宿・ホテル予約 > 広島県 > 広島・宮島 > 宮島・廿日市 > リブマックスリゾート安芸宮島のブログ詳細

宿番号:340781

【日本三景宮島】〜世界遺産厳島〜を望む「源泉天然温泉」絶景温宿

神の湯
宮島口桟橋よりフェリーで10分→桟橋から徒歩にて厳島神社方面へ約10分※タクシーのご利用は8:00〜18:00

リブマックスリゾート安芸宮島のお知らせ・ブログ

宿泊施設ブログ

  • 施設のおすすめ

    広島と徳川家康 「広島東照宮と開府当時の広島」

    更新 : 2021/4/5 0:01

    こんにちは!

    桜の名所は宮島だけではなく、広島市にも沢山あります。
    そのうち、広島駅北口近くの広島東照宮や、二葉の里の桜並木も見事です。
    これらは広島東照宮創建以来、形を変えつつも今に残されています。

    広島東照宮は、徳川家康を祀った神社です。
    言わずと知れた戦国三英傑の1人で、江戸幕府初代将軍。
    1542年に三河の岡崎(愛知県)で生まれ、浜松、駿府(静岡県)と拠点を移し、豊臣秀吉の命令で江戸(東京都)に異動になり、関ヶ原合戦に勝利の後に江戸幕府を開き、晩年は駿府に戻って、1616年に生涯を終えます。

    ん?
    徳川家康と広島って、何か関りがあるの?

    広島東照宮は、家康33回忌の1648年に藩主浅野光晟が建立。
    世界遺産の日光東照宮が江戸城の鬼門であるのと同様、広島城の鬼門、二葉山山麓に建てられました。
    光晟の母は家康の娘で、家康の孫です。偉大な祖父を敬っての事でしょう。
    似たような事例は全国にあり、北は函館から南は長崎まで、各地に東照宮は点在しています。

    ただ、実は家康自身は広島に来ており、その時の証言から、開府当時の広島の様子が解るのです。

    広島は、1589年に毛利輝元が太田川河口の中洲に作った城下街。
    関ヶ原後に広島を治めた福島正則により、山側(現在の安佐南区)の街道を広島城下に移して、流通を発展させたというのが定説でした。この街道は西国街道として、関西と九州を結ぶ幹線道路となります。

    広島開府4年後の1593年2月2日(今の3月4日)。肥前名護屋(佐賀県唐津市)に向かう途中、徳川家康は広島の地に足を踏み入れ、城下の町家に宿泊します。
    そこで、出発の順番争いしていた上杉景勝と前田利家を調停したとあります(慶長年中卜斎記)

    広島城下には、開府当時から街道が通っていたとの説もあり、家康の逸話がそれを裏付けています。この時広島にいた軍勢は、徳川・上杉・前田勢合わせて2万8千。
    また豊臣秀吉の本隊も広島を通っており、広島市東区には秀吉お手植えの並木松(三本松)が、旧街道沿いに残っています。

    これだけの大軍を受け入れた広島は、初めから重要な陸海運の拠点として整備され、それを福島や浅野のお殿様が拡張して、今の広島市に至るとも考えられるのです。

    ただ流石の家康も、宿泊しただけの広島に自分が祀られるとは、思わなかったでしょうね。
    家康を偲ぶ広島東照宮の桜は、今年も変わらず見事に咲いています♪

    広島東照宮は、二葉山山麓に1648年に創建されました。
    本殿や拝殿などは、原爆の爆風により一度消失しておりますが、石段上の唐門や翼廊はかろうじて残り、被爆建物として残っています。

    東照宮下の二葉の里には、桜並木が整備されております。
    ここ数日の陽気で、既に満開の模様です♪

    こちらは江戸時代の広島東照宮の様子です。
    既に東照宮から参道にかけて、桜並木が整備されていたことが分かります。

    同じく戦前の広島東照宮と参道の様子。
    満開の桜並木が見事です!

    日光東照宮同様、広島東照宮にも奥宮があります。
    金光稲荷神社の赤鳥居を抜けて山登り。
    途中の辻辻で「徳川家康公遺訓」が掲示されているのがいいですね♪
    人の一生は、重き荷を背負うて遠き道をゆくが如し。
    急ぐべからず!

    奥宮からは、広島市街が一望できます♪
    広島市街の先、広島湾の海の彼方に見える島が「宮島」です。
    家康が広島を訪れた当時、海岸線は今の平和大通り付近と考えられるので、広島市は400年で倍増したことになります!

    こちらが広島東照宮の奥宮。
    実は、ここまできたら、二葉山山頂までは歩いて直ぐなのです!
    お時間がある方は是非挑戦してみてください!

    で、こちらが二葉山山頂です。
    標高139mと、やや小ぶりですが、遮るものなく広島市街地や広島湾の島並みなどの絶景が広がります。ちょっとしたハイキングにオススメです。
    正面右の小山は「黄金山」で、同じく広島市の桜の名所として有名です。
    実はその昔は仁保島という島だったのが、埋め立てで地続きになりました。

    二葉山山頂のシンボル「仏舎利塔(平和塔)」です。
    人類の幸福と戦争のない世界の恒久平和念願と、原子爆弾の犠牲者の冥福を祈るため、1966年に建立されました。
    塔内には、インド、セイロン国(現スリランカ)、モンゴルから贈られた仏舎利が一粒がずつ奉安され、正面の仏像はセイロン国から贈られたものです。

    こちらは広島市東区尾長にある「三本松」です。
    1593年。豊臣秀吉が大阪へ戻る途中の広島で、街道沿いに並木を整備したと伝わります。
    時を経てこれらの松の内3本だけが残った為、今では「三本松」と言われています。

    関連する周辺観光情報

宿泊のご予約はこちらから

料金・宿泊プラン一覧

お電話でご予約される場合は、宿泊プランをお選びください。