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    【原爆ドーム保存工事】 令和3年2月8日

    更新 : 2021/2/8 0:23

    皆様こんにちは!

    厳島神社の朱の大鳥居修理工事の真っ最中ですが、もう一方の世界遺産、広島市内の原爆ドームでも、現在囲いを設けた保存工事が行われています。
    今日はもう一つの修理工事と言える、原爆ドームの模様をお伝えします。

    原爆ドームは、1915年(大正4年)8月5日に「広島県物産陳列館」として完成しました。
    広島市が急速に発展する中、経済規模の拡大とともに、広島県産の製品の販路開拓が急務となり、当時広島市内で有数の繁華街で、水運と陸運の拠点であった元安川の岸辺に建設されました。
    設計はチェコ人の建築家、ヤン・レッツェル。ドームの先端までの高さは約25メートルある、洋風の建物でした。レッツェルは宮島ホテル(1917年竣工。現存せず)の設計も手がけています。
    物産陳列館は、各種展覧会や品評会の会場として重宝され、広島の文化拠点として大活躍でした。後に「広島県産業奨励館」と名を改めます。

    1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分
    産業奨励館のほぼ真上約600m地点で、世界初の原子爆弾が炸裂します。
    当時繁華街として賑わっていた周辺一帯は瞬時にして焼け野原となり、人も建物も跡形もなく消えてしまいました。
    が、産業奨励館だけは中央のドーム部分だけ残りました。
    原爆の衝撃波が真上から来たためとも、窓が多く爆風が吹き抜けたためとも言われています。

    戦後、平和記念公園と一体で整備が進められ、紆余曲折を経て「原爆ドーム」として保存されることになりました。
    そして1996年12月。厳島神社と共に、世界遺産(文化遺産)として登録され、現在に至ります。

    原爆ドームも大鳥居同様に足場で覆われていますが、シートの使用は最小限に抑えられているので、姿形をはっきりと見て取れます。これは広島市が業者に依頼した為とか。
    保存工事の内容は以下の通りです。
    ・劣化部分及び補強金物の補修
    ・ドーム部分及び補強鋼材の塗装
    特にドーム部分の塗装は、被爆当時の色を復元するとの事です。

    原爆ドームの保存工事はこれまでにも4回行われており、亀裂や劣化の補修の他、耐震強化も施されています。
    戦争の悲惨さを後世に伝え、恒久平和のシンボルとして、いつまでも存在してほしいです。

    原爆ドームの修理工事は、本年3月まで行われます。
    対して朱の大鳥居の修理工事の方は未定のまま。
    宮島観光協会のHPによると、あと2〜3年かかる見込みとか・・・

    原爆ドーム前にある古写真です。かつて「広島産業奨励館」と言われていた時代の物です。
    かなり大きく威容に満ちた建物であったことが分かります。

    同じ場所にある、被爆直後の写真です。
    原爆ドーム以外、本当に何もなくなってしまいました。
    戦争や原爆の恐ろしさを伝えるとともに、原爆ドームが今に伝わった事が、大変な奇跡であった事を感じます。

    現場には、今回の保存工事の概要も記載されています。

    景観に配慮し、極力姿を隠さない形で進められた、今回の保存工事。
    この日もまばらでしたが、原爆ドームを一目見に足を運ぶ方がおられました。
    余談ですが、私共の系列「ホテルリブマックス広島平和公園前」は、原爆ドームから元安川沿いを歩く事5分程度の距離です♪

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