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沖縄の世界遺産のご紹介3:勝連城跡(その1)
更新 : 2020/3/7 16:53
はいさい!「琉球ナビゲーター」の儀間です。
前回まで琉球王国成立の過程に「今帰仁城」や「座喜味城」がどのように関わっていたかご案内しました。
1429年、尚巴志は沖縄本島にあったもうひとつの王国「南山王国」を滅ぼし、ここに「琉球王国」が誕生します。
北山王国、南山王国は滅亡しましたが、表向きは尚巴志に忠誠を誓ってはいますが、大きな勢力を持った豪族が各地にいました。
その中の二大勢力が「護佐丸」と勝連半島を治めていた阿麻和利(あまわり)です。
今回はその阿麻和利の居城「勝連城」をご紹介しましょう。
勝連半島の丘の上に勝連城はあります。一番外側の城壁は現在途中で途切れていますが、大きくて立派な城であったことがうかがわれます。
井戸など生活に必要な施設が城内に点在しており、御嶽もあります。
立派な石造りの門から城内に入ると大きな基壇が残る二の曲輪があります。
基壇からして立派な建物がここにあったことがうかがい知れます。
当時、首里城でさえ板葺き屋根であったのに、勝連城跡からは瓦も発掘されていて、往時の繁栄がしのばれます。
基壇奥の崖には鍾乳洞の入口が口を空けています。戦時、非常の場合はここに逃げ込んだと言われています。
石段を登ったさらに上の曲輪からは美しい海が見渡せます。ここにある琉球石灰岩の岩には縦に穴がのびています
この穴は二の曲輪の基壇後ろにあった鍾乳洞と繋がっているという伝承が残っています。
次回は勝連城とその最後の城主となった阿麻和利についてご紹介したいと思います。
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