さとけんさんの神奈川県〜静岡県の旅行記
【足柄峠から】足柄・小山・御殿場・三島・裾野と周る小旅行【裾野市中央公園まで】
- 1日目2018年4月13日(金)
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南足柄市の竜福寺という交差点から県道78号線のつづら折りの道をドライブしてきました。朝の7時に足柄峠に到着です。神奈川側に朝日を受けて光っているのは相模湾、やや左に江の島が見えます。
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そして静岡側には雪をいただく富士山が見えます。足柄峠です。
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県道78号線は、くねくねとしたかなりの勾配の道です。ごく最近に舗装しなおされたようで、私がドライブした時は対向車もなく、後ろから追われることもなく、快適なドライブが楽しめました。
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足柄峠は標高759m、古くから都と東国を結ぶ官道が通り、交通の要衝でした。現在は国道246号線、東名高速道路、国道1号線、JR東海道本線、JR御殿場線と、足柄峠を通過しないルートが沢山できましたので、足柄峠は交通の要衝ではなく富士山が綺麗に見える観光スポットとして知られているようですね。
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足柄峠の神奈川側には足柄万葉公園があり、静岡側には足柄峠城址公園があります。足柄万葉公園には万葉集に記載のある足柄峠の歌が案内されていました。「防人の任期は三年だが、当時の防人の宿命として、再び故郷へ帰ることが困難であった云々」という説明を読んで、しばし妄想します。インターネット上での防人についての『徴集された防人は、九州まで係の者が同行して連れて行かれたが、任務が終わって帰郷する際は付き添いも無く、途中で野垂れ死にする者も少なくなかった』などという情報に触れますと、そりゃあ地図も無い、食料もない、道もわからないから官道を外れれば迷子になるだろうし、道を間違えればどれだけ距離を無駄に歩かねばならぬか、山賊も盗賊もいる道中、無事に帰ってこいと言う方が無理でございます。なんと過酷な時代をご先祖様は生きられてきたことでしょうか。
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足柄峠の静岡側、城址公園近くの辻に新羅三郎義光吹笙の石という史跡があります。「笙(しょう)」という雅楽の楽器を習得していた新羅三郎(八幡太郎義家の弟)が足柄峠を越えて戦地に赴く際、自分が修得した笙の秘曲が自分の戦死で消滅してしまうことを恐れて、豊原時秋という人にその秘曲を伝授したと伝わる話の舞台とされる石です。この史蹟の隣りに自動車を数台停められるスペースがあります。
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新羅三郎義光吹笙の石から少し坂を下ると聖天堂があります。こちらの御本尊は高さ1.8mもある等身大の大聖歓喜双身天ということです。
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御本尊の案内板です。残念ながら秘仏ということで、拝見することはできません。
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聖天堂の近くに足柄の関跡の案内板や木柱があります。関が設置された場所や規模などはわかっていないそうです。
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足柄の関の木柱と写真撮影用のボードでございます。
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足柄の関の木柱近くには、足柄道・足柄古道の案内板と道そのものがあります。802年の富士山噴火で一時的に足柄道は使用されなくなったということですから、それ以前には既に足柄路・足柄道が使用されていたということになりますね。
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そしてこちらは足柄古道の雰囲気を少しだけ味わってみようと、足柄古道を足柄の関から50mほど下った場所であります。写真ではわかりづらいのですが、峠の頂上近くということもあり、勾配のきつい道になっています。高野山の町石道(ちょういしみち)に雰囲気が似てるなと思いました。
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足柄峠城址公園に行ってみます。入り口は急な階段を上ります。
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おお、おおー。富士山が綺麗に見える場所ですね。入り口の急な階段を上ると草が綺麗に刈られた芝地になり、城址公園といっても特に何が遺っているわけではないのですが、ほんの少し視点を動かすと、富士山が見えてきました。
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おお。これは素晴らしい。緩やかで長い稜線、広い裾野、いい景色です。しばし時を忘れます。
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足柄城は戦国時代の1500年代にこの地にあった山城ですが、そこに詰めていた人々も、この富士山と、写真の金時山など、この景色をみていたのかなーと、しばし私の妄想の時間となりました。
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さて、足柄峠から対向車が来たらすれ違えるだろうかという細い道を通りながら山を下りますと、誓いの丘という場所が現れます。こちらは車が10台以上はとめられるであろら砂利敷きの駐車場と、鐘、ハート形のモニュメントがあります。鐘を鳴らしますと、自分が思っていた以上に大きな音がなって、ビクッとしました。
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足柄峠をJR御殿場線の方へ下り、足柄駅の近く、足柄駐在所のほぼ隣あたりに竹之下古戦場の石碑が建っています。特に説明書きなどを見つけられなかったのですが、この竹之下で行われた戦いは、南北朝時代の幕開けとも言える戦いとして、実に重要な出来事であったようです。1336年1月に足利軍と新田軍が竹之下で衝突、この戦いは足利軍が勝利し、足利尊氏は京都に入ったものの2月には新田軍に敗れて九州に下り、3月は攻勢に転じて5月には有名な湊川の合戦で新田義貞・楠木正成を破ったということで、この竹之下の戦い以後6ヶ月が実に目まぐるしく重要であったかがわかるような気がします。
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足柄駅の南にある宝鏡寺にやってきました。趣のある境内ですね。
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竹之下の戦いで焼失してしまった善光寺というお寺の後に1344年に宝鏡寺が創建されたそうで、境内はそれほど広くはないのですが、落ち着いてお参りができる雰囲気です。静かですが、JR御殿場線の近くのため、時折、踏切の音が響いております。
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柔らかな緑の境内で御本尊の地蔵菩薩にお参りしました。
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足柄サービスエリアのぷらっとパークにやってきました。ぷらっとパークは、一般道から高速道路のサービスエリア・パーキングエリアに行くことができるシステムです。足柄サービスエリアのぷらっとパークの駐車場はなかなか広い気がします。
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一般道側の駐車場に車を停めて、歩いてサービスエリア内に入ります。富士山が綺麗に見えます。トイレを使用します。トイレも入れ替わり立ち替わり人が現れ、大盛況でございます。
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足柄浪漫館というのがありましたので、何だろうとエスカレーターを昇りますと、何か空気がモワッとします。入浴施設のようです。
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おお、これは面白い。足湯カフェとありまして、机の下に足湯があります。これは空気も湿気を帯びるはずです。
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私が訪れた際には、足柄浪漫館では焼きそばのペヤングの展示と販売をしておりまして、なんと、こんなに沢山のペヤングがあるのか、見たことも食べたこともないペヤングが沢山展示されております。さて、駐車場に戻り、こんどは上りの足柄サービスエリアのぷらっとパークに行ってみましょう。
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こちら、足柄サービスエリアの上り側のぷらっとパーク、このゲートをくぐるとぷらっとパーク用の駐車場が現れます。なお、この写真のゲートの手前・両脇にも駐車場がありますが、こちらは従業員用・業者用の駐車場の模様ですのでご注意ください。
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午前9時過ぎの足柄サービスエリア、大盛況の下りに比べて上りはいささか閑散としています。ソフトクリームなどのんびりと味わいます。
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ああ、いい空ですね。ここで昼食をとるにはいささか時間が合わないので、ここでお弁当を買って、この先に訪れる公園でご飯を食べようかと思います。
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足柄サービスエリア上り内の崎陽軒で春のお弁当700円を購入。秩父宮記念公園へ向かいます。
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秩父宮記念公園にやってきました。駐車場は一回200円、入園料は300円、御殿場市民の入園料は無料です。
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青空の綺麗な清々しい天気の中、ピークを過ぎたとはいえ桜が綺麗に咲いていて、チューリップなと鮮やかな色彩を添えています。
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秩父宮記念公園は富士山がとても綺麗に見えますね。
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秩父宮記念公園は、昭和16年8月から約10年間、秩父宮両殿下が実際にお住まいになられていたご別邸が平成7年に御殿場市に遺贈され、平成15年4月に秩父宮記念公園として開園しました。写真の銅像は、昭和天皇より贈られた登山服姿の秩父宮殿下の銅像で、朝倉文夫氏(彫刻家)が制作、昭和19年にこちらに移設されたそうです。富士山を望まれるお姿ですね。
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園内は老人会でしょうかね、日本人の団体の方が大勢いらっしゃっていましたが、ゆったりとしたスペースがあって、のんびりすることができました。
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まるで絵のような世界が広がっていました。
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チューリップが綺麗です。秩父宮記念公園を辞します。
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秩父宮記念公園の近くの東山湖にやってきました。こちらは江戸時代に造られた貯水池で、周囲には桜が沢山植えられています。富士山が綺麗で、池は釣り堀として使用されているようで、池の魚を狙う鳥や釣り人があちらこちらに居ます。桜はほとんどが散っていましたが、わずかに残っていた花を楽しみます。
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こちらも花が残っていた桜です。東山湖由来の碑の近くにベンチがありましたので、こちらでお弁当を食べることにしました。
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東山湖のベンチに座り、富士山を見ながら足柄サービスエリアのぷらっとパークからの入場で購入した崎陽軒のお弁当を頂きました。いろんなおかずが少しずつ味わえて、とても美味しかったです。
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東山湖や秩父宮記念公園からそれほど離れていないところにある富士仏舎利塔平和公園にやってまいりました。ここで驚いたのは東アジアの観光客の方が大勢いらっしゃっていて、ご覧のようにバスの駐車場は満車でございます。
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こちらは桜と富士山が綺麗に見えるので人気なのでしょうね。仏舎利塔には靴を脱いで上がります。また、東アジア系の方が多いので、仏教徒も多いとみえ、仏像の拝み方も私の知っている日本の拝み方とは異なっていて、興味深く拝見しました。
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私が訪れた際は、仏舎利塔までは賑わっている平和公園も、その奥の霊光之塔付近はひっそりとしていて、桜がまだ綺麗に咲いています。
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「海ゆかばみづく屍、山ゆかば草むす屍となりて帰らざる当地域幾千の御霊、全国幾百万の御霊を奉祀して霊魂とこしえに安かれと祈ります」とあります。霊光之塔の入口ににて手を合わせます。
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秩父宮記念公園や富士仏舎利塔平和公園に近い二岡神社にやってまいりました。
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秩父宮記念公園や東山湖、富士仏舎利塔平和公園といった、たった今私が訪れた場所の賑わいとは明らかに違う、深遠なる空気が境内に満ち満ちております。杉の大木がまっすぐに林立していて、私の背筋も自然とまっすぐになっていきます。
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境内の石段を上ると参道が右に直角に折れ、その正面に拝殿・本殿があります。二礼二拍手一礼のお詣りをいたします。
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二岡神社には1422年の「応永29年(廿九)」の銘が入った灯篭があります。
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こちらがその灯篭で案内板によれば「この地方では一番古いもの」とのことです。この「応永」という元号ですが、1394年から1427年までの西暦では33年間、元号では35年まであるという長い元号で、この元号の期間中、1397年には京都の鹿苑寺が上棟され、1421年には伊豆大島が噴火しているそうです。なお、応永ではありませんが1435年には富士山が噴火しているようですね。この石灯籠を奉納した方は伊豆大島の噴煙を見ていらっしゃるかもしれませんし、この石灯籠もまだまだ出来立ての頃に富士山の噴火の地鳴りを聞いていることでしょう。このあと、二岡神社を辞しまして、本日のドライブは終了でございます。
- 2日目2018年4月14日(土)
- 3日目2018年4月15日(日)
- 4日目2018年4月16日(月)
- 5日目2018年4月17日(火)
- 6日目2018年4月18日(水)
- 7日目2018年4月19日(木)
- 8日目2018年4月20日(金)
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7時半、三嶋大社近くの駐車場に車を停めて、本日は三島の街を歩いてみます。まずは三嶋大社にお詣りです。
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三嶋大社の鳥居の脇・後ろ側には「安永二年」の銘が入った灯篭が並んでいます。安永は西暦に直すと1772年から1781年の期間、杉田玄白の解体新書の刊行が安永3年とのことでございます。浮世絵の東海道五十三次は1830年代に書かれた絵ですので、保永堂版・三島宿に描かれた燈籠はこの灯篭なのでしょうか。
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灯篭の位置は少し移動して、浮世絵では鳥居の前に描かれていますが、現在は鳥居の後ろに設置されています。とここまで書いて、さらに調べますと、何か様子が違うことに気が付きました。というのも、浮世絵の三島宿に書かれている灯篭も古写真(おそらく明治初期)に写っている灯篭も、胴体の姿が寸胴、つまり上から下まで同じ太さの灯篭なのですね。上の写真の灯篭のシルエットは裾広がりですので、ひょっとしたらこの灯篭ではない別の灯篭が鳥居の両脇やや前に設置されていたのかもしれません。
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桜の季節が終わり新緑の清々しい境内を歩きます。
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参道の神門をくぐりますと右手に大きなキンモクセイがあります。推定樹齢は1200年とのこと、案内板によれば2里先まで、つまり8km先まで香りが届いたとのことで、三嶋大社から直線で8kmといいますと、沼津港や蛭ヶ小島・裾野市中央公園あたりまでがだいたい8km圏内に入るかどうかという感じですので、かなり遠くまで香りがとどく・三島の街は完全に網羅している感じです。
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拝殿前にて二礼二拍手一礼のお詣りをいたします。
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三嶋大社の鳥居から450mほど南下しますと言成地蔵尊があります。こちらの地蔵尊には悲しい言い伝えがあります。あまりにも酷い話なのでこちらを訪れるまではフィクションなのではないかと思えるほどの話と感じていましたが、案内板を読むと、かなり具体的な内容です。案内板によれば、1687年のある日、6歳の小菊ちゃんが大名行列の前を横切ったために、「横暴で短気でわがままな25歳の大名・松平若狭守道明」の命により、三島の人々や幼女本人の助命嘆願も虚しく斬り殺されたとあります。後で調べますと、この話と似たような話が木曽路を舞台に存在したようで、フィクションかノンフィクションか、どちらの話が元の話か、両方とも実際にあった話なのかなどなど、結局はわかりませんでした。
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道端にお地蔵さまがあるところは、過去において何かしらの不幸があった場所で、その物故者をお弔いするためにお地蔵さまがあるのだという話もよく耳にするところですので、このお地蔵様の前でも手を合わせました。
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言成地蔵尊から更に南下しますと、間眠神社があります。間眠神社と書いて「まどろみじんじゃ」と読みます。蛭ヶ島に流されていた流人の源頼朝がこの場所でまどろんだそうです。拝殿前にてお詣りをしました。
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間眠神社から西へ歩いて10分ほど、佐野美術館と道路を挟んで対面に「三島梅花藻(ミシマバイカモ)の里」がありますので、見学します。
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おおっ、なんと! 三島梅花藻の里を私が訪れた時に、この池にて鴨が子育て中でございました。可愛らしい小さな子供がお母さん鴨の後に続いて、柔らかそうな藻の絨毯の中を泳いでおります。
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このミシマバイカモは一度は絶滅寸前まで追い詰められたそうですが、この場所で大切に育てられて、今では各河川に移植されるまでに回復したそうです。
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毎年5月ごろに咲くという、梅の花によく似た白い花が私が訪れた際には既に咲いており、緑の中に白い点々を造っておりました。足場が細いですので、見学の際は充分にお気をつけください。
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三島梅花藻の里から西へ僅かばかりいきますと、源兵衛川が現れます。源兵衛川は楽寿園内小浜池を水源とする清流です。ご覧のように川の上を歩くことができる木道が整備されています。時折、飛び石の上を歩くことになりますのでご注意ください。
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源兵衛川を北上して、「三島広小路駅」近くにある時の鐘を見学します。時の鐘は三石神社の境内にありますので、まずは三石神社をお詣りします。
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三島の時の鐘は、江戸時代に三島の人々に時を知らせていた鐘は戦争に供出されて、現在は1950年・昭和25年に造られた鐘とのこと。
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源兵衛川沿いの高い鐘楼に三島の時の鐘はあります。
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三島の時の鐘から北西に位置する伊豆国分寺にやってまいりました。こちらの伊豆国分寺の境内に「伊豆国分寺塔跡」があります。本堂前にて合掌一礼のお参りをいたします。
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奈良時代にはこの場所に七重塔が建っていたと、その礎石のうち8つが本堂の裏手に現存しています。本堂下の駐車場になっている場所には、国分寺と塔の説明が詳しく書かれています。
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時刻は9時18分、9時から開園している楽寿園にやってきました。入園料を払って楽寿館前へ行きます。
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こちら楽寿館では内部を見学したい場合は、係の方が案内してくださる見学ツアーに参加する必要があります。9時半から1時間ごと・一日6回・見学時間30分ほど・参加費は無料です。私は9時半のツアーに参加するため、時間前に楽寿館前にて待ちます。
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1万年前の富士山の噴火により流れ出した溶岩流が40q流れて、三島あたりで止まったという三島溶岩流の上に造られた建物で、館内は思っていたよりも傾斜や段差が存在しました。小浜池側は高床式の建物になっています。現在の小浜池は水が地上には出てきていない状態で、当日はマイナス81pとのことでした。近年は7年ごとに水面が満たされるということで、今年の平成30年がその7年目にあたるそうで、夏から秋にかけて満水の小浜池を観ることができるかもしれませんね。
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楽寿館は館内の撮影は禁止ですが、館内から外の景色は撮影できます。館内には一流の絵師の襖絵・天井画・杉板戸絵がそろっていて、それを丁寧に説明していただきまして、とても感激いたしました。ありがとうございました。
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楽寿園の中にある三島市郷土資料館にやってまいりました。こちらには東海道五十三次の三島宿に関する展示があります。展示品については「個人蔵」「〇〇〇氏蔵」とあるものは撮影禁止、フラッシュ撮影は禁止、それ以外は撮影してもOKとのことです。
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楽寿園の中をぶらぶらと散策します。新緑がとても綺麗です。機関車の展示や動物園などもあり、幼稚園か小学生か、先生に引率されて遠足にきていました。
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水の無い小浜池の向こうに楽寿館が見えます。園内は爽やかな風が流れまして、実に気持ちが良く、特に日蔭はひんやりとして気持ちが良かったです。
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三島溶岩流の隣りに縄状溶岩があります。1万年前から存在する富士山噴火の跡です。
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楽寿園の隣りの浅間神社にやってまいりました。
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浅間神社で二礼二拍手一礼のお詣りをいたします。
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浅間神社の境内にも三島溶岩流の跡があり、熔岩がこのあたりで止まったことから、岩留浅間(いわどめせんげん)とも呼ばれているそうです。
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楽寿園の正門や浅間神社と道を挟んで東側にある白滝公園にやってきました。地面が熔岩になっている場所があります。
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こちらは白滝公園からやや北、三島駅方向へいったところにある愛染院跡の溶岩塚です。かつてここに愛染院という伊豆第一の大寺院があったそうですが、明治元年の神仏分離令で跡形もなく消滅してしまったそうです。そしてこの熔岩塚、これは溶岩の流れの末端が冷えて固まりかけている時に後ろから溶岩が流れてきて、それを押し上げ、惜しげつつ固まってできた小高い塚のことですが、これは一万年前以上の姿をとどめています。
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JR三島駅の南口にある観光案内所にやってきました。私は三島を歩き周った後にここにやってきましたので、来週訪れる沼津や韮山の観光パンフレットを手に入れましたが、三島のパンフレットが充実していますから、三島観光の前に訪れるのもいいと思いました。
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JR三島駅南口から東へ400mほどの所にある菰池公園です。菰池の湧水は桜川の水源になっているそうです。三島は湧水の街ですね。
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円明寺にやってまいりました。三嶋大社の西300mほどのところにあるお寺です。こちらの表門は、三島宿の樋口本陣の門を移築したものとのこと。
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そしてこちら円明寺には孝行犬の墓があります。
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1860年ごろのお話ですが、「たま」という母犬と「ふじ」「つる」「さと」「とく」「まつ」という五匹の子犬が本堂床下に仲良く暮らしていたが、「ふじ」が亡くなってしまい、それを悲しんだ母犬「たま」が病気になってしまったと。そして、「つる」と「さと」が母の傍を片時も離れることなく介護し、「とく」と「まつ」が町中を走り回って食料を調達してきたという、健気なお話なのでございます。
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三島宿を行き交う人々を見つめてきた樋口本陣の門は今は円明寺の山門になっています。三嶋大社に向かいます。
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さて、歩き疲れて三嶋大社に戻ってまいりました。境内の茶屋に入りまして、福太郎餅を頂きます。お餅が二つに美味しいお茶で、なんと200円というお得なお茶セットでございます。わたくし、茶屋に入りまして、疲れていることもあって「おもちください」という何ともヘマな注文をしてしまいましたが、「お茶セット一つ」と言えばスマートに注文できますのでお知らせしておきます。あんこたっぷりでおいしゅうございますな。お土産に買って帰ってもよろしいかと思いますよ。このあと鳥居の南にある時間貸しの駐車場に戻って車に乗り込み裾野市の定輪寺へ向かいます。
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裾野市の定輪寺にやってまいりました。こちらには宗祇さんのお墓があります。
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こちらが宗祇さんのお墓であります。箱根湯本で亡くなった宗祇さんを宗長さんなどのお弟子さんが運んで箱根の山を越え、この定輪寺に葬ったということです。
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実際の埋葬の地はこの石塔がある場所から西に300mほどのところだそうです。
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定輪寺から車で6分ほどの裾野市中央公園にやってまいりました。こちらには五竜の滝と呼ばれる滝があります。大きな三条の雄滝と小さな二条の雌滝から成ります。
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ドッドッドッという感じの音が聞こえてきます。こちら雄滝の様子、予想よりも立派な滝に驚きました。
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この辺りは以前は「佐野瀑園五龍佐野ホテル」というホテルがあったそうです。明治24年ごろの開業で、今の御殿場線が当時は東海道本線であり、今の裾野駅は佐野駅と呼ばれ、東京から4時間ほど、皇族の方も多く来訪される名所であったのですね。若山牧水も訪れ、「野なかの瀧」という紀行文で、このあたりの風景を詳しく書いているそうです。昭和9年、丹那トンネルが開通して東海道本線が熱海を通るルートに変更され、佐野駅は御殿場線の駅になり、徐々に衰退していったそうです。
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ツツジに彩られた吊り橋があり、渡りかけましたが思いのほかに揺れるのでございます。揺れるんですよ。というわけで、途中で引き返します。
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しかし立派な滝です。
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近づくともうもうと水煙があがっていて、ドッ、ドッ、ドッという感じで音が鳴り、波が立っています。涼しいですね。
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裾野市中央公園は新緑も綺麗でございます。
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こちらは裾野市中央公園内の旧植松家住宅です。内部の見学もできます。
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裾野市中央公園の赤い太鼓橋を渡ったところに若山牧水の碑がありました。「富士が嶺や 裾野に来り 仰ぐとき いよいよ親しき 山にぞありける 牧水」と刻まれています。牧水は千本松原をこよなく愛したということで、旅好きでありながらも沼津の現在の千本浜公園近くを永住の地と決めた方です。千本松原から眺める富士に親しみ、そしてこの裾野に来てより近くに見える富士を仰いでみて、「いよいよお近づきになりましたね」というような気分であったかもしれませんね。これは私の解釈ですので、悪しからず。本日はこれで三島の旅を終わります。来週は韮山近辺から沼津千本浜にかけて、泊りで楽しみたいと思います。
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