日坂宿
- ここに行く計画を立てよう
- クチコミを投稿する
- 写真を投稿する
- 行った
- 行きたい
- クリップ
-
- シェアする
- メールする
日坂宿のクチコミ一覧
1 - 9件 (全9件中)
-
- カップル・夫婦
“青木坂”を上り切った”久延寺“の先は丘陵上のほぼ平坦な道が続く。手摘みを含めた数種類の製品を購入させて頂いた”中山茶業組合“の工場の脇の交差点の隅に立った“佐夜鹿の一里塚跡”の石碑のように、昔は「佐夜鹿」と表記された地域であったようだ。両脇には茶畑が広がり綺麗で長閑である。道端の所々に芭蕉等の歌人の歌碑や広重の絵碑が立っていて、それらを観ながらのんびり歩くのが楽しい。3km程先の九十九折れの急登 「日乃坂」を下ると国道1号線に出て、その先の大きな集落が“日坂宿”である。集落内の家々に「○○屋」の屋号が掲げられていて面白い。集落の中心付近にある広い公園の入口に「日坂宿片岡本陣扇屋跡」の木戸門が復元されていた。街道沿いには旅籠や脇本陣の古い建物も残っていた。宿場南端の「川坂屋」は非常に立派な旧旅籠で、週末には内覧できるようであった。逆川の袂に「下木戸跡」の表示があり、「高札場」が復元されていて、風情ある景観が広がっていた。集落全体で宿場の雰囲気や面影を維持する努力をしていることが窺える旧宿場町であった。- 行った時期:2025年10月3日
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2025年10月14日
このクチコミは参考になりましたか?0はい -
- 一人
「日坂 佐夜ノ中山」 殺された妊婦から赤子が産まれ、この石の下で泣いていたという伝説のある「夜泣き石」は日坂の名物。右手の坂はあまりに急だが、「石」が重しの役割をはたしている。『保永堂版 東海道五拾三次』- 行った時期:2022年4月9日
- 投稿日:2022年4月19日
このクチコミは参考になりましたか?1はい -
- 一人
日坂宿扇屋本陣址。日坂宿の初見は鎌倉期といわれる。日坂は東に東海道の難所のひとつ小夜の中山を控え、幕府直轄の代官所支配地として発展した。 【本陣一カ所、脇本陣一カ所、旅籠33軒。名物・わらび餅、碁石、菜飯田楽】- 行った時期:2022年4月9日
- 投稿日:2022年4月19日
このクチコミは参考になりましたか?0はい -
- 一人
東海道の宿場町の中では、まあまあ山間部に位置しています。
古い建物はあまり残っていませんが、町の通りの形状や建物の配置から、ここに街道が通っていたことが実感できます。- 行った時期:2018年12月
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1〜2時間
- 投稿日:2019年3月9日
このクチコミは参考になりましたか?0はい -
- カップル・夫婦
昔の街道沿いにあった宿場町です。今でも当時の面影が少し残っています。ゆっくりと歩いて散策したくなる観光スポットでした。- 行った時期:2019年2月
- 投稿日:2019年2月5日
神社ツウ 越後さん 男性/40代
このクチコミは参考になりましたか?0はい -
自然ツウ pecdさん 男性/30代
このクチコミは参考になりましたか?0はい -
- 一人
日坂宿にある日除け・火伏せの神、秋葉大権現の石灯籠。日坂宿は何度か火災にあった為、秋葉信仰が盛んであったらしい。日坂宿には3基残っている。- 行った時期:2018年7月21日
- 投稿日:2018年8月11日
このクチコミは参考になりましたか?0はい -
- その他
東海道の日坂宿は小夜の中山から下ってきた宿場町です。今はひっそりと静かな集落になっていますが、昔の街の面影を感じることができます。- 行った時期:2017年3月9日
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 人数:2人
- 投稿日:2017年5月5日
静岡ツウ ヨッチャンさん 男性/60代
このクチコミは参考になりましたか?0はい -
- カップル・夫婦
東海道五十三次ウォーキングで通りました。小夜の中山の坂道を下りてきて到着する宿場です。
ひっそりとした宿場ですが、昔の面影を残す建物や資料館があり、力を入れていることが感じられました。- 行った時期:2016年10月
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2017年3月31日
他1枚の写真
歴史ツウ hakoneatamiさん 女性/50代
このクチコミは参考になりましたか?0はい