旧東海道石薬師
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石薬師 - 旧東海道石薬師のクチコミ
歴史ツウ Shotaさん 男性/70代
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by Shotaさん(2022年3月19日撮影)
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「石薬師 石薬師寺」 刈入れの済んだ田の広がり、背後の黒い山、さらに最遠景として藍色の山。幾重にも重なる山々を描くことで、秋晴れの空の透明感を表現するなど風景描写に力点を置くゆえに石薬師寺はごく小さく目立たぬように描かれている。『宝永堂版 東海道五拾三次』
- 行った時期:2022年3月19日
- 投稿日:2022年3月31日
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小澤本陣
石薬師宿 小澤本陣址。四日市と亀山の間が長距離であったため、元和2年(1616年)新たな宿駅として設置された。名は石薬師寺に由来し、元はその門前町としてひらけてはいた。 【本陣3カ所、脇本陣なし、旅籠15軒。名物・鰻、薬師餅】
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- 行った時期:2022年3月19日
- 投稿日:2022年3月31日
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東海道五十三次の44番目の宿場町・石薬師宿
佐佐木信綱記念館・生家の前の旧東海道。北北西にまっすぐ伸びています。道幅が広く、人馬にとっては片側2車線になっていた事が察せられます。
この周辺が、東海道五十三次の44番目の宿場町・石薬師宿があった場所です。詳細情報をみる
- 行った時期:2019年9月29日
- 投稿日:2019年11月12日
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幕末の志士たちも行き来していた
旧東海道は、石薬師寺の横を通っています。石薬師宿は、大阪夏の陣で豊臣氏が滅び、徳川家康が死去した直後にできた宿場町です。このため家康や秀忠が征夷大将軍就任にあたって、この道を通って京に上りましたが、その頃は宿場町にはなっていなかったことになります。
西国大名による参勤交代の大名行列や、幕末の志士たちが江戸と京との行き来に通っていた街道だと考えると、何とも感慨深いものがあります。詳細情報をみる
- 行った時期:2019年9月29日
- 投稿日:2019年11月12日
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1616年幕府の命により設置された宿場
1616年幕府の命により設置され、この時から村も宿名も石薬師となり、当時は石薬師寺がこの地方には知れ渡っていたので寺の名をそのまま取り地名となったと記され、大名の泊まるところが本陣と言うが、小沢家がこの宿場の本陣を務め、周りには背の高い松が多く生育していたので別名松本の陣ともいわれたという、元禄時代の宿帳には、かの赤穂浪士朝の浅野内匠頭の名もあるという
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- 行った時期:2019年4月20日
- 混雑具合:やや混んでいた
- 滞在時間:1〜2時間
- 投稿日:2019年4月23日
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東海道五十三次の四十四番目の宿場町
三重県鈴鹿市にある、東海道五十三次の四十四番目の宿場町です。
佐佐木信綱資料館や石薬師文庫、石薬師寺などの観光名所があり、休日には歩いて周られている観光客の方も見掛けます。
今回は車で行きましたが、今度はゆっくりと歩いて周りたいと思います。詳細情報をみる
- 行った時期:2017年10月
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2017年10月11日