三原城跡
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隆景広場からの三原城跡 - 三原城跡のクチコミ
歴史ツウ トシローさん 男性/60代
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by トシローさん(2024年9月7日撮影)
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三原城は毛利元就の三男である小早川隆景が築いた城、昨日の吉田郡山城の「三矢の訓の碑」と繋がります。駅の北口左に出ると隆景広場、天守台跡とは異なり下から石垣を見上げて三原城の大きさを実感します。
- 行った時期:2024年9月7日
- 投稿日:2024年9月11日
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海に浮かぶ城
かってこのあたりは海に面し、城主・小早川隆景率いる毛利水軍の軍港でもあったそうです。
発展の代償として沿岸は埋め立てられ、山陽新幹線が廓を貫き当時の面影は駅北側に接する天守跡の濠・石垣の一部を残すのみとなっています。
しかしながら、自分にとって、往時の繁栄を妄想するのが、城を訪ねる面白さでもあります。
市内の筆影山から眺める瀬戸内海の眺めからは、島々の間を駆け巡って出陣し。織田信長を敵に回し、本願寺・三木合戦を支援した毛利水軍の雄姿を想像させてくれました。
訪問日は浮城祭の前日で、スタッフの方々が用意にいそしんでおられました。
海に浮かぶ城からくる異名が浮城なのだそうです。詳細情報をみる
- 行った時期:2024年11月8日
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2024年12月28日
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三原城跡 天守台
JR山陽本線の西条駅の次は三原駅で途中下車、駅北側の新幹線乗換口奥に三原城天守台跡入口の表示。三原城の天守台跡に直結していました。
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- 行った時期:2024年9月7日
- 投稿日:2024年9月11日
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三原城址
三原城は天文―永禄期(1532-70年)に小早川隆景が築いた海城。因島村上氏など瀬戸内海上勢力の統御や情報収集の中継基地とした。信長が内海地域西進を推し進めるとその重要性はさらに増した。『日本城郭大系 13』
詳細情報をみる
- 行った時期:2023年5月28日
- 投稿日:2023年6月5日
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三原城址
昭和50年(1975年)山陽新幹線三原駅高架化により、高架が本丸及び天守台址を貫き、城址は分断されている。それでも天守台址を囲む堀を中心に公園ができている。
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- 行った時期:2023年5月28日
- 投稿日:2023年6月5日
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三原城跡
三原駅直結の城跡。石垣とお濠の周囲は西国街道だったとのことで、近年住宅を移転して街道後を一部復元しています。三原市の中心市街地は駅以外もお城の縄張り内にあるため、駅の南側の市街地にも石垣が現存しています。
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- 行った時期:2023年3月4日
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2023年3月9日
のりゆきさん