新島襄海外渡航の地碑
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西波止場の先 - 新島襄海外渡航の地碑のクチコミ
グルメツウ topologyさん 男性/50代
- 一人
新島襄は、アメリカに渡るため、監視の緩い函館から、密航しました。西波止場の先にありますが、少しわかりずらいかも。
- 行った時期:2016年10月
- 混雑具合:やや空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2016年10月3日
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新島襄海外渡航の地碑の新着クチコミ
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新島襄ブロンズ像の先にあります
幕末に新島襄が米国に密航した(上海経由)地に建つ、碑です。西波止場に建つ、彼のブロンズ像より函館ドック方向に少し歩いた所にあります。
詳細情報をみる
- 行った時期:2018年6月
- 投稿日:2018年7月3日
topologyさん
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同志社の校祖、新島襄の渡航碑
同志社の校祖、新島襄がアメリカへ渡るのは、この函館の波止場から始まりました。
石碑の場所への案内版がわかりやすく設置はされていますが、ひっそりとしたところなので、
たどりつくまで少し時間がかかりました。詳細情報をみる
- 行った時期:2018年1月4日
- 投稿日:2018年4月30日
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新島襄の心境に思いを馳せて
以前は倉庫街の狭い通路を入っていくとひっそりとある、知る人ぞ知る場所でしたが、すっかり整備されて案内板なども出ていました。
1864年に新島襄がアメリカへ行くために江戸から箱館へやってきて、ここから出航。上海経由で渡米しました。海外渡航が禁じられた時代に密航を決意した新島さんの思いや、それを汲んで船に乗せてくれた船長の思いなど、感慨深いものがあります。詳細情報をみる
- 行った時期:2018年3月
- 投稿日:2018年3月25日
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函館市と同志社によって建てられた
かつては賑わっていた十字街から函館ドック寄りの海沿いに、今は寂れた一画にひっそりと建つ石碑。関係者なら感慨深い場所だが、一般の者には特に気をひくこともない。
函館市と学校法人同志社が共同で設立したものである。詳細情報をみる
- 行った時期:2017年6月
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 人数:2人
- 投稿日:2017年9月23日
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新島襄 密航の地
新島襄は、吉田松陰の海外渡航失敗に学び、比較的 密航しやすいと思われる、函館を選びました。新島襄ブロンズ像のある所ではなく、此方が密航した波止場。
詳細情報をみる
- 行った時期:2017年7月
- 投稿日:2017年7月8日
topologyさん