沓掛城址
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合戦の様子を再現する祭り会場 - 沓掛城址のクチコミ
愛知ツウ 鶴亀松竹梅扇さん 男性/60代
- 一人
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by 鶴亀松竹梅扇さん(2017年6月4日撮影)
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沓掛城址は小高い丘になり、そこに続く階段の先に木々に囲まれそれらしき広場があった、一帯は公園になっていて桶狭間の戦いの前夜に今川義元が宿泊したといわれ織田信長に攻め落とされたという、城跡で1981年〜1984年に発掘調査があり現在の公園が整備され春には桜の名所として賑わうと言う、この日はその合戦の再現イベント、が開かれ大勢の人が見守る中、祭りが模様されていた、先着何名かに冷たい氷菓子が配られしばし休憩しながら食し再現イベントを拝見した。
- 行った時期:2017年6月4日
- 投稿日:2017年6月6日
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沓掛城址公園として整備されています
桶狭間の前夜今川義元が宿泊した城として知られていますが、現在は本丸や空堀や曲輪が遺構として残る公園になっています。公園と言っても遊具などはなく、花見や広場で遊んだり散策はできると思いますが、遺構の維持管理が大変だと思います。
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- 行った時期:2022年3月17日
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2024年7月17日
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大河ドラマ「どうする家康」の影響もあって沓掛城跡へ
2023年の大河ドラマ「どうする家康」の影響もあって沓掛城跡に行ってみた。 公園として整備されているだけで往時を偲ばせるものはただ石碑「沓掛城跡」と案内板と井戸の跡だけであった。 芭蕉の「夏草や 兵もの、、、」が思い起こされた。
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- 行った時期:2023年4月24日
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2023年4月24日
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沓掛城址
沓掛城は応永元年(1394年)頃、藤原義行が築いたと伝わる。明応元年(1492年)前後から近藤氏の居城となったが、永禄3年(1560年)近藤景春が桶狭間の戦いで戦死し空城となった。『日本城郭大系9』
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- 行った時期:2021年12月15日
- 投稿日:2021年12月18日
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お堀
小さな公園になっていますので、親子連れでボール遊びをしているのをお見かけしました。お堀があり跡地だったと気付かされる沓掛城址です。
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- 行った時期:2018年4月
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2018年5月5日
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跡地
駐車場も完備されており、入り口側に、沓掛城についての詳しい説明がありますので、知識がなくても楽しめると思います。
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- 行った時期:2018年2月
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2018年4月26日