中央町(大分県)の文化史跡・遺跡
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その他エリアの文化史跡・遺跡スポット
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※掲載されている目安距離は役所・役場からの距離になります。
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文化史跡・遺跡
大門櫓は臼杵城跡で最も大きな建築物、復元遺構ではありますが臼杵城跡の顔とも言えるシンボルです。現存建...by トシローさん
「大門櫓」は17世紀初頭、臼杵藩の藩主であった稲葉氏入城直後に建てられました。 宝暦13年の大火で焼失したあと、5年後再建されたものの明治初年の廃城によって取り壊されたました...
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文化史跡・遺跡
臼杵神社の境内には県内でも特に珍しい石造物があります。その形が、甲冑に身を固めた武人(頭部はなし)に似ているため、石甲とも短甲型石人とも呼ばれ、神社の鳥居をくぐると右側に...
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文化史跡・遺跡
凝灰岩製。長さ1.31m、底面の幅0.575m、半月型をなす軸部の高さは正面0.51m。方形は長さ1.09m厚さ30cm。 ...by ホタさん
戦国武将大友宗麟はキリシタン大名として積極的に南蛮文化を導入し、臼杵にキリシタン遺跡が多い。カマボコ型と直方体型の2基があり,正面にクルスが刻まれている。 文化財 都道府県...
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文化史跡・遺跡
南北に延びる東側に向った磨崖面に、25mにわたって刻まれた石塔で、鎌倉期から南北朝期の作です。百か日供養、あるいは逆修(生前に自分の死後の冥福を願ったもの)のために造立され...
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文化史跡・遺跡
若宮八幡宮の境内にあるそうです。 途中でトトロの姿もありました。 御神木は雄大で森林に囲まれて厳かな...by さっちゃんさん
弥生時代貝塚と集落跡。若宮八幡宮の境内地。 文化財 都道府県指定史跡 時代 弥生
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文化史跡・遺跡
三の丸櫓門から佐伯城本丸跡に登るルートは三つ有りますが、一番無難な独歩碑の道を選びました。それでも登...by トシローさん
日田から転封された毛利高政が、1606(慶長9)年に築城し、以後、毛利氏十二代の居城となった。現在は、本丸、二の丸、北の丸などの石垣や、三の丸の立派な楼門が残る。本丸跡に...
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文化史跡・遺跡
意外と高さのある石の塔で、屋根の形が均衡がとれていて美しかったです。文化財に指定されているだけあって...by アリスさん
総高8.5mの石塔で、当時この地に勢威をふるっていた豪族佐伯氏の誰かが、近親者の霊の供養に建てたといわれている。 時代 鎌倉時代と推定
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文化史跡・遺跡
横穴式古墳を利用したとされる隠れキリシタンの地下礼拝堂です。梯子をつたって降りるようになっていますが、かつては地上に洞穴を隠すように御堂が建っていたといわれています。内部...
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文化史跡・遺跡
5世紀前半頃に造られたと考えられている全長90mの前方後円墳です。女性の首長を埋葬した、海部(あまべ)を代表する古墳の一つであり、副葬品も県指定有形文化財になっています。 19...
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文化史跡・遺跡
犬飼港跡?殿様も利用した豊後大野の玄関口? 犬飼港は、江戸時代の初めごろに造られた川港です。当時、豊後大野市の半分は岡藩に属していましたが、山間部に領地があったため、この犬...
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文化史跡・遺跡
亀塚古墳は、古墳時代前期(4世紀末から5世紀初頭)に築造された全長116m、県下最大級の前方後円墳で、国の史跡にも指定されています。 三段に積み重ねられた古墳の各段のテラスや...
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文化史跡・遺跡
豊予要塞(ほうよようさい)は、豊予海峡の防備のため設置された大日本帝国陸軍の二等要塞で、四国側の佐田岬地区、九州側の鶴見半島地区及び佐賀関(関崎・高島地区)の3つの地区に...
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文化史跡・遺跡
毛利空桑私宅の天勝堂は、安政4年(1857)に知来館と一緒に七軒町に建設されたもので、1階は5室、2階は3室からなっており、2回の梯子は防戦のため取り外しができる構造となっています...
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文化史跡・遺跡
儒学者の脇蘭室のお墓で、お参りさせていただきました。県の史跡にも指定されていて、歴史の勉強にもなるの...by アリスさん
1814年逝去の儒学者、脇蘭室の墓。蘭室は、現在の日出町豊岡や熊本、鶴崎で藩士や近隣の子弟の教育に尽力し、帆足萬里や毛利空桑ほか多くの人材を輩出した。県指定史跡。 文化財 都...
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