宿番号:329012
年の境を守るということ
更新 : 2025/12/29 18:17
年の終わりが近づくと、旅館という場所は、少しだけ空気が変わります。
ただ新年を祝う為ではなく、無事に一年を終え、無事に次の年を迎えるための時間が、静かに流れ始めるからです。
私たち旅館にとって、門松は単なる正月飾りではありません。
お客様を迎える前に、まず宿そのものを整え、年の境を守るための設えです。
宿は、人の人生の途中に、ほんの一夜、或いは数日だけ寄り添う場所。
だからこそ、節目に乱れがあってはならない。
門松には、そうした宿の覚悟が映し出されます。
コロナ禍が落ち着いたある年の年末。
毎年お願いしていた門松の業者さんが、クリスマスを過ぎても一向に連絡がない、という事態が起きました。
電話もつながらないし折り返しもない。
時間だけが何事もなかったかの様に過ぎて行く。
――門松が間に合わない。
年末の忙しさ以上に、「守るべきものが整わないかも知れない」という不安が、静かに広がって行きました。
旅館は、「年が来るのを待つ場所」ではなく、年を迎える準備を、整えておく場所です。
年の変わり目に、何事もなかったように扉を開けられるかどうか。
それは偶然ではなく、日々の判断と備えの積み重ねです。
門松が間に合うかどうか、色々と確認を致しましたが、殆どの業者さんが「間に合いません」「終わりました」などと言うお返事ばかり。
唯一、年末ぎりぎりのところで助けてくださったのが、現在お願いしている業者さんでした。
事情を汲み取り、慌ただしい中でも、誠実に、確実に。
門松が据えられた瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、静かに解けて行きました。
後日、気持ちが落ち着いてから、連絡が取れなくなった御殿場市の業者さんのところを訪ねましたが、そこに店はなく、看板も、痕跡も、何も残っていませんでした。
その光景を前にして、強く思いました。
宿は、もしもの時を想定し、備えておかなければならない。
それは不信ではなく、責任なのだと。
来年は、60年に一度の丙午(ひのえうま)。
年運の力が強いとされる年だからこそ、迎え過ぎず、拒まず、静かにお客様と年を迎える門松…として令和8年の門松を仕立てていただきました。
宿を守るとは、派手に構えることではなく、静かに、確実に、整えておくこと。
今年も門松の前で、その責任と有難さを、あらためて噛みしめています。
桐谷箱根荘 女将
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