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宮島の恩人 平清盛をポジる♪
更新 : 2021/3/18 21:58
皆様こんにちは!
3月20日(旧暦の閏2月4日)は、平清盛の命日です。
平清盛は宮島の歴史には欠かせない人物で、厳島神社を現在の姿にしたのも、舞楽や舟遊び(管絃祭)など、都の文化を宮島にもたらしたのも、全て平清盛です。
表参道商店街は、「清盛通り」とも言われています。
3月は平清盛関連のイベントが目白押し。
まずは3月20日に行われる「清盛神社祭り」
午前11時からの清盛神社での祭典後、正午から嚴島神社高舞台で舞楽が1曲奉奏されます。
翌週3月28日には、平安衣装をまとった行列が町内を練り歩く「宮島清盛祭り」
、、、のはずが、こちらはコロナ禍で中止が決まり、寂しい限り。
平清盛と言えば、身分の低い武家から位人心を極めた為、成り上がりの暴君とか、権力に執着した傲慢な性格の持ち主だという評価が定着していました。
実際、法皇幽閉等の強権発動もしてますし、「平家に非ずんば、人に非らず」は、正にその典型です。
しかし、実際の平清盛は、温厚で情け深い人物であったともいわれており、エピソードから掘り下げて、ポジりたいと思います!
清盛は、源義朝の子の頼朝や義経を殺さずに、流罪や仏門入りで済ませたことが災いして、後に平家が滅びますが、継母や関係者の情けに耳を傾けた結果です。
また、「にこやかに笑い、怒鳴らない」「従者が朝寝坊しても、そっと床から抜け出して寝かせ続けた」「最下層の召使いでも、家族や知り合いの前では一人前の人物として扱った」等の逸話が記されています。(十訓抄)
若い頃に世話になった者の息子が苦境に陥っていることを知って援助を申し出るなど、義理堅い一面も描かれています。(平家物語)
暴君とは程遠い、義理人情に厚く、人を見下したり侮る事がなく、大らかな人物像が浮かび上がってきます。
政治面では、日宋貿易での財政基盤の開拓、宋銭で通貨経済の基礎構築、貿易を見据えた港湾都市福原(現神戸)の開発、公共事業の推進、行き詰まった貴族政治の打破、そして日本初の武家政権樹立など、その優れた先見の明で、日本史に残る功績も残したのです。
歴史は勝者が作る物。
江戸幕府の開祖・徳川家康がたぬき親父に化けたように、平清盛もまた悪く描かれた部分もありますが、最近では昨年の大河ドラマの影響で明智光秀のイメージが変わったように、宮島の恩人である平清盛が正当に評価されるよう願っています。
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