言成地蔵
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地蔵 - 言成地蔵のクチコミ
東京ツウ りすさん 女性/60代
- 友達同士
ひっそりと言成地蔵が安置されていました。お堂は小さく、あまり目立ちません。三島大社へ訪れた方で興味のあるかたは立ち寄ってみてください。
- 行った時期:2014年11月
- 人数:2人
- 投稿日:2018年5月19日
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言成地蔵の新着クチコミ
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有無を言わさず
三島市東本町は、旧東海道三島宿のあった場所、大名行列の移動は、恒例行事とされていました。生麦事件から薩英戦争まで発展したことからもわかるように、大名側にとっては、一大事で有無を言わさず斬り殺すのが常でした。いいなりになったことから言成地蔵として供養されました。各地にこのような出来事は頻繁にあったのではないかと察します。
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- 行った時期:2017年10月
- 投稿日:2018年10月30日
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小菊ちゃん
6歳の小菊は道の反対側にいた母親の元へ行くため大名行列を横切り手打ちとなりました。憐れんだ町の人々により、小菊の霊を祭った地蔵堂が建立されました。小菊の最後の言葉をとって「言成地蔵」と名付けられました。
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- 行った時期:2016年4月
- 投稿日:2018年8月2日
pecdさん
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歴史ある宿場町三島には色々な言い伝えが残ります。
三嶋大社から三島二日町駅方面へ向かう街道沿いに小さな地蔵尊があって、左手に赤い帽子と赤い前掛けを掛けたお小さな地蔵さんが並んでいます。
江戸時代東海道の宿場町だった三島、あるとき参勤交代のお殿様の前を横切ってしまった小さな女の子の悲しい出来事を哀れんだ町の人々が建てた地蔵尊です。詳細情報をみる
- 行った時期:2018年7月
- 投稿日:2018年7月7日
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歴史の勉強になりました
言成地蔵を見に行きました。幼い小菊の霊を慰めようと、地蔵尊として祀ったそうです。歴史の勉強になりました。
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- 行った時期:2018年5月
- 投稿日:2018年5月15日
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あまりにも酷い話なので
三嶋神社の鳥居の前から南へ450m、歩いて6分ほどの所にあるお地蔵様の祠です。
案内板に由来の伝承が書かれているのですが、これがあまりにも悲惨、あまりにも過酷な話で、
にわかには信じられない、信じたくない話でございます。
案内板によれば、1687年のある日、6歳の小菊ちゃんが大名行列の前を横切ったために、
「横暴で短気でわがままな25歳の大名・松平若狭守道明」の命により、
三島の人々や幼女本人の助命嘆願も虚しく斬り殺されたとあります。
日付・状況・大名の名前など、かなり具体的なので本当にあった話かもしれませんが、
無礼討ちが許されていた世の中とは言え、隠れた話ならともかくも、表沙汰になるような話で、
体裁を整えなくてはならない大名が、果たしてそのようなことをするのかどうか、
作り話であってほしいなという気持ちも手伝って、家に帰ってから少しだけ調べましたところ、
この話と似たような話が舞台を木曽路に存在するとか、東海道・三島では失敗した父親による仇討が、木曽路では成功しているとか、
松平直明という1656年生まれの明石藩初代藩主が存在したとか、明石藩と尾張藩は本当に仲が悪かったようだとか、
結局のところフィクションともノンフィクションとも判別はつかなかったのではありますが、
道端にお地蔵様があるところは、何かしら不幸があった場所で、物故者をお弔いするためにお地蔵さまがあるという話も、
よく耳にすることでございますから、何かしらとっても悲しい出来事が、いつぞやにあったに違いないと、
そういう理不尽な悲しみというのは人間の歴史の常でもありますし、お地蔵様の前で手を合わせました。詳細情報をみる
- 行った時期:2018年4月20日
- 投稿日:2018年5月12日