後醍醐天皇の御着船所
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後醍醐天皇の御着船所 - 後醍醐天皇の御着船所のクチコミ
グルメツウ なっちさん 女性/40代
- 一人
昔、後醍醐天皇が、ここに上陸したという場所です。
石で出来た碑がありました。
海の見える場所にあり、なんとなく当時をしのぶことが出来ました。
- 行った時期:2014年7月
- 投稿日:2018年9月3日
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後醍醐天皇の御着船所の新着クチコミ
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寂しい田園地帯の中にある丘の上に「後醍醐天皇御着船地」と刻まれた石碑が建っています
隠岐島を脱出した後醍醐天皇が本州大山町に上陸したとされる港は説が2つあります。一つは「後醍醐天皇お腰掛けの岩」のある大山町御来屋港です。隠岐の島から脱走し上陸した後醍醐天皇をかくまった御来屋街道通りにある家の前に、「元弘帝着船所」と刻まれた石碑が建っています。鳥取藩がかくまったことをたたえて1858年に建てられたそうです。もう1つは、大山町岡にある逢坂港です。寂しい田園地帯の中にある丘の上に「後醍醐天皇御着船地」と刻まれた石碑が建っています。こちらは比較的新しく、昭和8年(1933年)に建てられたそうです。丘を登って碑を近くで見たかったのですが、草ぼうぼうで近寄ることはできませんでした。
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- 行った時期:2018年7月
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 人数:3人〜5人
- 投稿日:2018年8月24日
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隠岐の神塚
国道9号線から少し逸れたところにあった「ハマナス自生南限地帯案内図」では、後醍醐天皇の御着船所という名前ではなく、「隠岐の神塚」という名称で案内されていました。田んぼの真ん中にまあるい小高い塚があり、その上に自然石のような石碑が立っていていて、遠くからでもよく目立つようにされていました。説明板など見当たらず石碑以外何もないですが、後醍醐天皇が隠岐を脱出して、上陸した地点がここのようです。
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- 行った時期:2018年7月
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 人数:3人〜5人
- 投稿日:2018年8月22日
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後醍醐天皇の御着船所
後醍醐天皇の「着船所(地)」という碑は、大山町内に二つあります。一つが大山町岡で「後醍醐天皇御着船地」と刻まれた石碑が建っていて、もう一つが大山町御来屋で「元弘帝御着船所の碑」があります(元弘帝は後醍醐天皇のことです)。現在では大山町岡にある石碑が語られることはほとんどないそうで、御来屋の方が一般的に広く知られているようです。実際両方とも訪れてみたのですが、「元弘帝御着船所の碑」は昔ながらの雰囲気の良い街道沿いにあり観光地ぽい所にあるのに対して、「後醍醐天皇御着船地」の碑は、周囲に住家もなく田んぼの中にひっそりと建っていました。それだけでなく「後醍醐天皇御着船地」の碑の方は、道案内板など全く見かけなっかたので辿り着くのも難しいかもしれません。
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- 行った時期:2018年7月
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 人数:3人〜5人
- 投稿日:2018年8月21日