
その理由の一つとして、昔、東京東郊の農村はしめかざりの製作がさかんで、村ごとに専門とするしめかざりがあったと聞きました。昭和40~50年頃に、しめかざりの仲介人は作り手を増やす目的に、東京の職人を近隣県へ派遣し、指導していたという歴史もあるようです。
また、北海道でも、スゲを輪の形状にした玉飾り系のものが多く、「おかめ」の面など、紙などでできた縁起物で華やかに装飾。橙(だいだい)などの生ものの装飾をつけることは少ないように感じます。
北海道は広いので一概には言えませんが、職人さんへのインタビューなどを通じて、しめかざりの素材として稲わらでなく、スゲを用いたものが多くあります。調べてみると、開拓時代に稲わらが十分に確保できなかった名残りのよう。
東北地方
東北の日本海側は「両じめ」系、太平洋側は「玉飾り」系が多い印象だといいます。
宮城県で出会った「ホシノタマ」と呼ばれるしめかざり。ホシノタマとは、なんでも願いを叶えてくれるという不思議な玉「宝珠」のことです。藁(わら)を表面に巻き付ける手法が特徴的。
藁(わら)の綯い方にも特徴があって、一般的なものと比較すると、縄目に対して垂直にまかれています。使用する藁(わら)が少なくて済むので北の土地で多いのかも…という職人さんもいました。
中部地方
中部地方では、牛蒡じめ・大根じめ系統が増える印象です。長野の近隣県では、牛蒡じめを縦型に飾っていることも。
縁起物を象ったものもあり、岐阜県では「蛇」、石川県では「亀」を象ったしめかざりに出会いました。写真のように、橙で亀の頭を表現するものもありました。
近畿地方
関西地方を歩いた感じでは、いっけん玉飾り系が多いように感じますが、主流は牛蒡じめ・大根じめ系統の印象。
牛蒡じめ・大根じめに、“サゲ”といわれる藁(わら)束を垂らした形が定番で、「エビ」と呼ぶことも。このほか、「蛇」(滋賀県)、「馬」(三重県)などを象った形にも出会いました。
写真のように、藁(わら)束を和紙と水引で包むことは、関西圏でよく見られるといいます。
中国・四国地方
中国地方は玉飾り系で、輪が幾重にも重なる「宝珠」(広島)、「鶴亀」(島根)などに出会いました。
岡山~鳥取を結ぶルートに見られた「眼鏡型」が、興味深い。
「先を見通す」縁起物でもある眼鏡は、左右の輪の綯い方が異なっています。岡山市から、内陸の新見市を経由して鳥取市へ移動すると、眼鏡の太さや丸さが変化していきました。
香川にも眼鏡型がありました。
四国では全般的に、牛蒡じめ・大根じめ系統がよく見られます。
徳島や高知などでは「海老」の形、香川では「宝船」の形のしめかざりが見られました。愛媛では「輪」の形も多く、中予地区では「杓子型」、南予地区では“サゲ”が二束のものも。
「瀬戸内海には島が多く、私の調査も行き届いていません。その島独自のしめかざりが隠れている可能性は大いにあるエリア」と森さんは著書に記しています。
九州地方
長寿の象徴で、穀霊神としての側面もある「鶴」。九州地方では、そんな「鶴」をかたどったしめかざりに多く出会えました。丸形の鶴や、前垂れ状の鶴、大根じめをアレンジした鶴など、そのバリエーションは豊富。なぜ九州に鶴が多いのか、理由はわかっていないそう。
熊本・宮崎・沖縄には、両じめ系も多数。宮崎・高千穂の夜神楽が有名であるため、装飾として神楽の面をつけることも。
沖縄では、しめかざりに炭と昆布をつけて「たん(炭)と喜ぶ(コンブ)」の語呂合わせもあるといいます。
しめかざりの飾る期間としまい方
飾る時期については、森さん曰く
「絶対こうでなければならないというのはありませんし、家によっても違います」とのこと。
29日を「二重苦」、31日は「一夜飾り」として嫌う家もありますが、絶対31日に飾るという家もありますし、一概には言えないそうです。
一方、はずす時期についても、一般的には関東では7日、関西では14日くらいまでと言われていますが、それも「家ごとによる」とのこと。
はずしたしめかざりは、神社で正月飾りを燃やす行事「どんど焼き」で焼いてもらったり、行事のない地域でも、神社の納所に持参したりすれば大丈夫。
「『正しさ』は家や地域によって異なります。習俗とはそういうものです」。
まとめ
ゆく年とくる年を結ぶ「しめかざり」。
年末になると当たり前に玄関先に飾っていましたが、今回、森さんに教えてもらって、初めて気づくその姿や形でした。
森さんのおすすめは、しめかざり探訪。
「気が向いたら、皆さんも自宅の近所などで、探訪してみませんか。今年飾ったしめかざりの装飾をめくってみて、隠れていたわらの形を観察してみてください。すごく手がこんでいることがわかり、楽しいですよ!
また、その各土地の気候風土に注目して欲しいです。『日本の正月』と一言で言っても、土地によって雰囲気が全然違います。
大晦日の三日前くらいは、歳の市などで、しめかざりの作り手さんが売っているのを探してコミュニケーションをとりながら話を聞くのも楽しいですし、正月になってしまったら、家々の飾りを観察しても楽しめます。
あと、老舗旅館やデパートなどのしめかざりは豪華なものもあり、見て歩くのも楽しいですよ!」と醍醐味を語ってくれました。
まずは近くから。今年、みなさんの近くにある「しめかざり」はどのような形でしょうか?ぜひ観察してみてくださいね。
【参考文献】
森須磨子著『しめかざり~新年の願いを結ぶかたち』工作舎、2017年
表紙のしめかざりは広島市で出会った、願いが叶うとされる「宝珠」の形だそうです。
■しめかざり研究家 森須磨子(もり・すまこ)
香川県生まれ。武蔵野美術大学大学院造形研究科修了。同大学助手を経て、2003年に独立。グラフィックデザインの仕事を続けながら、全国各地へしめかざり探訪を続ける。しめかざり関連の執筆、講座、展覧会企画など活動多数。2017年、武蔵野美術大学にしめかざり269点を寄贈。著書に、『たくさんのふしぎ傑作集 しめかざり』(福音館書店)、『しめかざり〜新年の願いを結ぶかたち』(工作舎)がある。
じゃらん編集部
こんにちは、じゃらん編集部です。 旅のプロである私たちが「ど~しても教えたい旅行ネタ」を みなさんにお届けします。「あっ!」と驚く地元ネタから、 現地で動けるお役立ちネタまで、幅広く紹介しますよ。