朝倉山の鬼とは - 麻弖良布神社のクチコミ
神社ツウ 三文詩人さん 男性/50代
- 一人
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一の鳥居。の右に「左右良城跡」石碑
by 三文詩人さん(2017年4月30日撮影)
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下宮は、無いよりマシな程度の
by 三文詩人さん(2017年4月30日撮影)
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ここから右に
by 三文詩人さん(2017年4月30日撮影)
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頂上手前の十九社
by 三文詩人さん(2017年4月30日撮影)
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山頂の上宮。左右良城跡らしきものは見当たらず
by 三文詩人さん(2017年4月30日撮影)
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実は「て」の字が違う。「氏」底部に「、」を打った字を使うのだが、JISに無く使えない。何だか読みにくい社号は「まてらふ」と読む。
たぶん当て字、だとしても「まてらう」なる神はない。アマテラス説もあるけれど、根拠は無い。アサクラと読むには無理がある。
延喜式にも同じ社号を載せるので、この山を古くから「まてら」山と呼び、この山の神を祀るのであろうことは窺える。
「橘の広庭公園」にも書いたが、斉明紀7年に「朝倉山」が登場する。
…五月乙未朔癸卯、天皇は朝倉橘廣庭宮に遷り居ます。是の時、朝倉山の木を伐り除ひて此の宮を作るの故、神ぞ忿りて殿を壤ち、亦た宮中に鬼火を見る。是の由、大舍人及び諸近侍の病に死す者衆し。
…秋七月甲午朔丁巳、天皇は朝倉宮に崩る。八月甲子朔、皇太子、天皇の喪に徒奉り、磐瀬宮に還り至る。是の夕べに朝倉山上に鬼有り、大笠を着け喪儀を臨み看る、衆皆嗟き怪しぶ。
ところが朝倉市に「朝倉山」は無い。この麻底良山のこととされる。
神社は上宮と下宮があり、上宮を拝むには山に登るしかない。
「普門院」に車を駐め、礼拝してから柿畑の道を進むと、鳥居に至る。鳥居横に「左右良城跡」石碑。道は狭くなるが、鳥居から少し先まで舗装され、駐車できそうな場所もある。
山道に入って間もなく、下宮がある。下宮から進むと山林が途切れ、いきなり柿畑に進入。狼狽えつつも見上げると、右手に山が見える。柿畑の途中から右に折れ、山道に入る。ガードレールのようなものが立つ以外、道案内の看板は無いので注意。
山頂に坐す上宮の手前に祠が並び、「十九社」なる扁額が落ちている。ぎょっとしたが、神名を見ると筑前の式内社ばかり。つまり筑前國の式内社を集めたもので、ここで式内社巡りができる仕組みらしい。
山頂を示す標識に「麻底良山(295m)」とある。山頂にしては開けた場所に、上宮が坐す。立木に囲まれ、見通しは悪い。
「まてらう」とは何なのか、朝倉山のことなのか。登ってみても解らない。交通の要所などでは無さそう。ただ、湿気が籠り易い地形に感じる。
鬼火の正体は不明ながら、湿地に起きる現象であるらしい。「大笠を着けた鬼」とはブロッケン現象ではないか。病死が多発したのも、夏季に湿気の多い土地へ来たからだろう。熱中症や食中りが多発したに違いない。ご苦労千万な事である…
- 行った時期:2017年4月30日
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:2〜3時間
- 投稿日:2017年6月2日
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井上悦文氏の説
布の草書体は須の草書体とほぼ同じため誤った転記により、もともと「す」と発音するのではないかとのこと。旅はロマンだー。
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- 行った時期:2019年5月4日
- 混雑具合:空いていた
- 滞在時間:1時間未満
- 投稿日:2019年5月22日