盛安寺
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盛安寺周辺宿からの現地情報
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明智光秀公ゆかりの地を巡る戦国史跡コース・2日目3
投稿時期:2026年07月21日2020年1月から放送されたNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公、明智光秀ゆかりの地を巡るモデルコースです。
|坂本城跡公園
坂本城は元亀二年の延暦寺焼き討ち後、織田信長公が明智光秀公に命じて築城されたものです。
山門の監視ができる比叡山山麓にあることや、京都に通じる交通の要所である点から、当時の坂本は天下を左右するほど重要な場所だと考えられていました。
坂本城の構造は長らく不明とされてきましたが、近年の発掘調査により、その特徴が徐々に解明されてきています。
その主な特徴のひとつに、琵琶湖の水を城内に引き入れた水域形式の城であったことが挙げられます。
文化的な営みを愛した光秀公は、しばしば城で茶会を開いており、そのことは光秀公の茶湯の師匠・津田宗及の茶会記にも記されています。
また、イエズス会の宣教師であったルイス・フロイスは、著書『日本史』の中で「信長が安土山に建てたものにつぎ、この明智の城ほど有名なものは天下にないほどであった」と記しており、この記述からも当時の豪壮な城の様子が伺えます。
光秀公の死後、丹羽長秀、杉原家次、浅野長政らが城主となりましたが、いずれも長くは続かず、天正十四年(1586)の大津城の築城とともに解体されました。
現在、当時の面影を残す遺構はほとんど残されていませんが、坂本城跡公園には明智光秀の像がひっそりと立っており、今も静かにびわ湖を見守っています。
皆様も眼前に広がるびわ湖を眺めながら、遠い戦国時代に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
|盛安寺
明智光秀公ゆかりの陣太鼓が残されている盛安寺は、天台真盛宗の寺院です。
創建は不明とされていますが、戦国時代に越前朝倉氏の家臣である杉若盛安(すぎわかせいあん)が再興し、自分の名を付けたと伝えられ、幾度かの焼失の度に復興されて現在に至っています。
また、随筆家の白洲正子がその美しさを絶賛し、井上靖の小説『星と祭り』にも登場する木造十一面観音立像が安置されていることでも知られています。
長谷川派の極彩色障壁画が見事な上段の間と次の間に面した鑑賞式枯山水庭園は、県の名勝に指定されています。
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投稿した宿
おごと温泉 暖灯館きくのや〜懐しい風合い暖かなおもてなしの宿
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