高松(石川県)の文化史跡・遺跡
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その他エリアの文化史跡・遺跡スポット
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※掲載されている目安距離は役所・役場からの距離になります。
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文化史跡・遺跡
「れきしる」の向かい側の小山の前に津幡城跡の説明板が有りました。「れきしる」含めたこの辺り一帯が津幡...by トシローさん
寿永2年(1183)倶利伽羅合戦の直前、この砦に平家が布陣し、建久元年(1190)加賀国井上庄の地頭都幡小三郎隆家が拠り、観応2年(1351)には南朝方の桃井直常が上洛するのを富樫氏春...
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文化史跡・遺跡
峨山禅師生誕地に行きました。峨山禅師は永光寺の南の山岳地帯の宝達山の南麓の羽咋郡瓜生田で生まれたそう...by まつりさん
北陸の曹洞宗の中心人物となった名僧、峨山禅師の生誕地。総持寺、永光寺の住職を兼任すると、永光寺の朝の勤行を済ませ、そのままおよそ60kmの道のりを歩いて総持寺の夕べの勤行に間...
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文化史跡・遺跡
崖から落ちた平家軍の地で川の色が濁ったことから膿川という名前がついた川もあり、歴史を感じます。時々地...by zindenさん
石川県境に位置する倶利伽羅峠の東側にある源平合戦の古戦場。平安時代末期、源氏の武将・木曾義仲が牛の角に松明をつける奇襲作戦『火牛の計』により、平家10万の大軍に勝利したと言...
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文化史跡・遺跡
小谷部から津幡へと倶利伽羅源平ラインを抜けましたが。小谷部から古戦場までは結構車道が細いです。反対側...by りゅうさん
富山県小矢部市との境にある旧北陸道の倶利伽羅峠を舞台に、4,500頭の牛の角に松明をくくりつけ平家の陣へ追い入れる、木曽義仲の「火牛の計」が展開された所。この戦法により、平家...
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文化史跡・遺跡
この芭蕉の句碑は緑豊かな中にひっそりと建っています。とても素晴らしい句で芭蕉の想いを感じることができ...by twill10さん
「義仲の寝覚の山か月悲し」。
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文化史跡・遺跡
万葉の歌碑は静かでのんびりとした景色の中にありました。刻まれた文字を一字一字ゆっくりと時間をかけて読...by twill10さん
富山県西部には高岡・氷見・小矢部の3市を中心に、万葉集に詠われた自然や事物が数多く残されており、たくさんの歌碑も建立されています。 詳しくは、高岡地区広域圏のホームページ...
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文化史跡・遺跡
末森城跡に行きました。石川県羽咋郡宝達志水町竹生野にあった日本の城であったそうです。当時の面影を想像...by まつりさん
史跡はなく樹木が茂るのみ。天正12年。越中の佐々成政が1万5千の兵で城を攻めたが,城主奥村永福はわずかな兵で守り抜き、前田家加賀百万石の礎を築いた。 時代 1573?1592 駐車場...
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文化史跡・遺跡
金沢の卯辰山にある、日本の文学碑第1号となっている作家徳田秋声の碑です。場所は結構わかりにくかったで...by しんちゃんさん
三文豪の1人・徳田秋聲の文学碑は卯辰山の望湖台の入口にあります。秋聲は浅野川近くで生まれ、馬場小学校では1年下に鏡花がいました。1947年(昭和22年)に建てられたこの文学碑は、土...
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文化史跡・遺跡
泉鏡花句碑を見に行きました。幼い頃母を失った鏡花の心情が伝わる「はゝこひし 夕山桜 峰の松」の句が想い...by まつりさん
卯辰山への登り口の脇にひっそりと建っており、幼い頃母を失った鏡花の心情が伝わる「はゝこひし 夕山桜 峰の松」の句が刻まれています。
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文化史跡・遺跡
- 王道
「金沢城 五十間長屋」(ごじっけんながや)は重要文化財に指定されている歴史的な建造物。外からの眺めも...by harusuさん
匠の技を結集し、釘やボルトを一切使わない日本古来の木造軸組工法により、約120年ぶりに復元された木造城郭建築物です。
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文化史跡・遺跡
散田金谷古墳を見に行きました。見ごたえがあります。車椅子でも行けますが、アップダウンあるので、ちょっ...by まつりさん
6世紀ごろのものと推定されており,全長9.85mの横穴式石室から安置されている石室は千木をのせた屋根形の蓋をかぶせた特異な形能を持ち,全国的にも重要な遺跡となっている。国の史跡...
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文化史跡・遺跡
木舟城跡はのどかな風景が広がるなかにあります。丘がありますが他にはそれらしい遺構などは確認できません...by twill10さん
寿永3年(1184)石黒太郎光弘が福光からここへ館城を移した。以後、石黒氏の居城となり、戦国期には、石黒左近が一向一揆や上杉と抗戦。天正9年(1581)織田方に謀殺される...
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文化史跡・遺跡
金沢市に生まれ育った詩人で小説家の室生犀星の文学碑です。犀川の畔にあり、散策の途中に立ち寄るのをオス...by anthropologyさん
室生犀星は大正から昭和期にわたって活躍した詩人であり小説家。72歳でこの世を去るまで、作品中に繰り返し犀川を描き続けた犀星の文学碑が、犀川の流れを見つめるように建っている。...
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文化史跡・遺跡
今はそうでもないのかもしれませんが、北国の人たちが春を待ちわびるきもちには、暖地で暮す者には分からな...by Yanwenliさん
金沢の三文豪の1人・室生犀星は犀川をこよなく愛しました。犀川大橋を上流へ向うと、流し雛を型どった赤御影石の犀星詩碑があります。春にはその頭上をあんずの花で飾る犀星自筆の碑...
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文化史跡・遺跡
城ケ平横穴古墳群は古墳時代のくらいの高い人を埋葬したものだそうです。これだけ多くのものがあるのは貴重...by twill10さん
小矢部川左岸,城ケ平山,東南中腹の斜面。それぞれ家族墓であったようだ。 時代 古墳
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文化史跡・遺跡
車の修理の前によって見ました。今は殺風景ですが、積雪があると子供達がスキーをしたり、春になれば花見を...by カズユキさん
砂丘の斜面を自然の桟敷として利用した相撲場。羽咋神社祭神の追善相撲場。相撲資料館併設。毎年9月25日には2000年の歴史をもつ神事相撲がおこなわれる。 【料金】 無料
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文化史跡・遺跡
「ウオーク日本1800」の宝達志水町大会に参加して、4月11日に山頂まで登りました。前日が快晴で暖か...by ながパパ1961さん
御上使往来(万葉ルート)として知られている。現在は山頂緑地公園として夏はキャンプ、秋は紅葉やハイキングコース。 標高は265mだが、頂上からは富山湾、立山連峰、邑知潟を望むこ...
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文化史跡・遺跡
千里浜の砂丘上に立つ。大伴家持が746年(天平18年)に越中守に任ぜられ能登を視察のとき、気多大社参拝のみちすがら詠んだ歌、“之乎路から直越え来れば羽咋の海 朝凪ぎしたり船...
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