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Shotaさんの広島県〜高知県の旅行記

四国一周の旅(前半) 愛媛・高知・徳島

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五日間の四国一周の旅 (総走行距離2,600キロ) を2回に分けてご報告。まず「しまなみ海道」を渡って、愛媛県今治、松山、道後温泉を廻って大洲に投宿。翌日は大洲城下、宇和島市内から叶崎、足摺岬、ジョン万次郎の生家、高知の城址を廻って四万十市に宿泊。三日目は墓参がわりに王無しの浜を訪れ、高知城、紀貫之邸址、岩崎弥太郎の生家、安芸城下、中岡慎太郎の生家、吉良川の町並みなどを訪ねて室戸岬へ。宿泊は小松島市。

歴史ツウ Shotaさん 男性 / 70代

1日目2025年12月30日(火)
13:00-13:00

福山 SA(下り)

福山 SA の「さんちゃん」で広島焼きのネギのせをいただく。やはり美味い!

13:00-14:00

因島大橋

尾道市

「因島大橋」を   >

因島大橋の向島町立花付近  曇天だが爽快!

14:00-14:00

大山祇神社

今治市

「大山祇神社」を   >

大山祇(おおやまづみ)神社は全国にある大山積神を祀る神社の総本社。594年(推古天皇2年)創建とされる。

14:00-14:00

能因法師 雨乞の楠

能因法師 雨乞の楠  日本最古の楠(樹齢3000年)で、御冷泉天皇の頃(900年前)伊予国守藤原範国が能因法師を遣わし、祈雨の為参拝させた。「天の川 苗代水に せきくだせ 天降ります 神ならば神」と詠じて祈請。結果、伊予国中に三日三晩雨が降ったと伝わる(金葉和歌集)。  

14:00-14:00

大山祇神社 総門

2010年(平成22年)奉祝の総門は、高さ12m、二層構え、総檜造、銅板葺。両脇に随身像が立つ。

14:00-14:00

大山祇神社 拝殿

素木造、切妻造、檜皮葺の拝殿は1427年(応永34年)に再建。

14:00-14:00

乎知命手植の楠

乎知命 (おちのみこと) 手植の楠  大三島に大山積神を祀った乎知命の手植楠 (樹齢2600年) と伝わる神木。   

15:00-15:00

大三島美術館

今治市

「大三島美術館」を   >

大三島美術館は1986年(昭和61年)、当時の菅省三町長が自身のコレクション、現代日本画156点を無償貸与して開館。

15:00-15:00

大三島美術館

切妻の大屋根と太い列柱が印象的な美術館。昭和後期から現代に描かれた日本画約1,000点を展示する。

15:00-15:00

今治城

今治市

「今治城」を   >

今治城は、築城の名手・藤堂高虎が1602年(慶長7年)に築いた平城。高虎が今張の地に城を構えたのは、この地が水陸交通の要衝であったからである。つまり、芸予諸島を中心とした瀬戸内海中央部の制海権を確保するためであった。『日本城郭体系 16』

16:00-16:00

石手川ダム

松山市

「石手川ダム」を   >

石手川ダムは重信川水系石手川に1972年 (昭和47年) 竣工。

16:00-16:00

石手川ダム

堤高87mの重力式コンクリートダムは、洪水調節、上水道・灌漑用水の供給を目的とする。

17:00-17:00

湯築城跡

松山市

「湯築城跡」を   >

湯築城は、源平合戦において活躍した伊予の豪族河野氏の末裔、通盛が1336年(建武3年)に築いた平山城。外堀・内堀が残る。『日本城郭体系 16』

17:00-17:00

湯築城址

北朝側の通盛はこの城に拠って、南朝方の重要拠点味酒山(現・松山城)を攻略するなど、勢力の安定を図ったようである。『日本城郭体系 16』 現在は城址公園になっている。

17:00-17:00

松山市立子規記念博物館

松山市

「松山市立子規記念博物館」を   >

松山市立子規記念博物館は1981年(昭和56年)開館。「道後・松山の歴史」「子規とその時代」「子規のめざした世界」などをテーマとした展示が見られる。

17:00-17:00

子規・漱石 句碑

子規の句「ふゆ枯や 鏡にうつる 雲の影」1895年(明治28年)作の句(右) 漱石の句「半鐘と 並んで高き 冬木哉」1896年(明治29年)作の句が刻まれている。

17:00-17:00

一茶 句碑

一茶の句「寝ころんで 蝶泊らせる 外湯哉」1795年(寛政7年) 道後を訪れて読んだ句。

17:00-17:00

道後湯之町

陶器のタイルに描かれた道後温泉 道後村の図  なかなか趣があっていい。

17:00-17:00

歩音(あるね)

歩音と書いて「あるね」と読む。愛媛県産のいいもの、かわいいもの、美味しいものを中心にしたセレクトショップ。やはり文学の町松山だ。

17:00-17:00

道後温泉本館

松山市

「道後温泉本館」を   >

道後温泉本館は1894年(明治27年)に改築された近代和風建築の共同浴場。宮崎駿監督の映画『千と千尋の神隠し』に登場する「油屋」のモデルの一つとされる。 大変な人気で、入浴を待つ人たちが建物を取り巻いている。

17:00-17:00

道後温泉駅

松山市

「道後温泉駅」を   >

道後温泉駅は伊予鉄道城南線の停留場。駅舎は1911年 (明治44年) 建築の旧駅舎を復元してある。

19:00-23:00

オオズプラザホテル(大洲市)

オオズプラザホテルは大洲市東大洲にある、こじんまりしたビジネスホテル。

2日目2025年12月31日(水)
00:00-06:00

オオズプラザホテル(大洲市)

コンパクトなホテルのコンパクトな部屋。風呂とトイレとベッドがあれば用は足りる。

06:00-06:00

大洲市博物館(大洲市)

大洲地方の歴史や文化に関する資料を収集し展示している博物館。肱川流域の昆虫や魚類などり標本、ハクビシンやイノシシの剥製まで展示されている。貿易商、池田貫兵衛と河内寅次郎に関する展示中。

06:00-06:00

大洲市赤レンガ館

おおず赤煉瓦館は、1901年 (明治34年) に建築された大洲商業銀行本店。イギリス積みの煉瓦建築、屋根には和瓦を葺き、鬼瓦に商の字を入れた和洋折衷の様式。

07:00-07:00

臥龍山荘

大洲市

「臥龍山荘」を   >

臥龍山荘は、貿易商河内寅次郎が購入、構想10年、施工4年の歳月をかけ、1907年 (明治40年) に完成した山荘・庭園。

07:00-07:00

臥龍山荘(大洲市)

母屋は数寄屋造り、清吹(せいすい)の間の天井には屋久杉が使われ、壱是(いつし)の間には桂離宮様式をとり入れるなど創意工夫が施されている。

07:00-07:00

磐泉荘(大洲市)

磐泉荘は、マニラで貿易業を営んだ松井傳三郎(1870−1920年)・國五郎(1875−1945年)兄弟が故郷大洲に建築した別荘。1926年(大正15年)に完成。

07:00-07:00

磐泉荘

肱川随一の景勝地に位置する住宅には、東南アジアから輸入された建材が使用され、施主のイニシャル「K.M.」がデザインされた鬼瓦が使われている。

07:00-08:00

大洲城

大洲市

「大洲城」を   >

大洲城は1331年(元徳3年・元弘3年)宇都宮豊綱が築いた平山城であるが、戦国期、1580年(天正8年)宇都宮家の家老・大野直之が城主となり、さらに戸田勝隆・藤堂高虎・脇坂安治を経て加藤貞泰が継ぎ、維新まで続いた。『日本城郭体系 16』

08:00-08:00

大洲城 二の丸大手門址

二の丸の正面(大手)にあたる門があった所。門を抜けると内堀にかかる土橋があり、東門と同じ櫓門のある枡形構造の薬医門となっていた。

08:00-08:00

大洲城 三の丸 南隅櫓(再建)

大洲城三の丸に位置する櫓  外部両端に袴腰形の石落しを備えた櫓は1766年(明和3年)に再建。

08:00-08:00

旧加藤家住宅主屋

旧加藤家住宅主屋は、旧大洲藩主の加藤家が1925年(大正14年)に建築した住宅。大洲を代表する近代和風建築。 映画「男はつらいよー寅次郎と殿様−」の撮影に使われた。

08:00-08:00

中江藤樹宅址

中江藤樹宅址  この屋敷で藤樹は青年期を過ごしたとされ、庭先には井戸が残り「中江の水」と呼ばれている。

08:00-08:00

伊達宗城 冠の柳(宇和島市)

1863年(文久3年) 孝明天皇の賀茂神社行幸に付き従った宇和島藩前藩主伊達宗城が、神社での食事に添えられた柳の小枝を持ち帰って鉢植えにしたものの二世。 1867年(慶應3年)、宗城を訪ねた薩摩藩士西郷隆盛が会見した場所とされる。

08:00-08:00

宇和島市立伊達博物館

宇和島市

「宇和島市立伊達博物館」を   >

1614年(慶長19年) 伊達政宗の子、秀宗が初代宇和島藩主となり、以降9代藩主宗徳に至るまでの伊達家伝来の史料や宇和島に関する文化遺産を展示する。1974年(昭和49年) 伊達家屋敷址に開館。

08:00-08:00

宇和島市立伊達博物館

7代藩主・伊達宗紀と宇和島伊達家11代、伊達宗彰に関する史料の展示中。

08:00-08:00

大村益次郎邸址(宇和島市)

緒方洪庵の適塾(大坂)に学んだ村田蔵六(大村益次郎)は、1853年(嘉永6年) 宇和島藩の要請を受けて出仕、兵学、蘭学の講義と翻訳、砲台の設計、軍艦製造などに携わった。宇和島滞在は二年間ほどであった。

09:00-09:00

紫電改展示館(愛南町)

【館入口の写真】1980年(昭和55年) 開館の「紫電改展示館」には、1978年(昭和53年)地元の漁師が発見した旧日本海軍の局地戦闘機 紫電改が、34年ぶりに引き揚げられ展示してある。

10:00-10:00

南レク城辺公園大森山キャンプ場

愛南町(南宇和郡)

「南レク城辺公園大森山キャンプ場」を   >

大森城は戦国期の宇和西園寺十五将の一人、土居式部大輔清良の居城であった。『日本城郭体系 16』 城址は公園・キャンプ場になっている。

11:00-12:00

叶崎

土佐清水市

「叶崎」を   >

叶崎(かなえざき) は土佐清水市の西端で大月町との境界近くにある、絶景の岬。

11:00-12:00

叶崎

叶崎展望台から海岸線と「叶崎灯台」を見下ろす。 叶崎灯台は白色八角形レンガ造りで高さ8.3m、灯火の高さ40.5m。初点灯は1911年(明治44年)。

11:00-12:00

足摺海洋館

土佐清水市

「足摺海洋館」を   >

足摺海洋館は「土佐の海と黒潮の魚たち」をテーマに1975年(昭和50年)に開館した水族館。足摺の生態系を再現した展示と竜串湾の自然、マリンアクティビティが連動するように工夫されている。

11:00-12:00

足摺海底館

土佐清水市

「足摺海底館」を   >

1972年(昭和47年)に出来た海中展望台。水面下7mの海中展望室には直径60cmの円形窓が16箇所あって、サンゴ礁や熱帯魚、回遊魚などを観察できる。

12:00-12:00

めじか家(土佐清水市)

めじか家で「青のりうどん」をいただく。宗田節の濃厚なだしに四万十川でとれた青さ海苔をたっぷりと。確かにしっかりした出汁に磯の香りがして結構!

12:00-13:00

ジョン万次郎ミュージアム(土佐清水市)

ジョン万次郎ミュージアムは2006年(平成18年) 「海の駅あしずり」構内に移転オープン。波乱にみちた万次郎の生涯を、少年時代、漂流・救出、アメリカでの生活、日本帰国、幕末維新期と資料をもとに再現・展示してある。

13:00-13:00

ジョン万次郎生家(復元)

土佐清水市

「ジョン万次郎生家(復元)」を   >

ジョン万次郎が14歳まで暮らした土佐清水市中浜に、木造平屋、茅葺の生家が、写真を基に復元されている。

13:00-14:00

中浜(ジョン)万次郎像(足摺岬)

足摺岬に建つジョン万次郎像  ジョン万次郎(中浜万次郎)は1827年(文政10年)現在の土佐清水市中浜に貧しい漁師の次男として誕生。1841年(天保12年)14歳の時、仲間の漁師たちと共に難破、漂流した後、伊豆諸島の鳥島に漂着。その島で143日間生き延びたところで、アメリカ合衆国の捕鯨船ジョン・ハウランド号の乗組員によって救助された。そのまま米国に渡って、ホイットフィールド船長の養子のように暮らし、小学生に混じって英語を学んだ後、アカデミーで英語・数学・測量・航海術・造船技術などを学ぶ。1851年(嘉永4年) 琉球に上陸、薩摩藩主・島津斉彬の命により、像戦術や航海術について教示。その後、漂流から11年目に故郷・土佐に帰り、母と再会する。土佐では士分に取り立てられ、藩校「教授館」の教授となる。1853年(嘉永6年) ペリー来航の年、幕府に招聘され、直参旗本の身分を与えられる。1860年(万延元年)には日米修好通商条約締結のため使節団の一員として咸臨丸で渡米している。その後、薩摩藩、土佐藩などで教鞭をとり、維新後1869年(明治2年) 開成学校(東京大学の前身) の英語教授に任命される。1898年(明治31年) 71歳で波乱に満ちた生涯を閉じた。

13:00-14:00

足摺岬灯台

足摺灯台は四国の最南端足摺岬の突端に立つ高さ18.1mの大型灯台。初点灯は1914年(大正3年)。

16:00-16:00

宇佐八幡宮(日高村)

宇佐八幡宮は、500年ほど前、九州の宇佐神社から分霊を迎えたとされている。

17:00-17:00

朝倉城跡

高知市

「朝倉城跡」を   >

朝倉城は、戦国期、長岡郡北部の豪族で、本山城を本拠とした本山氏が、大永期(1521−28年)土佐中原への進出拠点として築いた平山城。郭、堀、井戸などが残る。『日本城郭体系 15』

17:00-17:00

坂本龍馬生誕地(高知市上町)

高知市の中心部、上町に「龍馬生誕地」の碑が立っている。龍馬は、1836年(天保6年) 土佐藩郷士坂本家の次男として生まれた。

17:00-17:00

SDA 高知キリスト教会(高知市百石町)

この教会でも卒業生が牧師として働いている。

20:00-23:00

中村第一ホテル(四万十市)

中村第一ホテルは土佐くろしお鉄道の「中村駅」前にある。以前にもお世話になった。

3日目2026年1月1日(木)
07:00-07:00

土佐くろしお鉄道「中村駅」

土佐くろしお鉄道の「中村駅」は1970年(昭和45年) 日本国有鉄道中村線の終着駅として開業。1988年(昭和63年) 土佐くろしお鉄道に転換。

07:00-08:00

為松公園

四万十市

「為松公園」を   >

為松公園は一條氏の家老であった為松氏の居城・中村城址。現在はわずかに石垣が残るのみで、市民公園になっており、約500本の桜の名所として知られる。

07:00-08:00

上林 暁文学碑

「四万十の青き流れを忘れめや」と詠った上林暁(かんばやし あかつき 本名・徳廣巌城 )・1902−80年)は、高知県出身の私小説家。『聖ヨハネ病院にて』『薔薇盗人』などの作品で知られる。

07:00-08:00

幸徳秋水 絶筆

「区々たる成敗は且く論ずるを止めよ 千古惟だまさに意気を存すべし 是の如くして生まれ是の如くして死す 罪人また布衣の尊きを覚ゆ」幸徳秋水  大意「こまごまとした成功失敗について、今あげつらうのはやめよう。 人生への意気込みを捨てぬことこそ、古今を通じて大切なことだ。 このように私は生きてきて、このように死んでいくが、罪人となってあらためて無官の平民の尊さを覚えることができた。」

07:00-08:00

四万十市郷土博物館「しろっと」

四万十市

「四万十市郷土博物館「しろっと」」を   >

山内一豊の弟、康豊の居城であった中村城址に建つ博物館。土佐一條家、中村山内家、中村出身の幸徳秋水などの史料を展示している。

08:00-08:00

王無しの浜(黒潮町)

王無しの浜  母と伯母の墓参がわりに先祖ゆかりの土佐の浜を訪れた。

08:00-08:00

尊良親王上陸の碑(黒潮町)

王無しの浜に建つ「尊良親王上陸の碑」 鎌倉末期、後醍醐天皇の第一皇子として生まれた尊良親王が、1332年(元弘2年) 父・後醍醐天皇が隠岐に流された際、土佐に流され上陸したとされる地。

09:00-09:00

高知城

高知市

「高知城」を   >

1601年(慶長6年)高知城を築いたのは山内一豊であるが、それ以前は大高坂城といわれ、南北朝期以来の歴史を持つ。天守閣を中心に本丸の諸建築と廊下門および追手門などは築城当時のものである。『日本城郭体系 15』

10:00-10:00

高知県立牧野植物園

高知市

「高知県立牧野植物園」を   >

1958年(昭和33年) 牧野富太郎の業績を顕彰する施設として五台山に開園。富太郎の蔵書や遺品約5万8000点、約30万点の標本を収蔵し、園内には3000種近い植物が栽培されている。

10:00-10:00

牧野植物園

面積 17.8ヘクタールの園内には、記念展示館、土佐寒蘭センター、カンナ&ローズ園、ガーデン・ショップなどが点在している。

11:00-11:00

古今集の庭(南国市)

「古今集の庭」は、古今和歌集選者・紀貫之にちなみ、古今和歌集の和歌32首にちなんだ草木と曲水の流れが配された趣のある庭園。

11:00-11:00

紀子旧跡碑

歌碑「あふく世に やとりしところ 末遠く つたへんためと のこすいしふみ」権大納言資枝

11:00-11:00

「月」字の額

紀貫之が土佐の守の任にあった時、自ら書いて庁舎に掲げてあった「松月庵」という額の「月」の字を碑に。

11:00-11:00

紀貫之邸跡

南国市

「紀貫之邸跡」を   >

土佐の守であった紀貫之邸の跡に建つ碑「土佐のまほろば ここに都ありき」と刻まれている。

11:00-11:00

紀貫之邸址

土佐日記の一節を刻んだ碑「みやこへとおもふをもののかなしきは かへらぬひとのあればなりけり さをさせどそこひもしらぬわたつみの ふかきこころをきみにみるかな」紀貫之

11:00-12:00

絵金蔵

香南市

「絵金蔵」を   >

絵師金蔵・弘瀬金蔵(1812−76年) は江戸末期から明治らかけての浮世絵師。江戸で狩野派に師事し、土佐藩家老・桐間家の御用絵師となるが、贋作事件により城下払いとなり、香南市赤岡町に定住。「町絵師・金蔵」として名を馳せる。「絵金蔵」では残された23枚の屏風絵を収蔵・展示する。

11:00-12:00

弁天座

香南市

「弁天座」を   >

弁天座は明治期に建てられ1970年(昭和45年)に閉館していたものを2007年(平成19年)に復活した。花道もあり、升席や桟敷席などを構えた本格的な造りになっていて、絵師・金蔵の芝居絵屏風の世界が「絵金歌舞伎」として演じられている。

11:00-12:00

赤岡浦大庄屋 濱五郎兵衛屋敷址(香南市)

初代濱五郎兵衛は日和佐城主であったが、主家細川氏の没落とともに所領を失い大阪天満へ隠遁。1596年(慶長元年) 長宗我部元親の勧めで赤岡へ移住し製塩業を起こす。後年、山内一豊にも仕えて、長宗我部遺臣団の一領具足の一揆を取り鎮め、その功により大庄屋を拝命した。

12:00-12:00

岩崎彌太郎銅像

安芸市

「岩崎彌太郎銅像」を   >

岩崎弥太郎(1835−85年)の銅像は高さ3.3m、1985年(昭和60年)、生誕150年を記念して建立。2015年(平成27年)生家前に移設された。岩崎は1870年(明治3年)土佐藩から藩船三隻を借り受け、大阪に三菱の前身、九十九(つくも)商会を設立した。

12:00-12:00

岩崎弥太郎生家

岩崎弥太郎の曽祖父、弥次右衛門が建てた家で、当時の中農の標準的な家。土蔵の鬼瓦には、岩崎家の家紋「三階菱」が刻まれている。

12:00-12:00

童謡曲碑(安芸市)

童謡「春よ来い」の曲碑 作曲者弘田龍太郎は1892年(明治25年)安芸市土居に生まれた。その偉業を後世に伝えようと、安芸市内の名所・旧跡10箇所に曲碑が建立されている。

12:00-13:00

安芸城跡

安芸市

「安芸城跡」を   >

安芸城はこの地の豪族安芸親氏が1309年(延慶2年)に築いた平山城。郭、土塁、堀、井戸などが残る。『日本城郭体系 15』

12:00-13:00

安芸城址

永禄期、安芸城は長宗我部元親の手に落ちるが、関ヶ原の合戦で西軍に加わった元親の子、盛親は除封され、山内一豊が土佐の国主となる。一豊は安芸に五藤為重を配した。『日本城郭体系 15』

12:00-13:00

安芸市立書道美術館

安芸市

「安芸市立書道美術館」を   >

書道美術館は1982年(昭和57年) 安芸城址に開館した、全国で初めての書道専門の公立美術館。日本書壇を代表する作品の展示はもとより、書道に関する資料や書籍を収蔵し、全国書展ゃ特別企画展などを催している。

12:00-13:00

安芸市立歴史民俗資料館

安芸市

「安芸市立歴史民俗資料館」を   >

安芸城址に建つ安芸市立歴史民俗資料館では、土佐藩家老・五藤家に伝わる武具・古文書・美術工芸品を中心に、考古史料や民具なども展示している。

12:00-13:00

五藤家安芸屋敷(安芸市)

五藤氏は尾張黒田の出身、山内一豊の父盛豊の頃から仕えてきた。1601年(慶長6年)土佐藩主となった一豊は、五藤家に安芸を預ける。家老・奉行として幕末まで藩政中枢で活躍した。

13:00-13:00

野良時計

安芸市

「野良時計」を   >

安芸市土居の地主・畠中源馬は独学で時計のパーツを作製したといわれる。当時、ほとんどの人は時計など持っておらず、周囲の人々の役に立ったようである。

13:00-13:00

武家屋敷 野村家(安芸市)

野村家住宅は現存する建物の中で最も古く、天保期(1830年)建築と推定され、武者隠しという三尺程度の壁をもち、玄関脇の平次門を入ると庭があり、その先は菜園になっている。

13:00-13:00

野村家住宅

大きさの異なる石や瓦を組み合わせ、強度を持たせるように工夫をこらした塀。興味深い。

13:00-13:00

森澤家住宅(安芸市)

森澤家主屋は桁行9間半、梁間4間半、切妻造、桟瓦葺、平屋建で南北に長い敷地の中央に東西棟で建つ。貴重な明治の地主屋敷の主屋。

14:00-14:00

中岡慎太郎館

北川村(安芸郡)

「中岡慎太郎館」を   >

中岡慎太郎館は1993年(平成5年)に開館。慎太郎の書状や裃のほか、土佐藩出身の陸援隊士・岡田かん助の資料も加わり、陸援隊の活動が理解できるようになっている。

14:00-14:00

中岡慎太郎生家

中岡慎太郎の生家は、1967年(昭和42年)見取り図を基に復元された。中岡家は村の庄屋であったため、勘定の間や庭に面した式台、次の間、客間を公の間とし、その他奥の間を私生活の間としたとされる。

15:00-16:00

吉良川の町並み

室戸市

「吉良川の町並み」を   >

太平洋を望む港町吉良川町には明治期から昭和期に建てられた、伝統的家屋が134軒ある。

15:00-16:00

吉良川の町並み

暴風雨に見舞われることの多い吉良川では、土佐漆喰や水切り瓦、軒の低い家屋など職人たちが知恵を絞って造り上げてきた町並みが残っている。

15:00-16:00

御田八幡宮(室戸市)

御田八幡宮の創祀は不詳。1496年(明応5年)に和食親忠が鳥居を造立。1585年(天正13年)には橘氏によって社殿が建立された。応神天皇を主祭神とする。

15:00-16:00

御田八幡宮(室戸市)

どっしり構える神木  境内には楠やエノキの大木が聳え、その樹幹や枝には希少なボウラン(棒蘭)が自生する。

16:00-16:00

室戸岬

室戸市

「室戸岬」を   >

室戸岬は安芸山地が太平洋に落ち込む南端で、太平洋に大きく突き出し、紀伊水道と土佐湾を分ける。泥岩・砂岩・斑レイ岩により海岸段丘や岩礁、奇岩が形成され、冬でも温暖で亜熱帯植物が繁茂する。

16:00-16:00

室戸岬灯台

室戸岬灯台は1899年(明治32年)に初点灯された、高さ15.4mの鉄製の灯台。室戸岬付近の高台に立つ。

16:00-16:00

中岡慎太郎像

室戸市

「中岡慎太郎像」を   >

室戸岬に立つ中岡慎太郎像  慎太郎は1838年(天保9年)北川郷柏木に誕生。野友村の漢方医・島村策吾に四書を学び、14歳で塾の代講を務める。藩校・田野学館で武市半平太に剣術を、間崎滄浪塾で経史を学び、1861年(文久元年)土佐勤王党に参加するも後脱藩、坂本龍馬と共に薩長同盟締結に貢献、陸援隊を組織するなど活躍した。

16:00-16:00

室戸世界ジオパークセンター

室戸市

「室戸世界ジオパークセンター」を   >

室戸世界ジオパークセンターは、室戸の大地・海・文化を体験できるジオシアター。大地のなりたち、人々の生活、産業・文化などを紹介・展示する。県内の名産を販売するショップも入っている。

17:00-17:00

海部城跡

海陽町(海部郡)

「海部城跡」を   >

海部城は1571年(元亀2年)海部左近将監友光が築いた山城。1577年(天正5年)、長曾我部元親の阿波侵攻により落城。『日本城郭体系 15』

17:00-17:00

海部城址

海部城址は標高約50mにある主郭を中心に南北約300m、東西約230mの範囲に、大小十数か所の曲輪の址が見られる。

17:00-17:00

牟岐城址(牟岐町)

牟岐城は元亀期(1570−73年)牟岐大膳允が築いた平山城。牟岐城は、1575年(天正3年)海部城を落とした長宗我部元親の支配下に下っている。『日本城郭体系 15』

19:00-23:00

HOTEL AZ 徳島小松島店(小松島市)

HOTEL AZ 徳島小松島店は以前お世話になったホテルチェーンのひとつ。少し早めに入ってゆっくり休む。

四国一周の旅(前半) 愛媛・高知・徳島

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