モロさんの愛知県〜和歌山県の旅行記

紀伊半島(伊勢志摩・熊野・高野山)を巡る旅
- 夫婦
- 3人〜5人
- 温泉
- 史跡・歴史
- 自然
仕事では車で通過したことがあるものの、観光旅行としては未開拓の地域である紀伊半島を巡る。 この地域を巡る観光旅行では、伊勢神宮、熊野本宮、熊野古道、那智の滝は絶対に外せない観光スポットである。また、菩提寺の本山である高野山も訪れる良い機会である。 移動手段はレンタカーとしても、起終点となる都市圏から観光スポットまでの距離が半端でなく、この地域の道路整備が遅れていることもあって、1日の走行距離・時間はかなりのものとなることは想像できる。レンタカーを借りる起点、返す終点が旅での無駄な時間を省くためのポイントとはなるが、かなり限定される。 今回は鉄道を利用した場合の乗り換え待ち時間や乗車時間、レンタカーで高速道路を利用した場合の所要時間、事前に旅行の手配ができる時期等を比較して、中部国際空港でレンタカーを借り、関西国際空港で返すこととし、極力一筆書きで書けるルートを選択した。 また、前回の中国地方の旅行での反省点を踏まえて、各観光スポットでの滞在時間に余裕を持った計画とした。 今回の旅は会社の同僚夫妻も相乗りすることになり、日頃の飲み仲間と楽しい夕食の時間を過ごすとともに、男女の志向・趣味・興味を同じくする者同士の会話が弾み、それもそれでまた楽しい旅となった。

神社ツウ モロさん 男性 / 60代
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- 1日目2017年4月28日(金)
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-09:00
東京羽田から中部国際空港までは流石に距離が短く、巡航高度まで上ると直ぐに降下を始めるような飛行であった。 当日の天候は快晴、南アルプス北岳、木曽駒ヶ岳、名古屋市街、知多半島などの美しい景色が眼下に広がっていた。 中部国際空港は何となくガランとし殺風景、レンタカーのカウンターまでの距離があり、少々不便である。
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11:00-12:00
中空から伊勢までの高速は、名古屋から三重までが少々混んでいたものの、非常にスムーズ、軽快に走行できた。 夫婦岩までの移動時間は行程通り、駐車場を事前に十分に調べて行った甲斐があって、道を間違えることもなく直ぐに駐車できた。連休前、比較的早い時間とあって非常に空いていた。 50年以上前に訪れたことがあるが殆ど記憶になく、新鮮な気持ちで観ることができた。朝日が昇る時刻に観ることが出来たら最高であろう。
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12:00-13:00
外宮までの道程も空いており、外宮前の駐車場にも直ぐに入ることができた。 御正宮までの距離もなく、土宮、風宮、多賀宮を観て回ってもそれ程時間はかからない。御正宮の遷宮用の保留地がすぐ脇にあり、その広さにも驚かされるが、内宮・外宮だけでなく、その他の伊勢神宮関係の社が全て遷宮の対象となっていることをここで初めて知った。 少々時間に余裕ができたので、駐車場正面の飲食店で伊勢うどんを食べることができた。 「ぶらタモリ」でも紹介されていた通り、麺に腰がなく江戸っ子からするとうどんとは言えないような食感ではあるが、ぶっかけうどん風に少し入った色濃い汁が甘目で美味しく、慣れるとけっこう病み付きになるかもしれない。前回「中国地方晩秋の旅」ではありつくことができなかった昼食を、今回の旅ではご当地料理で食することができたことはかなりの進歩である。
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13:00-14:00
事前に調べて行った徴古館の駐車場への入り口がなく、少々道に迷ってしまった。 内宮・外宮とは異なり、少しマイナーな場所であることもあって、殆ど参拝者もいない。森に囲まれた社殿は質素であるが霊気に満ちた厳かな雰囲気がある。 徴古館には遷宮に纏わる資料が展示されているそうだが、時間の関係から外観だけを拝見するに止めた。機会があればゆっくりと訪れてみたい。
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14:00-15:00
倭姫宮からの移動方向を反対に勘違いしていたせいで、駐車場と反対側の道路に出ていることに気付かず、少々迷ってしまった。 こちらもマイナーな場所、非常に空いていた。 駐車場からそれ程の距離もなく月読宮、荒御霊宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮の4つ並んだ社殿にたどり着く。こちらは遷宮用の保留地は現社殿の裏手にあり、そこまでの通路は現在は立入禁止になっている。 入口に立てられた札に書かれた通りの順序で4つの社殿を参拝するが、この参拝の順序(社の配置)には何等かの決まり事があるらしいことを後々知ることになる。
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14:00-15:00
こちらも駐車場の入り口と進行方向が反対で、入場に少々手間取ってしまった。有名な神社ではあるが、やはり参拝者は少ない。 伊勢神宮に所縁はあるものの、遷宮を行わないタイプの神社であった。 社殿入口の上の額に書かれている文字が読めず、あーだこうだと思案した挙句、神社の方に尋ねてみると、この神社のみで使用される字体で書かれた「猿田彦神社」であることが判明し、珍しいのでその字体で書かれたお札を購入した。
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15:00-16:00
何度も訪れているにも拘わらず、自分で運転して訪れてみると全く異なった印象を受けるものである。また、公用で観光地に来た時の記憶は殆ど無いに等しいことがここに来て判った。(前々回の遷宮の直後に公用で訪れていたが、その記憶が殆ど無い。) 連休前の平日であってもかなりの混雑を予想していたが、それ程でもなく予定通りの宇治橋前の駐車場に入ることができた。 修学旅行であろう学生で賑わっている。宇治橋を渡り、参拝ルートに沿って右手に向かう。同行者が道沿いの御手洗場でお浄めをしようとするのを制止し、定番通り五十鈴川御手洗場でお浄めをした。御正宮は外宮と同等の規模であると思われるが、周囲の木々の立派さや、小高い位置に建てられているせいもあり、より大きく、厳か感が溢れている。荒祭宮は大きな木立に囲まれ、小さな社殿ではあるものの周囲の作りと共に立派である。風日祈宮は宇治橋に似た小橋を渡った先の趣のある場所にあり、これもまた参拝に欠かせない。参集殿で催されていた能の紹介もそこそこに、子安神社を巡って、のんびり約1時間余りで満足のいく参拝ができた。
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16:00-17:00
今までの認識が完全に間違いであったことをこの度知ることとなった。 写真などで紹介されている少し広めの石畳の通りは「お祓い通り」であり、土産物をいつも購入していたのがその通りであって、本当の「おかげ横丁」は宇治橋から400m程行った脇の一角を示すものであった。そのことを知ってか知らずか、お祓い通りは結構混雑しているにも拘らず、おかげ横丁は比較的空いていて、ソフトクリームを食べながらのんびり休憩することができた。 お祓い通りには土産物屋に囲まれて何気なくひっそりと銀行の支所があったり、新たな発見もあった。 日持ちのしない赤福の土産の購入は諦めて、2個盛りを購入して夫婦で食べて満足することとした。
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17:00-18:00
カーナビがこれほど頼りにならないということを思い知った。 方向的には合っていたのだが、神明神社が他にもあるらしく違う方に向かっていることを途中で気付き、番地を入れ直して正しい場所に向かったものの、神明神社付近ではナビが脇道に誘導しようとし、駐車場を探すのに苦労することになった。事前の調査も中々役に立たない。 予定通りの駐車場に車を入れ、細道を歩いて5分ほどで石神さんにたどり着いた。 夕暮れ近く、観光客の姿は殆ど無い。石神社は当に小ぶりの社であるが、夕日に照らされた赤い鳥居群や、「慈母石神」と描かれた多数の旗が美しく、女性に人気があることがわかるような気がする。 少々駐車場やナビに困らされたものの、当初行程通りに初日の観光を消化することができた。
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18:00-
中々立派な外観のホテルであるが、お風呂、部屋に特に秀でたものはない。 早朝からの移動で疲れた身体をサウナで癒やした後、夕食会場へ。コースにもよるが、今回の夕食は、各料理の味はまあまあであるものの、イセエビ、アワビは可哀想なくらい小振りで、十分に満足という内容ではなかった。 団体旅行にもよく使用されるホテルなので当初から心配はしていたが、朝食時に海外の団体と一緒になり、興醒めすることになってしまった。
- 2日目2017年4月29日(土)
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10:00-11:00
最近建設・開通した区間の紀勢自動車道を通り志摩から約2時間を南下する。 途中数箇所で未整備区間があるものの、通行量も少なく、軽快に走ることができる。 鬼ヶ城駐車場への入口も、事前に調べた成果があって、間違えることなく入ることができた。紀伊半島の先端に近いここまで来ると、流石に観光客も少ない。 駐車場から50mほど下りると鬼ヶ城遊歩道の入口である。湾の対岸の海岸線の断崖には、柱状節理の四角柱の岩々が見える。 鬼ヶ城遊歩道は、半島外周を断崖に沿って1m程の幅で作られたアップダウンのキツい歩道である。足腰の弱い人、幼児には少々厳しいかもしれない。また、観光客が多数押しかけたら大渋滞となること間違いなしである。 駐車場側入口から200m程で荒波で断崖が大きく抉られた千畳敷と呼ばれる場所に達する。海面から7〜8m程の標高であるが、波が荒い時はここまで波が打ち上げるということで、熊野灘と称される荒波の海域であることをよく物語っている。 そこから数十メートル行くと、その先の断崖・遊歩道の状態がよく見える撮影スポットにたどり着く。ここで写真を撮り、今回はここで引き返すことにした。 快晴、凪の中で、美しい海岸線・熊野灘を眺めることができた。
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鬼ヶ城の1km程南に位置する。トンネルを抜けると直ぐに砂浜に突出した獅子岩が見えてくる。獅子岩を超えた直ぐの道路脇のドライブインの駐車場から見る景観が最も美しい。 その駐車場に短時間駐車させていただき、獅子岩の看板の前で写真を撮らせてもらった。 どうやったら自然にあのような獅子の口の形状に削り取られるか、非常に不思議である。 砂浜に降りてゆっくり見たい人は、大分手前の道路脇に駐車すると良い。
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11:00-12:00
熊野神社の総本山の1つである。 駐車場は境内右側にあり、非常に分かり易く、比較的空いていた。 朱塗りの社殿が美しい。 境内に立つ「熊野速玉大社参詣曼荼羅」を見ると、大昔の大社の形態や賑わい振りが良く分かる。大きな梛の御神木が素晴らしい。
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12:00-15:00
速玉大社から30分程の距離である。 途中、道の駅で昼食を摂ることにした。食するのはご当地名物「目はり寿司」である。道の駅内のスーパーで購入したものは、以前食べたものより小振りの、中は炊き込みご飯で、美味しくいただくことができた。本日もご当地名物の昼食にありつけ、二日続けて大進歩、とは言え、これは同行した夫妻の食を大切にする姿勢のおかげである。 那智への道程は、日本三大名瀑の観光地であるにも拘わらず、想像以上に空いていた。 駐車場は手前から沢山あるが、事前の調査、観光順序に従って、駐車場は参道入口を過ぎた大駐車場とした。 参道入口まで50m程下り、階段を上って那智大社に向かう。日除けもなく、気温の高い時期は厳しいかもしれない。 参道の途中に立つ大社の大鳥居から道幅が広くなり、大社に近づいてきた気分を盛り上げてくれる。 大きな楠の御神木が立つ境内はそれ程広くなく、社殿も余り大きくはないが、那智山をバックに配した厳かな景観である。
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12:00-15:00
那智大社の直ぐ隣に位置し、400年以上前に建てられた本堂がその建築様式とともに素晴らしい。 那智大社と平面的にも一緒なので、連絡門をくぐって直ぐに来てしまうが、一度大社の大鳥居まで戻って、寺の入口側から急な階段を上って入場するのが本来の姿であろう。 境内からは三重塔越しに那智の滝が遠望できる。撮影スポットの一つ。
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12:00-15:00
那智青岸渡寺から三重塔を抜け、飛瀧神社入口の鳥居に向かうルートが景観の上でもベストである。途中、三重塔手前の階段付近から見た、三重塔と那智の滝を入れた構図が観光写真にも使用されるベストの構図であろう。 飛瀧神社入口の鳥居から下る石段は、古来の構造のままで、石の大きさがマチマチなこともあって少々歩き難い。次第に滝の音が大きくなり、滝の冷気・飛沫を肌で感ずるようになる。 参道終点の飛瀧神社の参拝所から観る滝も素晴らしいが、ここまで来たら是非300円を払って滝見台まで行くべきである。滝の飛沫を直接肌で感ずることができる。落差133mあると言われる一の瀧は、何故かそれほどの落差であるとは思えないが、一筋に落ちる姿は清楚で、華厳の滝と比べるべくもなく、流石に三大名瀑の一つである。 これにて日本三大名瀑を全て制覇したことになった。
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15:00-16:00
飛瀧神社入口の鳥居から1km程下った道路沿いに車を駐車して、車道と近接した古道を観ると便利である。 ここから古道を下に下ると直ぐに木立が切れてしまうので、少し登った程度の位置が写真撮影にベストであろう。ほんの100m程ではあるが、熊野古道を散策した気分になった。 本日は、当初工程よりかなり早めに全ての工程を消化することができた。
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17:00-
四村川沿いに建てられた大きな宿泊、温泉施設である。施設は四村川両岸に建ち、施設間に歩行者専用の吊り橋が掛かっている。 日帰り入浴も可能な大露天風呂、宿泊者向けの貸切露天風呂があり、風呂巡りだけでも楽しめる。露天風呂施設の対岸に宿泊したお客は、わざわざ吊り橋を渡ってこなければならず、少々不便であろう。 最近は少しずつ訪れるようになったというが、海外の観光客の姿も見られず、気兼ねなくのんびりと入浴、食事ができた。
- 3日目2017年4月30日(日)
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09:00-10:00
熊野神社の3本山、熊野速玉大社、熊野那智大社、熊野本宮大社の最上位の大社である。 道の駅と併設されている大社の駐車場もまだ空いており、行程より早く入場できた。 大社入口の鳥居から続く参道は本殿までほぼ直線で、途中から石段となっており、下からも上からも美しい景観を成している。 石段の途中、左手にある祓戸大神に先ず寄ることが順序であるようだ。 社殿は杉の皮葺きで、頂上の樋貫・千木・鰹木等が黒を基調とした色合いで、無地の伊勢神宮、朱塗りの速玉大社とは異なり、男性的で非常に趣がある。 拝殿は大きな社殿4つと小さな社1つの合計5つあり、社務所脇の掲示板に書かれた順序でお参りする礼儀となっているが、今回はその掲示板に気づかず、第一殿から参拝するという失敗をやらかしてしまった。伊勢神宮別宮 月読宮の例が教訓になっていなかった。 ともあれ美しい拝殿に大満足の三日目の出だしであった。
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10:00-11:00
何年か前までは日本一のスパンを誇る吊り橋であった。 吊り橋脇の駐車場もまだ空いていたが、これから混雑するであろうことを予測してか、誘導員が配置されていた。吊り橋の入場料はタダであるが、駐車場代500円の一部が橋の観光料となるのであろう。 スパン長297mの吊り橋は、歩行部分の敷板が余り厚くなく少々不安がよぎる。また、幅も1m余りで、すれ違う際は肩をぶつけてしまう程である。 橋の縦揺れは殆ど無く、横揺れが中心、橋の端部と中央付近では横揺れの周期・振幅に違いがあり、端部の方が歩き難い。しっかりと歩こうとしても千鳥足になってしまう。 橋の下の川原はキャンプ場となっているらしく、川原に多数の人たちが訪れていたが、歩行することに意識が一杯で、周りの景色を楽しむことができなかったことが反省点である。
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12:00-18:00
当初行程では高野龍神スカイラインを通って中の瀬パーキングまで向かう予定であったが、いつの間にか53号線を走っていた。道幅は狭く、急カーブの連続ではあったが、車の通行量が極めて少なく、当初行程通りの所要時間で到着することができた。到着時刻の昼過ぎでも中の瀬パーキングはガラガラの状態であった。 2週間程遅い満開の垂れ桜を横目で見ながら、川沿いに奥之院に向かうが、勾配も小さく、非常に歩き易い参道であった。この参道沿いには会社等の法人関係の立派な供養塔が林立しており、少々驚いた。 奥之院まで来ると流石に団体を含む観光客でごった返している。 弘法大師御廟は木立に囲まれ、威厳のある建物である。灯籠堂の地下は弘法大師の御神体に一番近づける場所で、多数の小さな大師像が祀られている。灯籠堂にて30,000円で販売されている小さな大師像は、ここに納めるものであろうか。 奥之院御廟橋脇の水向地蔵へのお参りも忘れずに。 復路は一の橋へと向かう山道を歩くことにした。こちらの参道沿いには江戸時代の各藩の供養塔が林立している。地理・歴史の勉強にもなって面白い。
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当初の行程では、中の瀬パーキングまで戻り、一の橋、金剛峯寺付近の駐車場へ車を移動して其々その付近の拝観スポットを巡る予定であったが、駐車場の混雑が予想されるため、歩きで移動し、最後にバスで中の瀬パーキングに戻る行程に変更した。結局この行程変更は、沿道の景色を味わうことや、時間のロスの回避に大きな効果があった。 一の橋付近で昼食を摂ることとした。 苅萱堂は一の橋から300m程の道路沿いに建つ、出家した武士とその息子の哀話の舞台となった場所で、堂内の回廊に掲示された杉(?)の一枚板に彫刻された絵と文でその哀話を読み知ることができる。 その時代、高野山を訪れることが如何に大変で、高尚なことであったことかが良く解る。
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行程には入っていなかったが、地図上で目立つ色で書いてあったことから立ち寄ってみた。 太平洋戦争におけるビルマでの戦没者を供養するとともに、ビルマとの友好を祈願するために建てられたもののようである。 展示された戦没者のヘルメット等の遺品が哀しい。 祭壇右手に数珠を連ねた紐がぶら下がっており、3回回すと御利益がある由 説明文が掲示されているので試していると、住職さんと思われる方が来られて、正しい方法をご説明頂いた。 左手で1回目、右手で2回目、また左手で3回目を回し、目を閉じて手で回転を止めて、その時に手にある数珠に描かれた文字(大吉・中吉・・・大凶)が当日の運勢である、とのことである。つまりおみくじ。 また、宝塔中央の地下に下りる階段があり、「手摺を蔦って真っ暗な通路を歩いている間に壁に吊るされた鍵に手が触れると幸福になる」という戒壇巡りのおまけ付きの体験もできる。 帰り際に、お供え物のお下がりのみかんを頂き、有り難く食べさせて頂いた。
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日本で現存する最古の、国宝の多宝塔が建つお寺である。 大きな屋根を有する美しい表門をくぐり、参拝料500円を払い入場、例の多宝塔は入口左手直ぐの場所に建っている。 鎌倉幕府に所縁あるお寺であり、本坊の居室や襖絵が素晴らしい。また、中庭も良く手入れされ美しい。 本坊と別棟の本堂には、安産・子孫繁栄に御利益がある仏像が祀られ、本堂入口に錫杖が立ててあり、手で錫杖を回し、遊環で音を立てると願い事が叶うそうである。因みに、願い事を叶えるには300円程のお布施も必要なようだ。 経本を保管してあったという経蔵の右手の小径を登ると、四所明神社という小さな神社が建っている。小さいながら趣のある神社である。そこから更に登ると、火災盗難除け御利益があるという毘張尊師社が建っている。ここまで来る参拝客は少ないようだが、せっかくなので是非訪れると良い。 拝観ルート最後が例の国宝の多宝塔である。多少傷みが激しいように思われるが、古さを感じさせる美しい形態の多宝塔であった。
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高野山を束ねるお寺であり、我が家の菩提寺、真言宗の総本山でもあるお寺。 高野山の地図上で金剛峯寺と書かれた部分のみが金剛峯寺の境内かと思っていたが、大師教会、根本大塔、金堂、御影堂、徳川家霊台をも含めたものが全て金剛峯寺であることを初めて知り、その規模に驚かされた。 本殿への斜路入口両脇の満開の垂れ桜が美しい。 本殿は外観も大きいが、内部を拝観すると更にその広さ、大きさに驚かされる。天皇・上皇、将軍方々が訪れた際に使用する広間が各種、多数配置され、内装・襖絵が素晴らしい。赤い石を配した小さな石庭、建物・植栽を背景とし、美しい多数の石を配した我が国最大と言われる石庭が美しい。 近年増築された参拝者の休憩用の建物 新別館は400坪程の広さであろうか、大きな広間を持ち、時間によっては住職さんの説法を拝聴することができる。訪れた際は説法がちょうど終わる頃であったが、お茶を飲んでいると住職さんにお声を掛けて頂いた。 室内に飾られた曼荼羅は、直書きではなく、貼り絵の特殊な作法であった。 拝観ルート終盤には修行僧用の台所があり、今でも事ある毎に使用されているそうである。桶にはまるで重石のように大きなこんにゃくが浸してあった。ここでは上方に建物の梁などの太く立派な構造体を直接目にすることができる。 金剛峯寺の外にある鐘楼も屋根付きの昇降階段を有する立派な造りをしている。
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高野山が開かれた頃に建造され、昭和の初期に再建、近年塗り替えられた高さ50mにも及ぶ巨大な宝塔である。 この付近の建物は19世紀中期の大火災により殆どが消失し、その後再建されたものばかりのようだが、根本大塔は東塔・西塔のような古い、厳かさはないものの、少し傾いた陽に照らされて光り輝く姿は感動ものである。 境内の一角、六角経堂にはマニ車のような水平に回転する回転輪があり、取手を押しながら一回りすることで読経したことになるそうだが、作法を知らない外国人の若者が公園の回転遊具の如く、勢いよく2度も3度も回している姿を見るとガッカリする。
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金堂は外観のみの拝観であったが、非常に大きな立派な建物である。 昭和初期に再建されたものだが、屋根の歪みも傷みもなく、瓦も新しく、良好な維持管理が行われていることがわかる。 中門はごく最近再建されたものらしく、真新しさが目立つ。 道路側から観ると、背後の根本大塔と相まって美しい。 奥之院から中門までの歩きの行程では、ここまで来ると流石に足がくたびれて、大門は帰り際の車窓観光とすることにした。 中門近くのバス停留場の運行表を見ると、ここから奥之院方面に向かうバスの便は既に終了していたため、千手院前交差点まで戻ると直ぐにバスが来て、10分程で中の瀬パーキングに戻ることができた。 小休憩後、車にて大門方向へ向かう。 大門は18世紀初頭に再建されたものであるが、威厳がある巨大な、高野山の入口にふさわしい姿の門であった。
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19:00-20:00
高野山から関空へ向かうルートをカーナビで検索しても、当初の行程の2倍程の時間がかかるルートしか示してくれず、自ら調べて、紀の川から62号線で直線的に山越えするルートを行くことにした。 62号線はよく整備され、走り易い道路である。 関空連絡橋の手前にガソリンスタンドはあるものの入り難く、また関空にもガソリンスタンドが設置されていないので注意が必要である。 レンタカー返却場所が分り難い。 空港内は中空と異なり、国内・海外の旅行客でごった返していた。 予定通りの到着で、出発まで十分に時間があるため、飲食街で打ち上げを行い、今回の旅の締めとした。
紀伊半島(伊勢志摩・熊野・高野山)を巡る旅
1日目の旅ルート
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