新薬師寺
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十二神将の躍動感 - 新薬師寺のクチコミ
大阪ツウ hocsaiさん 女性/30代
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焼討でたったひとつ残った建物が本堂となりました。
by hocsaiさん(2018年7月撮影)
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薄暗い本堂の中、剣を持つクビラ大将の前へ来たときは、本当に刺されるような気がしました。
庫裡ではお寺の歴史や十二神将の色を復元する映像を公開しています。塑像だからいつ崩れてもおかしくない、という言葉が忘れられません。大事に遺されてきた物を、見られるうちに見ておきたいと思いました。
- 行った時期:2018年7月
- 混雑具合:やや空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2018年7月2日
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新薬師寺の新着クチコミ
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新薬師寺
新薬師寺の開基は光明皇后または聖武天皇と伝わるが、奈良期創建の詳細については不詳。薬師如来を本尊とする華厳宗の寺院。 山門は鎌倉期の築造。往時隆盛の名残りを見せる。
詳細情報をみる
- 行った時期:2023年12月31日
- 投稿日:2024年1月21日
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奈良時代の貴重な遺産
新薬師寺は、おそらく初めての参拝になる。(修学旅行の記憶が定かではない為)
本堂もシンプルではあるが長い時代の波に耐えた威厳が感じられる。
内陣の薬師如来坐像と十二神将像の迫力には圧倒される。
奈良時代からの建物の中にあればこそこの迫力は生まれるのであろう。
空いていて国宝をじっくり鑑賞できるのは、誠にうれしかった。
無料駐車場があるので、便利であった。詳細情報をみる
- 行った時期:2022年4月29日
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2022年6月20日
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迫力ある十二神将を目の前で
春日大社から新薬師寺まで徒歩で15分かかりました。春日大社からは中禰宜道といって以前は春日大社の禰宜さんがお社まで通っていた林道を抜け、住宅街を抜けて新薬師寺に到着。国宝がある貴重なお寺ですが、近くに公共交通機関がなく、市内循環バスのバス停まで徒歩で10分以上かかります。本堂は奈良時代建造の国宝、門も鐘楼も地蔵堂も鎌倉時代の重要文化財と文化財だらけのお寺です。国宝の本堂は中に入って参拝することが出来ます。本堂の中には、これまた薬師如来像とそれを取り巻くように護衛する十二神将像がずらりと立ち並び、その迫力に圧倒されます。いずれも奈良時代の国宝であり、目の前でじっくり拝見できる貴重な機会です。
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- 行った時期:2021年11月23日
- 投稿日:2022年1月20日
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光明皇后が創建
新薬師寺は聖武天皇の病気平癒を祈願して、光明皇后が創建したということでビデオの説明ではかなり広かったようですが、自然災害や戦火によって本堂だけが残ったようです。十二神将立像が薬師寺如来像を守っているのは迫力があり、本堂を見るのは価値があります。
詳細情報をみる
- 行った時期:2021年7月24日
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2021年7月24日
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新薬師寺の薬師如来様は親を思う子供の願いかも
2021年4月7日(水)の訪問。約1時間の滞在。
入江泰吉記念奈良市写真美術館や春日大社に近い新薬師寺を訪問した。ご本尊は,薬師如来で,十二神将がおられる。十二神将の中には,有名な伐折羅大将(ばざらたいしょう)像もおられる。
●薬師如来像(本堂,もとの食堂[じきどう])
ご本尊の薬師如来様は,大きく見開いた眼(まなこ)のため,光明皇后の眼病と関連付けられることもある。如来様を拝顔していると,眼の大きさより,お顔の丸さが気になった。
西ノ京にある薬師寺の薬師如来(新薬師寺の如来より約百年古い)は,慈愛に満ちたご表情だ。しかし新薬師寺の如来様は,もっと親しみのあるお顔だ。
お顔を長く見つめていると,子供の顔に思えてきた。となると,聖武天皇=光明皇后の娘である孝謙天皇(重祚して称徳天皇)の子供時代を模したのかもしれない。病の光明皇后の回復を願う子供の頃の孝謙天皇ではないか,というのが報告者の妄想。
なお孝謙天皇は,新薬師寺の薬師如来ができる20年くらい前にお亡くなりなっている。
●十二神将
伐折羅大将像のみつくられた当時の彩色図があった。新薬師寺の西側に香薬師堂があり,その隣の建物で簡単なビデオを見ることができた。このビデオはよくできていて,彩色図の有無を見せてくれるのがありがたい。詳細情報をみる
- 行った時期:2021年4月7日
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2021年4月15日