満蒙開拓平和記念館
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満蒙開拓平和記念館のクチコミ一覧
1 - 10件 (全19件中)
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- 一人
 
以前より気になっていましたが、やっと訪れることができました。
南信地方からの移住がなぜ多かったのか、満州での暮らし、ソビエト侵攻、逃避、帰国。実際に体験した方々の手記も読め、映像もあります。
幻の国、満州のことが学べる貴重な施設です。- 行った時期:2025年8月
 - 混雑具合:空いていた
 - 滞在時間:1〜2時間
 - 投稿日:2025年8月22日
 
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- 一人
 
三石忠勇作「難民収容所」(図録) 三石氏は昭和14年(1939年)渡満。ソ連侵攻により逃避行、収容所生活を体験している。この作品が館入口に掲げてある。- 行った時期:2023年7月16日
 - 投稿日:2023年7月23日
 
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- 一人
 
国民学校生であった叔父が「満蒙開拓青少年義勇軍」(図録)に参加。ソ連侵攻を察知して、命からがら仲間たちと安東(丹東)にいた家族の許に帰ったと話してくれたことがある。- 行った時期:2023年7月16日
 - 投稿日:2023年7月23日
 
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- 一人
 
伊那の国道を走った折りに見かけた看板が気になって、いつかこようと思っていました。
満蒙開拓団という言葉が歴史の教科書に出ていた事は覚えていたのですが、実際にどのようなものだったのか知りませんでした。
日本と中国双方の人々に多くの犠牲をだした「満蒙開拓」とはどのようなものだったのか、
ソ連によるシベリア抑留や残留孤児も生み出すことになった国策の顛末が、多くの資料と証言映像で確認できます。
109分のリピート映像で証言されている13人は、開拓団員、教師、青少年義勇軍、義勇軍幹部、ハルピン医科大生、看護婦、関東軍総司令部勤務者、中国残留孤児、残留孤児を育てた養母、中国残留婦人です。
被害者にも加害者にもなってしまう戦争の現実に涙が流れておのずと頭を垂れます。- 行った時期:2022年11月18日
 - 混雑具合:やや空いていた
 - 滞在時間:1〜2時間
 - 投稿日:2022年11月23日
 
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- 友達同士
 
長野県が満蒙開拓団の主力だということを知りました。展示もですが、戦後の引き揚げをされた方々の証言のフィルムを見入り、泣いてしまいました。昼神温泉からは車でないと行けないですが、あれだけのご苦労をされた方々がいることを知り、行ってよかったです。- 行った時期:2020年9月
 - 混雑具合:空いていた
 - 滞在時間:1〜2時間
 - 人数:2人
 - 投稿日:2020年11月21日
 
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- カップル・夫婦
 
昼神温泉に泊まり、チェックインまで時間があったので、行きました。祖父母、母が満洲から引き上げてきたこともあり、一度行ってみたいと思っていました。あっという間の1時間でした。帰ったら、母から当時の話を聞いてみたいと思います。母を連れてまた行きたいと思います。- 行った時期:2020年8月
 - 混雑具合:空いていた
 - 滞在時間:1〜2時間
 - 投稿日:2020年8月11日
 
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- 一人
 
長野県は、当時、多数の満蒙への移民を送り出していたそうです。人々が満州を目指した理由や現地での生活、敗戦後の引揚げの苦難などの資料が多数展示されています。中国残留孤児の帰国に尽力された僧侶が阿智村とのことで、関連する資料も展示されています。- 行った時期:2020年8月
 - 混雑具合:空いていた
 - 滞在時間:1時間未満
 - 投稿日:2020年8月5日
 
												
										
										
									アートツウ のりゆきさん 男性/40代
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- カップル・夫婦
 
旧満州(中国東北部)に入植した満蒙開拓団の苦難の歴史を伝え、平和の尊さを次世代に語り継ぐために設立された満州移民史を扱う日本で唯一の民間施設。残留孤児の捜索に生涯を捧げた山本慈昭翁の活動がこの地に記念館を造らせた。- 行った時期:2020年6月5日
 - 投稿日:2020年6月30日
 
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- 家族
 
祖父母のルーツである満州。
長野県から多くの方が開拓団として満州に渡った。
農家に生まれた次男・三男にとって、広大な土地を開拓し大百姓になれることは
どれほど魅力的だっただろう。腹いっぱい米が食べられる、野菜が作れる
思いを馳せた人々の運命は、無残なものだった。
いかに日本が満州を都合の良い国として扱っていたか、
戦争が生むのは死と憎しみと悲しみだけであることが良くわかる。
平和な時代だからこそ、忘れてはならない。体験者の語りを伝承するべきである- 行った時期:2020年1月
 - 混雑具合:やや空いていた
 - 滞在時間:2〜3時間
 - 人数:3人〜5人
 - 投稿日:2020年1月21日
 
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- カップル・夫婦
 
満洲国とは、たった13年しか存在しなかった「国」である。国策により、そこに送り込まれた日本の農民達、現地人、いずれにも悲劇しかもたらさなかった。それを学ぶ場である。小規模だが、これが阿智村によって運営されているのだろう、その熱意に頭がさがる。時間をかけて見学する価値がある。- 行った時期:2019年9月12日
 - 混雑具合:やや空いていた
 - 滞在時間:1〜2時間
 - 投稿日:2019年9月17日
 
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