Shotaさんの愛知県〜広島県の旅行記
愛知・奈良・大阪・姫路・岡山・広島の旅と佐伯祐三展(大阪市)
- 1日目2023年5月26日(金)
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15:00-15:00
賀茂神社は天平元年(729年)山城国加茂別雷神社を勧請し創建されたと伝わる。加茂別雷命を主祭神とする。 駐車場付近にいちごや野菜の市が出ていた。
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15:00-15:00
本殿は一間社流造、檜皮葺。間口3.42m。棟札により寛永元年(1624年)建立とされている。
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15:00-15:00
「潜みの大楠」 元亀4年(1573年)野田城(新城市)救援に出撃した家康が武田勢に追われ、この楠の空洞に身を潜めて危機を脱したと伝わる。
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15:00-16:00
「賀茂しょうぶ園」は賀茂神社境内と市有地に1970年開園。江戸系、伊勢系、肥後系の三系統300種、3万7,000株のハナショウブが植えられている。
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15:00-16:00
紅く塗られた「太鼓橋」の周辺に咲くハナショウブの花弁が、比較的年齢層の高い来園者たちを楽しませていた。
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15:00-16:00
ハナショウブ。色合いがシャガにも似ている。
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キショウブ。ハナショウブには白、桃、紫、青、黄など、絞りや種々の組み合わせを含めると5,000種類はあるという。
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15:00-16:00
ハナショウブ。「いずれアヤメかカキツバタ・・・」
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16:00-16:00
神山古墳(豊橋市)
「神山古墳」は直径28m、高さ3.5mの円墳。6世紀前後の造築と考えられ、「竜神古墳」とも呼ばれている。
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16:00-16:00
西川城址(豊橋市)
西川城は天文期(1532-55年)西郷清員が五本松城の支城として築いたとされている。清員は松平清康、今川義元、徳川家康に仕えた。
- 2日目2023年5月27日(土)
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08:00-08:00
「九華公園」は桑名城址を公園として整備したもの。堀が公園の約6割を占め、多数の橋が架けられている。園内には、ソメイヨシノ、しだれ桜、ツツジ、ハナショウブなどが植わっており、花の名所でもある。
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08:00-08:00
桑名築城は文治2年(1186年)鎌倉幕府の命による伊勢平氏の桑名三郎行綱に始まるとされる。慶長6年(1601年)徳川四天王の一人、本多中務大輔忠勝が入府、巨大な平城を十年近くかけて築いた。『日本城郭大系 10』
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08:00-08:00
九華公園入口に建つ本多忠勝像。忠勝は築城のみならず、現在の桑名市街地形成の土台を造った。
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08:00-08:00
鎮國守國神社は天明4年(1784年)桑名城本丸址に創建。松平定綱(鎮國公)、松平定信(守國公)を祀る。
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08:00-08:00
本殿を見て戻ろうとすると、頭上でカァ! かなり大きなカラスが襲ってきた!よほど気が立っていたとみえる。
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11:00-11:00
天理ダム(天理市)
「天理ダム」は洪水対策・上水道用水供給など、多目的ダムとして布留川上流に昭和54年(1979年)完成。
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11:00-11:00
天理ダム(天理市)
ダム周辺には「レイクパーク」「ダム風致公園」などが設けられ、ソメイヨシノやヤマザクラが約900本植えられている。
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12:00-12:00
「桃尾の滝」は高さ23m。布留川の上流に位置し、『古今和歌集』に御嵯峨天皇や遍昭が「布留の滝」と詠んだといわれる。一帯は桃尾山蓮華王院龍福寺という密教寺院の境内であった。
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12:00-12:00
滝の左側に不動三尊磨崖仏、如意輪観音、右に不動明王が据えられている。空海によって開かれた真言密教の道場である滝で、白装束に身を包んだ男女が滝行に励んでいた。
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13:00-13:00
住吉大社の創建は神功皇后摂政11年と伝わる。大阪湾の方角に面して建てられ、海の神・筒男三神と神功皇后を祭神とし、航海の神、湊の神として祀られた神社である。
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13:00-13:00
社殿は、本殿四棟が古式直線形の破風をもつ「住吉造」と称される古代日本の建築様式。全国にある住吉神社の総本社である。
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13:00-13:00
参道入口にある「遣唐使進発の地」の顕彰碑。正面には住吉津を船出する四艘の遣唐使船、背面には解説文と古代住吉の景観図が描かれている。遣唐使船には住吉大神が祀られていたとされる。
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13:00-14:00
大阪中之島美術館(大阪市)
大阪中之島美術館は2022年開館。佐伯祐三を中心とする近代・現代美術及び大阪と関わりのある近代・現代美術の作品と資料を収集・展示する。
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13:00-14:00
大阪中之島美術館(大阪市)
今年の1月-4月、東京ステーションギャラリーで開かれた「佐伯祐三 自画像としての風景」展が、佐伯の出身地大阪でも開かれるとあって今一度訪れた。
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佐伯祐三展
「自画像」1923年、油彩、カンヴァス。東京美術学校の卒業制作。佐伯が当時共感を示していた中村ツネの代表作《エロシェンコ氏の像》からの影響が指摘される。「図録」
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佐伯祐三展
「オーヴェールの教会」1924年、油彩、カンヴァス。本作品はオーヴェールを再訪した際に制作された。ゴッホの最晩年の作とほぼ同じアングル、構図で描いており、ゴッホへのオマージュといえる。一方、表現、色彩においては独自の造形を模索している。「図録」
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佐伯祐三展
「壁」1925年、油彩、カンヴァス。壁に書かれた文字を丁寧に写し取った作品。一つの建物をクローズアップして真正面から描き出すという、第一次パリ時代に佐伯が確立したスタイルの代表作とされる。「図録」
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佐伯祐三展
「蟹」1926年頃、油彩、カンヴァス。茹でたズワイガニを描いた本作は、帰国中の佐伯が姉の家で制作した珍しい静物画。30分で蟹の形態を見事に描いた後、佐伯はそれを一人でたいらげたという。「図録」
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14:00-17:00
セミナー会場(大阪市)
最終回ということもあり、会場にはゆとりをもって到着。ところが、他のプログラムの関係で集まりはまばら…。ともあれ定時に始めて無事終了!
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18:00-18:00
手打ちうどん 錦
「錦」は本来手打ちうどんの店。入ってみると、メニューがたくさん!迷いにまよって、うどんではなく、上ちらしをいただく。結構!
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19:00-23:00
ホテルサンシャイン青山(姫路市)
ホテルサンシャイン青山は姫路市郊外にある、ゴルフ場付属?のビジネスホテル。思ったより早く着いて、早速フロに! 小型の冷蔵庫が入口脇にあるのが少々不便・・・。
- 3日目2023年5月28日(日)
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ホテル サンシャイン青山(姫路市)
比較的よく眠って朝ブロに。簡単な朝食を済ませて7時すぎに出発。
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08:00-08:00
「羅漢の里」は西播丘陵県立自然公園内の羅漢渓谷にあるキャンプ場。周辺には戦国期に造られた瓜生羅漢石仏(十六羅漢)や感状山城址などがある。
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08:00-08:00
感状山(かんじょうさん)城は鎌倉期に瓜生左衛門尉が築いたとされる山城。一説には赤松則村の三男則祐が築いたともいわれる。則祐が足利尊氏の天下統一を助けて感状を受けたことから、「感状山城」の名があるとされる。『日本城郭大系 12』
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08:00-08:00
城は標高240mの感状山山頂にあった。本丸・郭・石垣・石塁が残る。『日本城郭大系 12』
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08:00-08:00
『太平記』に記してあるように、白旗城は元弘3年(1333年)赤松円心(則村)築いた山城であると認められている。「白旗」は源氏の旗印に由来するという。『日本城郭大系 12』 この指標の他、辿る手立てがなかった。
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08:00-08:00
鞍居神社(赤穂郡上郡町)
鞍居神社は平安初期、宇佐八幡を勧請し創建されたと伝わる。帯中津比古命、誉田別命、息長足姫命を祭神とする。
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08:00-08:00
鞍居神社(赤穂郡上郡町)
拝殿には所せましと絵馬や武者絵が掲げてある。いつの時代の物だろうか?
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09:00-09:00
三石城は正慶2年(1333年)三石の地頭頭であったとされる伊東大和二郎が南朝方に与して築いた山城。郭・土塁・石垣・堀切などが残る。『日本城郭大系 12』
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09:00-09:00
天神山城は享禄5年(1532年)浦上宗景が築いた山城。宗景は、三石城を拠点に播磨国西部から備前国東部を支配した戦国大名・浦上村宗の子である。城は天正5年(1577年)宇喜多直家に攻められ落城する。『日本城郭大系 13』
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10:00-10:00
東大寺は治承4年(1180年)平氏により焼失。翌年、俊乗坊重源が後白河上皇の命をうけ再建を開始。建久4年(1193年)東大寺造営料国となった備前国万富において、瓦約30-40万枚が製造されたと推測されている。
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10:00-10:00
万富東大寺瓦窯址に置かれている、実物の約3倍の複製。
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10:00-10:00
保木城址・百間の石の樋(赤磐市)
保木(ほぎ)城は天文期(1532-55年)浦上宗景の重臣明石飛騨守が築いた山城。城域にある「百間の石の樋」碑。寛文6年(1666年)から元禄期にかけて、津田永忠が池田光政の命により築造した、農業用水取水のための堰の址。
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10:00-10:00
亀山城址(岡山市)
亀山城は天文初年(1532年頃)有力国侍であった中山信正が、天然の要害を利用して築いた山城。信正は後に宇喜多直家の舅になるが、直家に謀殺される。『日本城郭大系 13』
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10:00-10:00
亀山城址(岡山市)
亀山城の歴史は、天文年間の中山期、永禄・元亀年間の宇喜多直家隆盛期、浮田春家(直家の出城)期の三期に大別される。郭・土塁・櫓台・堀切などが残る。『日本城郭大系 13』
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11:00-11:00
砥石城は文明期(1469-87年)宇喜多久家が築いたと考えられている山城。吉井川下流の穀倉地帯、千町平野の南に位置する砥石山山頂部に築かれていた。郭・土塁・石垣などが残る。『日本城郭大系 13』
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11:00-11:00
砥石城を築いた久家の子、能家の代に隣領の島村豊後守により奪われるが、能家の孫、宇喜多直家が奪取。直家は戦国大名に成長し岡山城主となる。『日本城郭大系 13』
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11:00-12:00
セルフうどん だい好き(岡山市)
乙子城址に向かう途中、「セルフうどん だい好き」の幟を発見。迷わず停車。文字通り自分で麺を湯にひたす。トッピングの天ぷらを選んでいただく。ついつい欲張るのがいけない。出汁は関西風より少し薄いがコクがある。瀬戸内風とでも言おうか・・・。ウマい!
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12:00-12:00
乙子(おとご)城は、備前国東半を支配する浦上宗景に仕えていた宇喜多直家が、天文13年(1544年)宗景の命により築いた山城。直家は弱冠16歳で城主となった。『日本城郭大系 13』
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12:00-12:00
乙子城址
乙子城は乙子の吉井川河口に突出する丘陵先端の小山に築かれた山城。「児島湾と上道郡南東部をにらむ臨海性の戦術拠点であった。」郭・土塁が残る。『日本城郭大系 13』
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12:00-12:00
岡山教会(岡山市)
終活という訳ではないが、岡山の教会で牧師をしている卒業生の所に専門書を届けた。何とか活用してくれれば・・・。
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12:00-12:00
烏城とも呼ばれる岡山城の歴史は、現二の丸付近に構えられた国侍の居城に始まる。その後、天文元年(1532年)頃備前国西半を支配した松田氏麾下の金光備前が山城を築いたとされる。『日本城郭大系 13』
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12:00-12:00
永禄期(1558-70年)には、備前の子宗高が居城としていたが、元亀元年(1570年)上記亀山城主宇喜多直家が宗高を謀殺してこの城を奪い、天正元年(1573年)に大改修を施した。直家の跡を継ぎ秀吉に従った秀家は、備前・美作及び備中東部、播磨西部を領有し、天正18年(1591年)から8年かけて近世城郭を構築した。『日本城郭大系 13』
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14:00-14:00
倉敷市内のパーキングエリアで黒のアストンマーチンを見かけた。特徴のあるフロント・マスク! 一枚パチリ!
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14:00-14:00
三原城は天文―永禄期(1532-70年)に小早川隆景が築いた海城。因島村上氏など瀬戸内海上勢力の統御や情報収集の中継基地とした。信長が内海地域西進を推し進めるとその重要性はさらに増した。『日本城郭大系 13』
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14:00-14:00
昭和50年(1975年)山陽新幹線三原駅高架化により、高架が本丸及び天守台址を貫き、城址は分断されている。それでも天守台址を囲む堀を中心に公園ができている。
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15:00-15:00
高山城は建永元年(1206年)頃、小早川茂平が築いたとされる山城。沼田小早川氏は相模国土肥郷より起こった土肥実平に始まる。四代目の茂平は東国から一族を率いて移り、土着させて地盤を固めた。『日本城郭大系 13』
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15:00-15:00
小早川隆景が沼田川を挟んで西の対塁に新高山城を築いて本拠を移すのは、約400年後である。『日本城郭大系 13』 真珠湾攻撃を命じた電文「ニイタカヤマノボレ…」のニイタカヤマはここではなく、台湾にある「玉山」(標高3,952m)。
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16:00-16:00
広島護国神社の創建は明治元年(1868年)、広島城址公園内にある。祭神は、第二次世界大戦までの広島県西部出身の戦死者及び、原子爆弾投下で犠牲になった勤労奉仕中の学徒と女子挺身隊員など約9万2千柱である。
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16:00-16:00
広島城は天正19年(1591年)毛利輝元が築いた平城。太田川河口最大の中州での築城工事は、「島普請」から始めねばならず困難を極め、秀吉が黒田孝高を遣わし、監視を含めて築城の指導をさせたほどであった。『日本城郭大系 13』
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16:00-16:00
関ケ原で敗れた毛利氏に代わって福島正則が入府するも、城の石垣の無断修理を理由に改易され、紀州の浅野長晟が領主となり、その後12代続く。第二次世界大戦時、原爆投下で破壊されたが、昭和32年(1957年)コンクリートの天守閣が復元された。『日本城郭大系 13』
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17:00-18:00
沼田 SA (上り)
広島のお好み焼きならぬ「広島やき」が沼田サービス・エリアで食べられると聞いて寄ってみた。久しぶりだ、確かに旨い!
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23:00-23:00
草津サービス・エリア(上り)
小腹がすいたので、先日食べた「九条ネギきざみうどん」を草津 SA で。昆布のきいたうすめの出汁と九条ネギにきざんだ油揚げ!やはりうまい! ここで一休み。
愛知・奈良・大阪・姫路・岡山・広島の旅と佐伯祐三展(大阪市)
1日目の旅ルート
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