牧(大分県)の歴史的建造物
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その他エリアの歴史的建造物スポット
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※掲載されている目安距離は役所・役場からの距離になります。
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歴史的建造物
神殿正面に建つ二層の楼門である。元禄16年(1703)、日出藩三代藩主・木下俊長が建立寄進したものです。重量感のある楼門で、一層は参道の左右に左右大臣の控える間があり、上部外回...
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歴史的建造物
中根邸は三河国(現愛知県)出身の中根長兵衛末治が杵築藩主能見松平四代重勝に仕え、500石をもらい受け、南台入り口に屋敷をいただきました。現存のものは文久2年(1862年)に中根家...
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歴史的建造物
一松邸は、杵築市の初代名誉市民となった一松定吉氏の邸宅で昭和32年に杵築市に寄贈され、その後は「一松会館」として市民の憩いの場として開放されていた。その後、市庁舎の移転に伴...
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歴史的建造物
旧藩校時代の藩校「学習館」の門で、天明5年(1785)七代藩主松平親賢(ちかかた)公により設立され、現在市内に残る門の中で最も規模が大きく格調高い門です。約200年の風雪に耐えて...
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歴史的建造物
アメリカ戦艦ミズーリ号船上で『ポツダム宣言』受諾の降伏文書にサインをした重光葵が幼少期を過ごした建物...by Yanwenliさん
第二次世界大戦中に外務大臣となり、敗戦時は日本政府の全権として、ミズーリ号船上で降伏文書に調印した重光葵(しげみつまもる) 重光葵が3〜17歳まで過ごした家が「重光家」と...
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歴史的建造物、コンサート
久家(くげ)の大蔵は江戸時代後期頃建築され、酒の貯蔵庫として利用されていました。 老朽化にともない取り壊される予定だったものを、平成12年5月、壁面にポルトガルの著名なアズ...
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歴史的建造物
稲葉家下屋敷は、藩置県後に東京へ居を移した旧臼杵藩主稲葉家の、里帰りのための邸宅として明治35(1902)年に建てられました。 杉や檜などの上質の素材を使用し、式台のある玄関や...
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歴史的建造物
旧丸毛家住宅は、臼杵藩時代稲葉氏の家臣として代々仕えた丸毛氏の住宅で、江戸時代後期の建築と推定されます(臼杵市指定有形文化財建造物)。 主屋内は、主人が来客を迎える座敷な...
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歴史的建造物
万延元年(1860年)に完成しました。三重郷と臼杵城下への藩道で雨のたびに川止めとなった難所でした。この橋は右側に溝を設け、水道橋としての働きもしていました。歴史的、美術的、...
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歴史的建造物
日野病院は江戸時代から続く医者の家系で、明治27年(1894年)に3代目の日野要(かなめ)氏によって建てられました。 本館と病棟からなる擬洋風の2階建ての建物は、県内の洋風建築物...
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歴史的建造物
深い谷のあちこちに集落がある院内町には、大きさも形も様々な75の石橋が点在する日本一の石橋の町です。 数が多い要因としては、「深い谷川に点在する集落にとって橋が不可欠であっ...
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歴史的建造物
稲葉川沿いの県道を歩いて高台に登ると大正公園、公園脇の道を行くと願成就院愛染堂が。竹田城下町に現存す...by トシローさん
十六羅漢の前を通り長い階段を登り切ると、右前方に愛染堂があります。 竹田市に現存する最も古い建物で、寛永12年に日光東照宮造営奉行であった二代藩主・中川久盛が、連れ帰った飛...
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